142 取れるものなら
お使いしかしていないような気もするが、それもこれも全ては欲しい情報のためと流されてきた。
頼まれごとをすれば上手く断れず引き受けてしまうことになり、土の神殿に向かうのはまだ先になりそうだ。
(メランとそっくりな少年の為に、月石鉱山から鉱石取ってこいとか盗賊じゃないんですけど)
結界など黒い蝶になれば容易にすり抜けられるのではないかというコスモスの言葉に、ノアとその弟子は無言になる。
(手助けはすると言っても、上手く使われてる気しかしないわ)
それも口先だけの約束だ。
言葉巧みに騙されていいように利用されているだけかもしれない。
「リーランド家に頼み込んで譲ってもらうとかは?」
「できたら苦労しないわ」
「盗んでこいって言うの?」
「そうじゃないわ。譲ってもらうことはできなかったけど、話はついているから心配しないで」
話がついているのに譲ってもらえない。
はてな、と宙を見るコスモスにノアは楽しそうに笑ってこう言った。
「勝手に入って取ってくるぶんにはいいんですって」
「え?」
「取れるものなら取ってみろ、ってことよ」
「取ればいいじゃない。鉱山に入れるんでしょう?」
彼女たちもその気になれば結界など無視して月石鉱山に侵入できるはずだ。それなのにしつこく自分に頼んでくる理由が分からないとコスモスが言えば、ノアは溜息をついた。
(溜息つきたいのは私なんですけど)
「そうね、さっき言ったものね。その通りよ。侵入はできるわ。できるけど、証の所有者ではないから内部からの持ち出しはできないのよ」
「持ち出し……」
「つまり、証の所有者または所有者と同行して許可を得た人物しか月石鉱山内部のものは外に出せない仕組みになっているのよ」
「なんでまたそんな」
神が休んだ場所とされるくらいの聖地だから、むやみに荒らすなということだろうか。そう考えてコスモスは首を傾げた。
悪さをしないように脅し程度の言い伝えかもしれない。本当に効力があるのかと思っている彼女にノアは笑った。
「不思議に思うわよね。外に持ち出せないものを何故自分に頼むのかって」
「うん。その話が本当なら、私にもその仕組みが適用されるでしょう?」
「恐らくそれは大丈夫だと思うのよね」
「なんで?」
その自信はどこから来るのだろう。失敗したとしても痛い目に合うのはコスモスだからどうでも良いと思ってるんじゃないかと彼女は眉を寄せた。
雰囲気でそれを察したのだろうノアは慌てた様子で「違うのよ」と告げる。
「その、気を悪くしないでほしいんだけど」
「なに?」
「貴方、霊体だから例外になるんじゃないかと思うのよね」
「幽霊使役して持ち出せ……ないか。結界があるし」
別に自分である必要がないだろうと途中まで口にしたコスモスは、頭を左右に振って溜息をついた。
慰めるように明るい声で「貴方からは素敵な波動を感じるわ」とノアに言われるのだが嬉しくない。
「試したことは?」
「あるわけないわ。だから、正直貴方でも無理かもしれないわね」
「無理でも諦められるの?」
「そこまでやって無理なら諦めて他の方法を探すわ。あぁ、成功の有無に関わらず助力は惜しまないから心配しないでね。後で返してなんて言ったりしないわ」
「……そこまで面倒なことをする価値があるの? 月石鉱山内部の鉱石を持ち出すだけなのに?」
聖なる力でも宿っているから特別だったりするのだろうかと思いながらコスモスは少女に尋ねた。
彼女ならわざわざ自分に頼まずとも他の方法を考えられるだろう。
「はぁ」
思わず溜息が出てしまうが止められない。これからの行動を考えると尚更だ。
全ては夢だったということにして片付けてしまおうかと思ったコスモスだったが、どこかでじっと見ているだろうノアを思うとそうもできない。
(弟子くんの容姿を隠すための仮面を作るのに月石鉱山の鉱石が欲しいなんて、他で代用してくれたらなぁ)
なんだかんだ言いつつやはり面倒見のよい少女だ。虐げられているような光景を良く見るが、あんな状態で少年が師と呼び笑顔でついて行くくらいなのだから。
(メランとそっくりさんだもの。そりゃ、顔隠さないと色々マズイわよね。でも、仮面でなんとかなるもの? それだけ月石鉱山の鉱石は貴重ってことかな)
「マスター、悪夢でも見たか?」
「悪夢で終わった方がマシだったかも」
「そうか」
「それで終わり?」
何か言いたいことはないのかと伏せるアジュールを見るが、彼は毛繕いをしながら尻尾をぱたりと動かした。
大して興味がない時の反応だなと思いながらコスモスは何度目か分からぬ溜息をつく。
「何を考えているのかは知らんが、マスターがしたいと思うならそれに従うのが私の役目だからな」
「鉱山内部から鉱石を持ち出すミッションが増えました」
「サラッと言ったな。まぁいい」
「いいの?」
嫌な顔をして小言の一つ二つでももらうかと思っていたコスモスは、驚いた様子で伏せる獣を見つめた。
誰に、どうして、どうやって。
聞きたいことはあるだろうに何も聞いてこない。コスモスが勝手にやっていることだから関係ないということか。
確かに、月石鉱山内部には魔物もいないとのことなのでノアから頼まれたことは苦労せずにできるだろう。
鉱石を持ったままコスモスが鉱山外に出られるかどうかは、その時にならないと分からないが。
(弟子くんはメランを捕まえるための鍵になるかもしれないのよね)
本人は知らないと言っていたが、忘れているだけの可能性が高い。どこからどう見ても同一人物としか思えないほど酷似しているからだ。
双子かとも考えたが彼が言うには幼い弟が一人いるとのことだった。
歳の離れた弟も一緒にこちらの世界へやってきて、何らかの影響を受け成長してメランになった。
そう考えたこともあったが乱暴すぎる。
(兄弟にしては瓜二つすぎるのよね。双子の可能性は低いにしても弟子くんが忘れてるだけかもしれないし)
今のところ彼があのメランになるようには思えないが油断は禁物だ。それでも近くにノアがいるなら何かあっても大丈夫だろう。
(あの子も隠し事が多そうだけど、すぐに信じてしまう私本当にちょろいなぁ)
可愛い子は無罪、ではないが害がないならいいかと思ってしまうところがあるのは事実だ。
そして実際、ノアは美少女である。精巧に作られた球体関節人形かと見まごうばかりの可愛らしさには思わずコスモスも無言で見つめてしまうほどだ。
この世界に来てから端整な顔立ちの人物を数多く見てきたコスモスだったが、ノアはどこか異質だった。
それが何なのか上手く言えずにずっとモヤモヤしている。
ころころ、と眠っていた石の上で転がりながら唸るコスモス。気にした様子もなく物陰に同化するように伏せながら眠っているのか静かなアジュール。
敵地のはずなのに、楽しそうにしているカニの母子。
「話はついてるって言ってたけど、それも本当なのかどうなのやら」
「何かあったら、その依頼主に押し付ければいいだけだろ」
「そっか」
「マスターならば可能だと見込んだくらいだ。それに、断れなかったのだろう?」
言葉に詰まる。
お見通しですか、と呟くコスモスにアジュールはくつくつと笑った。
(私がいいと思うならそれでいいだろうって、信頼されてるのかどうでもいいのか。どっちかと言えば後者かな)
「どちらにせよ月石鉱山のことは避けて通れぬようだからな」
「どうして?」
「マスターが涎を垂らして眠りこけている間、川で会った女がここへ来た」
アジュールの言葉にコスモスは慌てて口元を拭ったが、ニヤリとする彼に騙されたのだと知る。
近くにいた土の精霊をぶつけたが獣は表情を変えない。
「女?」
「精霊に話しかけていた女がいただろう? ユリアと良く似た匂いがする」
「あぁ、あの美人さんね。霊的活力見た時に私もそう思ったわ」
「予想通りユリアの姉らしい」
やっぱりそうだったか。
岩陰に隠れながら覗き見た彼女の事を思い出し、コスモスは何もなかったのかとアジュールに尋ねた。
彼は目を伏せたまま尻尾を軽く動かすと、少しの沈黙の後に口を開く。
「カニ母子の様子を見に来たようだったが、マスターもじっくり見られていたぞ」
「起こしてよ」
ユリアと同じく精霊の一種だと思ってくれたらいいのだが、と不安になりながら自分だけちゃっかり影に隠れていたアジュールに彼女はムッとした。
害を与える様子はなかったから様子を見ていたと言うが、そうなる前に起こしてもらえれば醜態をさらすことがなかったのにとコスモスは呟く。
「彼女の名前はアラディア。見た限り、ユリアを陥れようとする人物には思えんがな」
「へぇ」
「何だ?」
「いや、アジュールがそういうのは珍しいなと思って」
好みのタイプだったのかしら、と思うコスモスはいつのまにか開いていた赤の双眸に愛想笑いを浮かべて視線を逸らした。
図星だからといって睨むことはないだろうと思うが、口には出さない。
「客観的事実を言ったまでだ。ユリアが言っていたような女には思えんというだけだ」
「ハイハイ」
「……」
「ちょっと、不機嫌だからって威嚇するような声出さないでよね。何? やる気?」
少し前のコスモスならすぐにでも謝っていただろう。しかし、アジュールの扱いにも慣れたのか威嚇して返す。
周囲の精霊が軽く殺気立ったのを感じて、彼は溜息をついた。
「私が悪かった。一度マスターも会うと良い。私はここにいるから探してくればいいだろう」
「そうね。私の存在知ってるなら自由に動き回っても不思議じゃないだろうし、行ってくるわ」
ふわり、と浮かび上がった球体がそのまま岩壁に消えていく。その様子を見ながらアジュールはフンと鼻を鳴らして目を伏せるのだった。




