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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
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139 にてる

 眩暈がしそうだと思いつつ、コスモスは深呼吸を繰り返す。

「そうよ、って。いや、うん。そんな嘘をついたところでメリットなんてないから本当なんだろうけど」

「あぁ。異世界から異世界人を召喚することは禁忌だものね。膨大なエネルギーを必要とするわりにどういう人物を召喚できるのかはランダム。それでもまぁ、特殊な能力を持っている存在ばかりだから求めたがるけど」

 くだらないことだわ、と呟いて少女はカップを持つ。

 相変わらず蝶のままの少年はどんな表情をしているのだろう。やはり、恐怖に震えながらこの会話を聞いているのだろうかとコスモスは思った。

 メランと見間違うほどのそっくりさんで、異世界人。

 そういえば、とコスモスは顎に手を当てた。

「メランも異世界人の可能性が高いから、そっくりな彼も異世界人だって驚くことじゃないわね」

「可能性が高いんじゃなく、そうなんでしょう?」

「うーん。確かに、首輪は見えたんだけどそれだけで異世界人だと確定するにはなぁと」

「何言ってるのよ。首輪があったなら確定じゃない。どう足掻いても取れることのない首輪なんてつけてるのは異世界人くらいなものだもの」

 そう言われても自分も違う世界から来たのでよく分からないとしか言えないコスモス。そんな彼女の様子に気づいた少女は、小さく息を吐いてカップを置いた。

「でも、彼には首輪がないもの。そっくりさんなのに、片方には首輪があって片方にはない。そんなことも有り得るの?」

「えっ、アレには首輪がないの? 私はてっきりあるとばかり思っていたけど」

「……見えないものなの?」

「異世界人の首輪は、制御装置のようなものなのは知ってるわね。首輪を付けた状態で召喚されるのが基本よ。ご主人様の命令には逆らえないってやつ」

 気づけばこんな状態で教会で目覚めたコスモスとしてはその感覚が分からない。野放しで危険と判断したからこそマザーが娘として手元に置いたのは理解している。

 そもそも、彼女を召喚した主が今頃どうしているのかがさっぱり分からないので頭が痛い。

 ここに来る前の状態で元の世界に帰れれば、その他のことはどうでもいいやと思っていたコスモスだが彼女を呼んだであろう人物の情報は全くと言っていいほどなかった。

「首輪は見せることもできるけど、異世界人というだけで脅威の存在がバレると厄介なことにしかならないわ。だから普通は隠すもの。召喚して首輪がついてるか確認して首輪を他人には見えないように偽装するのは召喚する者なら誰もが知ってる基本中の基本だわ」

「ふぅん。詳しいのね」

「……今は禁忌だけれど、昔は異世界人を召喚して戦争させたりとかあったようだから。古い本を読めば細かく書いてあることよ」

 召喚した異世界人同士を戦わせ、領土拡大し世界を支配していく。

 無事に帰りたければ敵を殺せと言われれば逆らうこともできなかったのだろう。基本的に召喚された異世界人は召喚主に逆らうことはできない。

 帰るためには嫌でも戦うしかない。それができなければ死あるのみだ。

 逃げ出すこともできず、生き残るため、帰るために知らない誰かを殺さなければいけない。もしかしたら知ってる誰かもいたかもしれないと想像して、コスモスはぶるりと震えた。

(そりゃ禁忌とされるわけだわ)

「そういえば読んだ気もするけど、それって結局召喚主に逆らった異世界人が戦いを終結させたんじゃなかった?」

「そうね。どういうやり方をしたのかは知らないけど、逆らえないはずの召喚主を殺して自由を勝ち取り無事に元の世界に帰っていったと言われているわ。残ったのは大量の死体と破壊された世界」

 そんな時代に呼ばれなくて良かったと心底思いながらコスモスは本に書いてあったことを思い出す。

 うーん、と小さく唸れば欲しかった記述がスルリと脳内に表示される。便利だなと思いながらそれを読み、彼女は溜息をついた。

「首輪外して召喚主を殺したって書いてあるわ。ということは、外せないはずの首輪をどうにかして外したってことね」

「そう、なるわね」

 納得していないという表情をする少女にコスモスは自分を指差すと笑う。

「そんな私もついてないわけですけど」

「そうみたいね」

「あ、やっぱり気づいてたんだ? 前会った時はそんなこと言ってなかったけど」

 コスモスがそう言えば少女は一瞬驚いた表情をしてからすぐに視線を逸らす。眉を寄せると、焼き菓子を手に取って後方へ投げた。

 菓子は見事、蝶になった少年へ当たって床に落ちる。

 コントロールと勢いが凄いと思いながら、動かない蝶を心配したコスモスだが人の姿に戻った少年は怒る様子もなく落ちた菓子を拾う。

 それを躊躇いも無く食べる姿にコスモスが少女へ視線を向ければ、彼女は何事も無かったかのように優雅にお茶を飲んでいた。

(この二人の関係ってどうなってるの……)

 少女が倒れている少年を拾って、少年が大人しく従っているのは分かったがまさかここまでとは思わなかった。

 コスモスが軽く引いていれば、慌てた様子で少女が顔を上げる。

「べ、別にいつもあんな風にしているわけじゃないわ。ちゃんと食事だって三食あげているし、生活環境だって最低限整えているんだから。主として当然のことよ」

「食事を用意するのは僕ですが……」

「あなたは黙ってて!」

「ごめんなさいっ」

 ぼそりと呟いた言葉に反応した少女が怒ったように声を上げると、間髪入れず少年が背筋を伸ばして謝罪する。

 いつもこんな感じなのだろうなと思いながらコスモスは少年を見つめた。

 視線に気づいているだろうが、彼は一切こちらを見ようとはしない。

(それもそうか……)

 あんな態度をとってくる相手に笑顔で対応なんて無理な話だ。

 良く似た人物が悪さをしているが、本人とは何も関係がないと言ったところで信じてもらえないと思うのも分かる。

(双子かなと思うくらい酷似してるのに、知らないって方がおかしいんだけどなぁ)

 これは一体何を意味するのかと考えるコスモスに、少女はコホンと咳払いをして胸元のリボンの形を整えた。

「で、自称異世界人なのに首輪がない。これってどういうこと?」

「私にそう言われても……。どういうことなの?」

「えっ、僕にそう言われても」

「あなた自身のことでしょ? また何も分からないって言うつもり?」

 てっきり首輪がついているとばかり思っていた少女だけにその言葉は厳しい。床に座ったままおどおどする少年は、助けを求めるように視線を彷徨わせるがどこにも彼を助けてくれる者は存在しなかった。

 自分の首を触って「首輪、首輪」と呟いている。

「あの、どこかに落としたとか……」

「あなたを見つけた森にでも落としたとでも言いたいの?」

「あ、それかもしれません!」

 チラリと少女に視線を向けられてコスモスは無言で首を傾げる。変化自由なコスモスが人型になってもそれを認識できるのか、それとも雰囲気で何となく察してなのか少女は溜息をついた。

「簡単に落とせるようなものじゃないのよ」

「まぁ、私も意識して見てなかったから森で彼が倒れる前に首輪があったかどうかは分からないわ。でも、異世界から来たなら首輪は必須でしょ? 召喚主が死亡していれば外れる可能性もあるかもしれないし」

「可能性は限りなく低いわね」

 自分を召喚した人物が既に死亡しているんじゃないかということを思い出して、コスモスはそういうパターンなのではないかと考えた。

 しかし、静かに目を細める少女の言葉に眉を寄せる。

「限りなく低いけど、なくはない?」

「滅多にないわね。あなたの場合は特殊だから通常時とは別に考えないといけないでしょうけど、アレは普通に召喚が成功しているわ。恐らく、不穏な会話を聞いたのは召喚した人物がいる場所とみて間違いないでしょう。なら、その時に首輪はどうなっていたのか」

(さらっと、ひとの召喚が失敗みたいに言われた……)

 間違っていないが、もうちょっと優しい言い方をしてくれないかとモヤモヤしつつコスモスは頷く。

「当の本人が分からないだらけじゃ、こっちも何も分からないわね」

「すみません」

「そう思うなら、さっさと記憶を取り戻しなさい」

「ううっ、頑張ります」

「貴方が何とかすることはできないの?」

「アレの記憶を取り戻す方法をってことかしら。それならやらない方がいいわね。外部から無理矢理こじ開けて引きずり出そうものなら、人格破壊してしまうリスクが高いもの。そういうことは得意な人でも難しいほど繊細なものなのよ」

 ロッカの記憶を見た時のように、この不思議な少女ならコスモスの知らない魔法で記憶を取り戻させることも可能ではないかと思ったのだが駄目らしい。

 少年の精神世界に入り込めばその記憶を見ることができるか、と思ったコスモスだったがサポートもない状態で飛び込めばどうなるか分からない。

 腹が立つ相手と瓜二つの彼のために、そんな危険を冒す気にはなれなかった。

(失敗して人格破壊するのも嫌だからなぁ)

 今の彼が演技をしているようには見えない。少女とグルになって自分を騙す理由もないだろう。

 一生懸命と言えば聞こえはいいが、彼がやった行為は褒められるものではない。それが姫を助けたい一心でやったことだとしてもだ。

 ソフィーア姫は心優しい少女なので彼の話を聞けば許すだろう。

 コスモスも未だに腹は立つが何とも言えない複雑な感情が渦巻いているのも事実だ。全て嘘だと言って否定できたらどれだけ楽か、と思いながら深い溜息をついた。

「彼の記憶を戻すのが優先ね」

「それが難しいんだけど。はぁ」

「いっそ、メランとぶつけてみるとか」

「うーん。そうね……アレも今は行方不明なんでしょう?」

「みたいね」

 迷惑なことしてくれたわ、と呟きながらちらりと少年を見た少女は何かを思いついたようにキラキラとした瞳でコスモスを見つめた。

「ちょっと、お願いがあるの」


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