134 やってやる
ユリアと三番目の姉を遠目で眺めながらコスモスは首を傾げていた。
霊的活力は川辺で会った女性と似た波形をしているのだが、何か違和感がある。
母親が同じでも父親が違うから当たり前かとも思ったが、三番目の姉である人物の魔力に翳りを見つけて「これか」と呟いた。
翳りはその人物の疲労度合いによって変化する。それは生命力にも言えることなのだが魔力の翳りは自覚症状がないうちに酷くなっている場合が多いとアジュールは教えてくれた。
「気になるか?」
「まぁね。あのお姉さんはユリアの味方で協力者らしいけど、家との板ばさみになってしんどいんじゃないかなと」
「妹の身を心配しながら支援し、家には隠し通すか。まず無理だろうな」
「ばっさり」
アリアとアジュールに宛がわれた部屋は狭いが人魂と獣が休養するには充分な場所であった。
本当ならばユリアの部屋に滞在してもらう予定だったが、色々と事情があってこうなったんだと説明するレナードを思い出す。
(色々な事情ね。突っ込まなくて正解だったかな)
「ユリア本人は気づいていないらしいが、現状母親の掌の上で遊んでいるようなものだろう」
「そうよね。本人は自分一人で何とかやれてるって思ってるみたいだけど、こんな派手に動いてバレないわけないわよね」
部下達はユリアの事情を知らないのか今日も仕事に精を出している。色々な事情を知っていると思われるレナードは触れてくれるなと言わんばかりの雰囲気なのでコスモスは追求しない。
「面倒なことになってきたけど、カニさんの家族救出したらオールソン氏と合流しよう」
「……そうだな。先に言っておくが影移動はしないぞ」
「分かった。疲れるならしょうがないもんね」
余力があればそれでお願いしたかったコスモスだったが、本人にそう言われてしまえば強くは言えない。
自分とアジュールであれば簡単に合流できるだろうと思いながら、彼女は寝台の上でごろごろと転がった。
「ユリアのお家騒動も力になれれば良かったけど、首突っ込むとよけいな事にしかならなそうだもんね」
「もう半ば突っ込んでるとは思うがな。手を引くならいいタイミングだろう」
「鉱山に行ってから、どうにも遠ざけられてるような気もするし」
「カニの家族を救出したら出て行くとあの男には話してある」
いつの間に、とコスモスは身を起こして床に伏せるアジュールを見た。彼は目を閉じたまま尻尾をぱたりと動かし話を続ける。
「あの男はホッとした顔をしていたな。まぁ、引き止めたいのと半々かアレは」
「そうなの?」
「そうだろう。高位の精霊が傍にいるとなれば、上手く扱えばいい手札になる」
「高位の精霊ねぇ」
訂正するのも面倒で正体を明かす気もないコスモスは彼らの勘違いを利用している。城へ移動する馬車が襲撃され、コスモスの入った箱だけが奪われた理由は未だに分からないがこうして無事なのだからそれでいい。
ギュンターという人物を問いつめたい気持ちもあるが、金目になりそうだったのと意中の相手にアプローチするには良い品だったのだろうと思う。
(出所の分からない、しかも盗品を受け取ったとなればユリア達も疑われるけど私が説明すればいいだけの話だし)
「まぁ、それらしく振舞ってくれ。マスター」
「私はただ浮遊してるだけですけどね。アジュールが適当に応対してくれるから助かるわ」
土の精霊の力を借りて精霊魔法を使用しその効果を確かめる。土を隆起させ壁を作ったり、岩を砕いて飛ばしたりしながら感覚をつかんだ。
人気のない森でこっそりアジュールとやっていたので騒ぎにはなっていない。
コスモスの姿を見るとすぐに寄ってくるまでになった土の精霊を軽く手で払いながら、彼女は自分の手を見た。
(人の形はちゃんととれる。球形になるのも人型に戻るのもスムーズにできてる)
一時期心配だったことも今ではこうして定期的に確認することによって安心できている。
「それで、カニさんの家族の情報は?」
「川辺で布が掛けられていた大きな箱があっただろう? あれで間違いない」
「え、いつの間に確認できたの」
知らなかったと驚きアジュールを見るコスモスだが、彼は目を伏せたまま動こうとはしなかった。
眉を寄せ、一体いつだろうと考える主の姿を薄目を開けて見たアジュールは楽しそうに笑う。
「これでも私は色々と器用なのでな?」
「は? ふぅん」
「詳しく聞かないのか?」
「うん。別にいいわ。なーんか、何でもありって感じだものね」
「それは買かぶりすぎだがな」
アジュールに関しては謎の部分も多い。それなのにこうして主従関係を結び攻守共に活躍してくれているのだからとコスモスはどうでも良さげだ。
意外そうな魔獣の声に彼女の方が首を傾げる。
「マスター、あまり油断するなと常日頃から言っているではないか」
「分かってるって。でも、アジュールがいるなら当分大丈夫でしょう?」
「……私が裏切ってもか?」
「あーそれね。その時はその時よね。ショックだろうけど、まぁ考えてないわけじゃないし」
「そうか。ならば良い」
「えっ、それって裏切るの決定じゃないの」
楽しそうに笑っている魔獣をよそに、コスモスは小さく唸りながら難しい顔をした。
もし仮にアジュールが敵に回ったとしてもその攻撃を回避できる自信はある。しかし精神的なショックはそれなりに大きいだろうなと想像した。
いつでも別れられるように、裏切られてもいいように覚悟をしておけと彼なりの優しさかと思っていると笑い声が邪魔をする。
人がせっかく覚悟を決めようとしているのにと呟くコスモスに、アジュールは目を開けて寝台の上で仏頂面をしているだろう主を見つめた。
「精霊の声にもっと耳を傾けろ。それはマスターにしかない才能だ」
「才能ってそんなたまたまだし……」
私よりもすごい人はもっとたくさんいると続けようとしたコスモスの言葉を遮るように、アジュールは主の名前を呼ぶ。
ビクッと体を震わせて背筋を伸ばす様子に目を細め言葉を続けた。
「たまたまだろうがそれはマスターのものだ。与えられた環境にしろ才能にしろ、あるならば使え。叶えたいのだろう?」
「……うん」
素直に頷いたコスモスはケサランやパサランと違ってそう簡単に精霊の声を聞けるわけじゃないと呟いた。
ケサランとパサランですら、きちんと会話ができていたわけではない。
(なんとなく、こんな感じっていうあやふやなものだし)
頼めばその通りにしてくれるから上手くいっているように見えるだけで、そうじゃない時もある。
「別に従えろとは言っていない。寧ろ、そういうことは苦手だろう?」
「そうね。後で何されるか分からないし。もっと若かったらそんな事考えずにバンバンやれてたのかもしれないけど」
「臆する気持ちも分からないではない。だが、私がいるからあまり気にするな」
裏切るかもしれないぞと匂わせたばかりだというのに、自分がついているから心配するなと言わんばかりなのは何故だろう。
アジュールの真意が分からないコスモスは深い溜息をついて魔獣と無言で見つめ合う。
「分かった。もっと積極的に声を聞くようにしてみるわ」
「ああ。それならカニの家族の居場所もすぐに分かるだろうな」
「……私に探せってね」
箱の中身を確認できたのなら場所も特定できたんじゃないかとぶつぶつ文句を言うコスモスの声を聞きながら、アジュールは目を伏せる。
この調子ならば一眠りすれば居場所を確定できるだろうと笑みを浮かべた。
「ははん。そうですね、やるわよ。そうよ、情報収集のスキル上げれば帰れるかもしれないしぃ!」
自分の声が聞こえないことをいいことに、コスモスは叫ぶ。
その瞳はやる気に満ち溢れていた。




