132 川辺
カニの家族を救出して月石鉱山へ戻りユリアの安否を確認する。
月石鉱山には結界が張られており、管理者と認められた証を有するものでなければ入山できないらしいがコスモスには関係ないだろう。
出入り口は見たところ一つだけであり、その場所をカニに守ってもらっている。
鉱山前であのカニが立ち塞がっていれば誰も近づかないだろうと、コスモスはアジュールの頭上で考えていた。
「レナードさんの動きが怪しかったのは気になるけど、カニの家族救出なんて場所分かるの?」
「カニと似た気配を追えばいい」
「近い?」
「そうだな。近くの川にまだいるような気配がするな」
アジュールは簡単にそう言うが結構難しいのではないかとコスモスは首を傾げた。あのカニのオーラとは一体どんなものだったかと思い出していると水の精霊が増えてくるのが分かる。
精霊たちは駆けるアジュールとコスモスに驚いて隠れてしまった。
「着いたぞ。移動したかと思ったが、まだいるようだな」
「よし。じゃあサクッと救出して戻ろうか」
「いや待て。少し様子を窺うぞ」
飛び出そうとしたコスモスをアジュールが制して物陰に身を潜めた。隠れるに丁度いい岩陰から様子を窺っていると武装した人物が二人、近くを通りかかる。
仕留めるか、とアジュールを見れば彼は目を合わせず注意深く近づいてきた二人を観察していた。
獣耳とフサフサの尻尾を持つ二人の男性は、大きな溜息をつきながらアジュールとコスモスが隠れている岩に寄りかかる。
「はー。何だよ面倒なことばっかさせやがって」
「アレは無いよな。ま、報酬がいいんだし終わったら一杯やろうぜ」
「だなー。しかし、アレどうするんだ?」
「さあな」
男たちの視線の先にあるのは大きな布が掛けられた箱のようなもの。
コスモスが深呼吸をして見てみれば、生命反応がちらほらとある。それがカニの家族とは断定できないが、可能性は高いだろう。
「確かめてくる?」
ただの精霊ですという顔をして布をかぶせた上に紐で縛られている箱のようなものの中身をコスモスが確認して、中身がそうであればアジュールが出るという方法でどうだと彼女が小声で言うが返事はない。
何を警戒しているんだろうとコスモスが不思議な顔をしていると、大声が響く。
「そこ! 何をやっているの? 仕事はまだ終わっていませんよ」
「は、ハイ!」
「すみません、すぐ戻ります」
凛とした声は低めで耳に心地よい。コスモスも何故か背筋が伸びる気持ちになりながら、声の主を探した。
あまり姿を出すなとアジュールから言われるので少しだけ岩の陰から姿を出す。
すると、どこかへ運ばれていく箱の近くでてきぱきと指示を出している女性の姿が見えた。
纏う雰囲気はどこかユリアと似ていて、育ちの良さが窺い知れる。
「霊的活力がユリアと似てる……」
もっと深く探ろうとしたコスモスはサッと身を潜めて気配を消した。気づけばアジュールの姿が影の中へと消えている。
(まずい。見過ぎた……気づかれる前に隠れられたけど、大丈夫かなぁ)
いくら勘が良いと言われている亜人だろうと、レナードのような人物がそうそういるものかと油断していたところがある。
気の緩みだと言われれば謝罪するしかないとコスモスはゆっくりとこちらへ近づいてくる足音に、自分の気配を消した。
周囲に漂う精霊にお願いして岩の周囲に集まってもらう。
(これで誤魔化せればいいけど)
「ここだけ随分と精霊が集まっているのね」
(あー、精霊ちゃんと見える人だわ)
精霊が見えるからといってコスモスが見えるとは限らない。
しかし、レナードのような場合もある。
悩みながらそろり、と様子を窺おうとしたコスモスが岩から少しだけ姿を出した。
「何かあるのかしら?」
(これはまた、美人さん!)
髪は眩い金色で顔立ちも整っている女性は、ネコを思わせるような耳を動かしつつ大きな岩に仲良く集っている土と水の精霊を見ながら首を傾げた。
そんな精霊たちの背後から僅かに姿を出したコスモスは、じっと目の前にいる女性を観察する。
(霊的活力見たらまた勘付かれるかもしれないから慎重にしないと)
「ごめんなさいね。ここで騒いだものだから驚かせてしまって」
少しつり目がちの瞳は綺麗な青色で褐色の肌によく似合っている。そんな彼女の形の良い唇から紡がれる声は心地よいアルトで、コスモスは気づかれないことを祈りながら精霊に話しかける彼女を見つめた。
「大丈夫、心配しないで。少し場所を移すだけよ。またすぐ戻ってこれるわ」
(何が?)
肝心な部分を何故言ってくれないのかと心の中で抗議しながら、コスモスはアジュールの視線に気づいて逸る気持ちを抑える。
まだ彼女が言っている内容がカニの家族に関してだと決まったわけではない。
「……怒らないでくれるのね。ありがとう」
それは精霊にだけ向けた言葉なのかとコスモスが疑問に思っていると、離れた場所で何かが爆ぜるような大きな音が響いた。
その瞬間、音のする方へ振り返った女性の顔が厳しくなる。
「何事!?」
「申し訳ありません。術が誤作動を起こしたようで」
「中身は無事なんでしょうね? 丁寧に運ぶようにと言ったはずよ」
「中には問題ありません。あれは外部にのみ衝撃を与える術ですので」
「けれど、誤作動とはいただけないわね」
声を荒げ睨んでくる女性に、魔法使いらしき人物はペコペコと頭を下げて自分の描いた術を確認し始めた。
どこもおかしいところは無かったのか、何が悪いのか分からずしきりに首を傾げている様子にコスモスは岩陰に戻って視線を落とす。
「アジュール」
「すまない。急きすぎた」
「ヒトを制しておいてそれ?」
コスモスが女性の気を引いている間に箱の中身を確認するつもりだったのだろう。知らないうちに影から影へと移動して箱に接近できたまではいいものの、箱にかかっていた術が発動して慌てて戻ってきたようだ。
余計に警戒されて厳重な警備になってしまうじゃないかと思うも、機会がないわけではない。
「強襲する?」
「いや、仮にあの箱の中に家族がいたとしてもあの様子ならば暫くは安全だろう」
「まぁ、あの女の人は中身の無事を心配していたし、丁寧に扱うように言ってたから少しは安心かもしれないけど」
「ここで救出したところでどこに避難させる? あの女がこの場を取り仕切ってるんだろうが手下は中々手強いぞ。流石に二人で大暴れするわけにもいくまい」
アジュールらしからぬ発言だと呟くコスモスに、一体自分を何だと思っているんだと言われる。好戦的ですぐにでも飛び出して場を混乱させると思っていたとコスモスが言えば、呆れたように溜息で返される。
「後先考えなければいいだろうな。マスター今回の優先事項は?」
「え……土の神殿」
「そうだな。誘拐に賞金稼ぎの集団、聖地の鉱山にカニの家族救出と余計な事に巻き込まれすぎているが」
誘拐の件に関しては自分のせいじゃないと口を尖らせるコスモスだが、アジュールは聞いていない。
魔法によって丁寧に運ばれていく箱と、周囲の者に指示を出す女の姿を見つめながら彼はぽつりと呟いた。
「あの女と似た匂いだな」




