128 美少女と人魂2
白く透き通る肌に煌く金の光。しっかりと巻かれた癖の強い髪と、意思の強さを窺える少し釣りあがった瞳は緑。
大きすぎない胸にくびれた腰のラインは羨望しかないとコスモスは心の中で溜息をついていた。
七分丈のパンツから伸びる素足は程よく筋肉がついており、よく見れば引き締まった体をしていることが分かる。
(これはまた、姫とは違うタイプの美人さんだわ)
ずっと眺めていたい気分になってしまいそうだが、現状そうはいかない。現に、影に潜むアジュールからの視線が痛いくらいにコスモスへと刺さっていた。
鏡台の前に座って髪を梳かしていた彼女は何かに気づいた様子でコスモスの方へと視線を向ける。
「あら、起きていらしたのね」
(見えてる?)
テーブルの上に置かれた箱の上にいたコスモスは思わず軽く飛び上がってしまった。視線が真っ直ぐ自分を向いていることに驚き、不安を覚えたのだ。
いい人であってほしいというのは彼女の願望であって、本当のところは分からない。
身の危険を感じれば回避できる方法があるだけマシかと思いながら相手の出方を窺った。
鏡台にブラシを置いた彼女はじっと箱の上を見つめていたが、すぐに立ち上がる。
「ごめんなさい。急にこんなところで目覚めて驚かれたでしょう? やっぱり、きちんとした祭壇と供物を用意すべきだったかしら。今からでも間に合う? ううん、揃えるのに時間がかかってしまうわね……」
(祭壇? 供物? 嫌な予感しかしないんだけど)
「変な儀式をするつもりなら必要ない」
「っ!」
どうしたものかとコスモスが考えていれば、溜息をつきながらアジュールが影からその姿を現す。影の獣に反応した彼女は腰を落として構えると突然現れた魔獣に目を細めた。
恐らくどういったものなのか見ているのだろう。
ゆっくりと影から照明の下へと出たアジュールは、尻尾をゆらめかせてコスモスが乗る箱の隣へと移動する。
「御機嫌よう、お嬢さん。私はマスターの忠実な僕だ」
「精霊が魔獣と契約して僕にするなんて、聞いたことがありませんわ」
「ははは、それは貴女が知らないだけだろう? 世界は広く、色々なことがある」
「魔物が精霊の魔力とエネルギー目当てに捕食するというのも有り得そうな世界ですものね」
渋く落ち着いた声でそう説明するアジュールに、美少女はツンと顎を上げて睨みつける。丸腰でどうアジュールに対処するのかと思ったコスモスだが、魔力を凝縮させいつでも放てるよう準備していることに気づき小さく声を上げた。
「魔法使いなんだ」
「見たところ魔法がメインだが近接攻撃もできるようだな」
「……随分と知能の高い魔物ですのね」
コスモスの言葉に反応していないところをみれば、姿は見えるが声は聞こえないタイプなのだろう。少しホッとした彼女は室内に張り詰める緊張感に耐えられず、軽く跳んでアジュールの頭上に移動するとポンポーンと跳ねた。
ゴロゴロと顔を転がって、落ちそうになったところでアジュールが顔を上げてくれるのでまた頭上へと戻る。
くるくる回って左右に大きく揺れながらまた軽く跳ねると、目を大きく見開きぽかんと口を開けた美少女の姿を見て満足そうに鼻を鳴らした。
「う、嘘でしょう? 精霊と魔獣がここまで仲が良いなんて……」
「だがそれが事実だ。仲良しというより、コレが主で私が僕という関係性だがな。理解してくれたかな? お嬢さん」
「え、ええ。分かりました。少し、落ち着いて話をしても?」
「もちろん。こちらもそれを望んでいた」
頭を少しだけ傾け、手で髪を後ろへ払う仕草をして溜息をついた美少女は穏やかな口調のままの魔獣を気味悪く見つめながら戸棚へと移動する。
そこには彼女が趣味で集めている食器が飾られており、扉を開くとその中からお気に入りのカップとソーサーを手に取った。
そうしてから彼女は振り返る。そこにはきちんとお座りをして待っている魔獣と、箱の上に戻ったコスモスの姿があった。
「お茶を入れようと思うのだけど、その、貴方はもちろんのこと貴方のマスターもこういうことは必要ないのかしら」
「そうだな。私はどちらでも良いが、マスターは喜ぶだろう」
「そう。良かったわ。とっておきの茶葉があるの」
金髪碧眼で綺麗な縦ロールの美少女が自分にお茶を入れてくれるというシチュエーションだけでお腹がいっぱいだと思うコスモスは隣で溜息をつくアジュールに気づかない。
小さな声で笑いながらお茶の準備をする美少女をコスモスは幸せな表情をしながら見つめ、こっそりと探った。
(うん、姫ほどじゃないけどやっぱり高貴な血筋なんだろうなこれは。亜人特有なのか分からないけど人間とは違う色が混ざって見える。隠してる部分は見ないふりをして、これ以上深く探るのはやめよう)
自分達に対して悪い印象を持っていないなら当面の安全は保障されるだろうから、とコスモスは室内をぐるりと見回した。
最初にここで目覚めた時よりも室内は綺麗に片付いていて、引き出しから零れていた宝石も今は見えない。
「どうぞ。こちらはジョニーが作った菓子ですけれど、よろしければどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
「マスターの声は聞こえぬようだから、私が通訳するがそれで構わんか?」
「ええ。最初は驚きましたけど、目の前でああも魔獣の上で遊ぶ精霊の姿を見せられては頷かないわけにはいきませんもの」
知能を持った魔獣が精霊を無理矢理従えているとの疑いは今の彼女にはない。あれだけ自由に頭や顔を転がられたり跳ねられたりして魔獣が大人しくできるわけがないと彼女は知っている。
もしそれが魔獣の演技だとしたら知能はとても高いことになり、現状で対峙することは得策ではないと判断した。
幸いなことに魔獣の雰囲気や声の響き、纏う魔力の動きから見ても危害を加える気配がないのがありがたい。
目の前にいる魔獣が本気を出せば、自分の首など簡単に食いちぎられ頭も噛み砕かれるだろう。
ぞくり、とする悪寒を隠すように美少女は背筋を伸ばし自分の入れたお茶を飲みながら消えていく菓子の動きを見つめていた。
「そう言えばまだ名前を聞いていなかったな。私の名前はアジュールだ。マスターはマスターで構わんな?」
「ああ、ごめんなさい私としたことが。自己紹介もまだだったなんて」
(眉を寄せて苦い表情をしても美少女は可愛いわ)
彼女の入れてくれたお茶を飲みながら小さく息を吐き出したコスモス。金髪縦ロールの美少女はスッと立ち上がると慣れた動作で淑女の礼をした。
「紹介が遅れて申し訳ありません。私はユリアと申します」
「盗賊団の首領という認識で問題ないか?」
「いいえ、問題大有りですわ」
アジュールの言葉に笑いながら着席したユリアは自分達は盗賊ではないと告げる。てっきりそうだと勘違いしてしまったコスモスは申し訳なさそうに俯いた。
「そう勘違いされるのも仕方がない者達の集まりですが、盗賊ではなく賞金稼ぎですわ」
「賞金稼ぎが群れてるのか」
「群れているとはまた嫌な言い方ですわね。きちんと依頼を受けてその報酬で生計を立てているのです」
ペット探しから商人の護衛、薬の調合で使用する薬草の採取や引越しの手伝いというのもあると教えてくれるユリアにコスモスは便利屋さんのようだと思った。
「それがメインではなかろう?」
「では何だと思われます?」
「そうだな。ざっと見るに鉱夫が多いように思うが」
「素晴らしい観察眼ですわね」
そう言葉ではいうものの、本心ではないというのが丸分かりな声にコスモスは思わず笑ってしまう。
アジュールは相変わらず澄ました顔をして僅かに眉を寄せるユリアを見つめていた。




