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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
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126 呪いの箱

「はぁ。寝て起きたら違う場所ってパターン多くない? ヒロインかよって話よね」

 溜息をついてコスモスは建物内部をうろうろする。亜人は他種族よりも感覚が鋭いので存在がばれる可能性があるとの話を思い出し、防御膜を重ねがけした上で精霊に紛れるように移動していた。

 ここにいる精霊たちもコスモスには好意的ですぐにくっつきたがる。

 あまり集合されても困るので適当に散らばってもらったが、廊下の隅に固まる精霊を不思議そうに見つめる亜人の姿を見て軽く震えた。

 散開させるのが遅かったらあの視線の先に自分がいたかもしれないのだ。

 いくら直接見えない聞こえないにしろ、あんなに見つめられるのは苦痛である。

(このままここを出てアジュールの気配を辿るのがいいんだろうけど)

 壁も床も天井も抵抗無くすり抜けられることを確認しつつ、コスモスはどうしたものかと悩んでいた。

 自分がいなくなったことに気づいた二人が捜索してくれているだろうから、一刻も早く戻るのが一番いい。

 (布と箱は残念だけど、しょうがない)

 するり、と壁を抜けて外に出る。生い茂った木々に虫の音、時折聞こえる低い声は獣のものだろうか。

 見知らぬ光景を見回していたコスモスは、軽く跳んで上空へ移動するとゆっくり周囲を確認した。

 遠く離れた場所に小さな灯りが見えるので集落があるのだろう。一体どこなんだと眉を寄せていれば何かを呼ぶような口笛が聞こえた。

「?」

「マスター無事か」

 振り返れば屋根の影に浮かぶ二つの赤い光。音も無く盛り上がっていく影の形にコスモスは静かに近づいた。

「アジュール。よく分かったね」

「無事か。まぁ、無事だとは分かっていたが」

 危機感のない主の様子に溜息をついたアジュールは近づいてきたコスモスを前足で軽く抑える。油断していたコスモスは呻きながら全身から力を抜いた。

 アジュールの足が屋根を叩く。気配の消えたコスモスに目を鋭くさせた彼は背中への衝撃に歯を食いしばる。

「いきなりそれは酷くない? はぁ。心配してくれて嬉しいとか思っちゃった私の気持ちを返して」

「狭量だぞマスター」

「こうなったのは私のせいじゃないのに手荒く扱うからでしょ」

 攻撃されてもすり抜ければいいだけの話だが、アジュール相手にそれをするとは思っていなかったコスモスは溜息をついた。アジュールはアジュールで、まさかコスモスが自分の接触を拒絶して気配を消すとは思っていなかったらしく暢気に浮遊する主に目を眇めた。

「大体、神官と魔獣という精鋭がいながらこの体たらくとかどうなのでしょうね、アジュールさん」

「ぐっ……そう言われると私も痛いが、しょうがないな」

「真顔で言い切った」

 謝罪が欲しいわけではないが、もう少し対応が良くてもいいじゃないかとコスモスは愚痴る。そんな主を退屈そうに見つめていたアジュールは影に溶けるように消えた。

 どうかしたのかとコスモスが尋ねようとすれば、人の声が聞こえる。

 建物内の見回りの時間だろうかと様子を窺っていれば、ほろ酔い気分で機嫌が良さそうな男たちの声が聞こえてきた。

「はー、今日も酒が美味い」

「一仕事終えた後の酒はやっぱり格別だよな。いい酒揃ってたし」

「カシラも上機嫌だったからな」

 見回りというよりは風に当たりに来ただけらしい。二人共楽しそうに話しているが話の内容は褒められたものではない。

 コスモスが目覚めた室内、賑やかな食堂を思い出すに恐らくここは盗賊のアジトなのだろうと推測していた。

「アジュール、いきなり攻撃するのはやめてね」

 彼女の言葉に答えるようにアジュールは影の中でゆっくりと瞬きをする。

 どうやら飛び出して彼らに噛み付くことはなさそうなので一安心だ。面倒な騒ぎを起こしたくないのはアジュールも同じらしい。

「それにしても例の箱は何だったんだ?」

「さあな。呪術がかかってるから下手に触ると呪われるってカシラは言ってたけど」

「呪いとかマジかよ。うわぁ、何でそんな曰くつきのもんがあるんだ」

「知らねぇよ。何でも、ギュンターの奴が持ってきた物らしいぜ」

 例の箱というのはコスモスが入っていた箱のことだろう。レサンタ一の魔法使いであるココの魔術が掛かっているのだから下手に触ると呪われるという話も頷ける。

(ギュンターって人がここまで運んできたのね)

 それがどういう人物なのか分からないので、二人の会話や表情を観察しながらコスモスは情報収集をすることにした。

 獣の耳と尻尾が特徴的な二人もこちらの国ではよく見る亜人だ。

「アイツも本当に懲りないよな。どんだけ貢いでもカシラの心は動かねぇってのに」

「狙いは月石鉱山か。カシラさえ落とせりゃ好き放題できるからなぁ」

「やめてくれよ、あそこの鉱山は神聖な場所じゃねーか。それにカシラじゃねぇと主とは認められねぇってのに」

「だからだろ。自分とこの鉱山シマじゃ稼げなくなってきたらしいからな。貴重な鉱石が採れるとこに目を付けたんだろ」

(月石鉱山? 神聖な場所ってくらいだし、カシラじゃないと入れない場所か)

 どうやらギュンターという人物が月石鉱山を自分のものにしようと、カシラに気に入られようとしているのは分かった。

 それの一つとしてコスモスの入った箱をプレゼントしたのだろう。

「呪いの箱を貴重な物だって言ってカシラに贈ったのも、呪われろってことか?」

「オイ、キレんのはえぇぞ。まだ確証があるわけじゃねぇ。下手に動けばカシラに迷惑かかんだろーが」

「カシラが馬鹿にされてんのに黙って見てろってか?」

「落ち着けって。俺らのカシラが黙ってされるがままなワケねーだろ? 邪魔にならねーように情報収集しようぜ」

 怒る男をもう一人の男が肩を叩きながら宥める。怒りが収まらない表情をしていた男も仲間に言われて深呼吸を繰り返す。

 その様子を見つめていたコスモスは、些細な違和感に首を傾げた。何かが変だがその何かが分からない。

(何だろうこれ。気のせい?)

「情報収集か……。相手の懐に潜り込むってのも危険だしカシラにバレたら怒られるなぁ」

「そりゃそうだ。俺らが単独行動なんてしようもんなら他に迷惑かかるからな。相談して指示を待つしかねぇよ」

「もどかしいなぁ」

「まぁ、どっかのお人好しがスパイでもとっ捕まえて吐かせてくれりゃ楽だけどよ」

(あ……)

 肩を落として溜息をつく男を宥めながら、もう一人の男がちらりと視線を寄越す。その瞬間コスモスは察した。

 揺らぐ影を制して彼女は様子を窺う。

「スパイはもう捕まえたろ? 大して収穫なかったじゃねぇか」

「まぁな。でも一人とは限らないだろ?」

「怖いこと言うなよお前。しかも、どっかのお人好しって何だよ」

「もどかしい状況じゃあ精霊様にお願いしたくなるってもんだろ」

 精霊にお願いしてお人好しがどうにかしてくれるなんてことはない。

 しかし、酔っ払っている男は仲間の言葉に「そうか」と呟いて頷くとよろよろしながら建物内に入っていった。

「あの男、気づいてたわね。恐ろしい」

「良いのかマスター?」

「騒いだところで余計に混乱するだけでしょ。長居しすぎたか……」

「仕留めるか?」

「ううん。気になる人がいるから、そっちが先」

 確実に視線が合ったと感じたコスモスは溜息をついてぐるりと周囲を見回した。誰を、と言われずとも何となく分かってしまうのが腹立たしい。

 寧ろ自分の勘違いだったらいいのにと思いながら目的の人物を見つけた。影に潜んでいたアジュールが小さく笑って目を輝かせる。

 彼の気配が消えたのを感じたコスモスは、溜息をついて彼が向かっただろう場所へ下降した。



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