125 うたたね
迎えの馬車に乗って王都へ向かう。
コスモスは相変わらず箱の中に入っての移動だが車内では箱から出て流れる景色を楽しんでいた。
ミストラルともレサンタとも違う景色にわくわくしてしまうのに歳は関係ないらしい。
オルクス王国は土の精霊の加護を受けており金属鉱山が数多くある。宝石の産出国としても有名で、他国から買い付けに来る商人も多く交易が盛んに行われている。
金を稼ぎたいならオルクスへ行けといわれるくらい豊かな国だ。
鉱山の管理は国が行っており、中には教会が管理している鉱山もあるとトシュテンはコスモスに説明する。
「教会に管理を依頼するとなると、厄介なものでしかないな」
「仕方がありません。魔物程度なら国でもなんとかできるでしょうが、死霊の類となると資格をもった者が必要ですからね」
「国にいる神官や魔術師ですら何ともならない死霊か。ろくでもないな」
床に伏せているアジュールにコスモスは大きく頷く。鉱山に出る死霊なんて想像しただけでも寒気がしてしまう。
オバケ退治なんて頼まれたらどうしようかと心配したが、それなりの実力者らしいトシュテンがいれば平気かと考える。
(いざとなれば彼に丸投げしよう。そうしよう)
自分が一番得体の知れない存在であるということを棚に上げ、コスモスは満足そうに笑みを浮かべた。
「そういうものも退治するのが我々の仕事ですからね。依頼があり、他に適任がいなければという話ですが」
「そういうの、呼ぶからやめよう」
(フラグ立てるなって言っても分からないだろうしなぁ)
立ったとしてもバキバキに折るか避けて通りたいものだと思いながらコスモスは溜息をつく。揺れが少ない車内は快適で眠くなりそうだ。
小さく欠伸をしたコスモスは箱の中に戻って一眠りすることにした。城に着いてから睡魔に襲われてはたまらないからだ。
(着いたら分かるでしょ)
箱の中に入っていればトシュテンが運んでくれるので心配はない。もう一度欠伸をするとコスモスは目を閉じた。
目を覚まし、ハッとして飛び起きる。その衝撃で箱をすり抜けてしまったコスモスは目の前の光景に眉を寄せた。
ぽかん、と口を開け硬直していたのは一分近く。
室内はそれなりに広く、寝台が中央に置かれている。棚の上や壁に飾られた獣の骨、引き出しから零れんばかりに溢れている色とりどりの宝飾品は見るからに高価だ。
「オールソン氏? アジュール?」
すぐに周囲を見回すものの自分以外の姿は見られなかったが、一緒にいた二人の名前を呼んで返事を待った。
しかし、いくら待てど返事はない。アジュールの気配も遠く、コスモスは深呼吸を繰り返した。
(目が覚めたらわけが分からない状態になってたけど、落ち着こう。うん、落ち着こう)
酒のボトルや飲みかけのグラスと一緒にテーブルの上に置かれている箱の中でコスモスは今まで眠っていた。
箱は布に包まれた状態であり、解くことができなかったのだろう。金糸の刺繍がしてある白い布は汚れることなく輝いて見えた。
(ここがお城……なワケないよね)
城内の一室であればアジュールの気配がこれだけ薄いわけがない。時間がかかるかもしれないが呼べばあの獣はすぐに飛んでくるだろう。
しかしここがどこなのか分からない状態で呼ぶのは危険かと考え、コスモスは悩んだ。
「私のことを認識できる存在は稀なんだから、ちょっと見て回るか」
それでも用心するに越したことはない。万が一自分を認識できる存在がいたら軽く気絶させて大人しくしてもらうしかないだろう。
相手を気絶させる前提で動こうとしている自分に苦笑して、コスモスは部屋の扉を球体状ですり抜けた。
廊下には誰もおらず、遠くから聞こえる賑やかな声にコスモスはそちらへ向かうことにした。誰がいるのか何で自分がここにいるのか分からないが、とりあえず情報収集をしなければ始まらない。
ふわり、と彼女に気づいて近づいて来ようとする精霊を優しく制してコスモスはするりと賑やかな声がする部屋へ飛び込んだ。
むわっとした酒気に顔を顰めるのは一瞬で、すぐに防御膜にて遮断されたそれに溜息をつき彼女は室内を見回した。
体格の良い亜人達が杯を掲げながら歌ったり踊ったり愚痴を零したり、と酒場でよく見る光景がそこに広がっている。
木のテーブルの上には黒焦げになった動物の串焼きや、空のグラスが乱雑に置かれていた。室内にあるテーブルではどこも似たような光景で、コスモスは眉を寄せる。
(ここは、食堂?)
食事を摂るスペースの奥には厨房らしきものがあり、肥えた男性が皿を持って何か叫んでいた。料理を運ぶ亜人の中には女性もおり、酔った客に絡まれ困っている給仕の姿もあった。
(うわぁ、酔っ払いにセクハラとか最悪だわ)
そうコスモスが思っていると、厨房から絡む酔っ払いへ何かが飛んでいく。すぐに汚い叫び声が響き、ガタンと椅子が倒れる音がした。
見れば酔っ払いの手に鋭いナイフが貫通していて、難を逃れられた給仕は慌てて厨房へと飛び込んでいった。
「イッテェなぁ! 何しやがるんだ!」
「……」
酒が回ってそこまでの痛みはないのか手にナイフが刺さったままの酔っ払いはテーブルを蹴り倒して今にも飛びかかろうとしている。
周囲の者が必死に止めているが、男の怒りは収まらないらしくソフィーアにはとても聞かせられない汚い言葉が飛び交った。
コスモスは溜息をつきながら部屋を出て行こうとしたが、厨房から出てきた男に動きを止める。
大柄な男が無言のまま暴れる男に近づき、胸倉を掴む。
「ルール違反は出入り禁止だと言ったはずだが」
「ハァ? ルールだと? テメェは黙って料理出して給仕を寄越せばいいんだよ。どっちも美味しく食べてやるからな」
酒臭い息を吐きかけられ唾を飛ばされても大柄な男は黙っている。周囲からは溜息をつく声や「あちゃー」という声が聞こえた。
酔っ払いの胸倉を掴んでいた大柄な男は無言で腕を下ろすと、そのまま部屋を出て行く。ズルズルと引きずられる音と、酔っ払いの怒る声が聞こえていたがそれは徐々に悲鳴へと変わり消えた。
(え? 何? 何があったの?)
大柄な男が戻ってくる前に室内にいる酔っ払い達が散らばったものを片付け始めた。掃除用具を持って厨房から出てきた給仕たちからそれを受け取ると、酔っ払い達は協力して割れたグラスの破片や床に落ちてしまった料理を手早く捨てる。倒れて歪んだ机や壊れてしまった椅子に応急処置をすると、何事も無かったかのように自分の席に戻ってまた飲み始めた。
「アイツも馬鹿だよなぁ」
「反省するか、復讐するか賭けるか?」
「それ賭けになんねーだろ」
ニヤリと笑って懐からコインを取り出す男に、呆れた顔をしてもう一人の男がグラスをあおる。指でコインをくるくる回していた男はつまらなそうに唇を尖らせた。
戻ってきた大柄の男は何事も無かったかのような室内を見て、真っ直ぐに厨房へと向かっていく。その手に引きずっていた男の姿はない。
(乱暴な酔っ払いなんて、いなかった。うん、そういうことね)
一人納得するように頷いてコスモスは厨房へ向かう大柄な男の背中を見つめた。側頭部から生えている立派な角に色々な種類の亜人がいるものだと思ってコスモスは部屋を出た。厨房に入る手前で足を止めた男は振り返り、何も無い空間を暫く見つめて首を傾げる。
「どうしたんです?」
「いや、何か……気のせいだな」
「そうですか」
心配そうに声をかける給仕にかぶりを振って、男は厨房へと戻っていった。
室内の賑やかさはまだ消えそうにない。




