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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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115 少年とオバサン

 耐性の無い者は直視しただけで目が潰れる。

 それでも好意的な大精霊ならばか弱いヒトに合わせて力を抑えてくれるものだが、火の精霊は王子を試すかのようにその存在感を示していた。

 フランが丁寧な挨拶で呼びかけに応じてくれたことに礼を言うも、大精霊は言葉を発することなく自分の為に誂えられた台座の感触を確かめる。

 巫女はゆっくりと大精霊の傍へ移動して緊張した面持ちのフランを穏やかに見つめていた。

(迫力があって、威圧感も半端ないわ。あの時とはまた感じが違う)

 不本意とはいえ、トシュテンの誘いによって大精霊と会うはめになったことを思い出しコスモスは苦笑した。

 未だにあの胡散臭い神官の狙いが分からないが、あそこで大精霊と会えたからエステルの祠を守るお願いもできた。

 とはいっても、あれも夢の中での出来事なのだがお願いを聞いてくれたということは夢ではなかったのだろう。

 この状態になってから夢なのかよく分からないことが増えてきている。あまり深く考えないようにしてその場のノリで適当にしているのだが、もう少し真剣に考えた方がいいのだろうかとコスモスは首を傾げる。


『深く考えたってしょうがないわ。カンで乗り切りなさい』


 心地よい大精霊召喚の詠唱を聞きながら頭に浮かんだのは、にっこりと微笑んでそう告げるマザーの姿だ。

 あの人ならそう言いそうだなと小さく笑った瞬間、遠くで爆発音のようなものが聞こえた。

 驚いて弾かれたように音のした方向を見る一同に、大精霊は溜息をつく。

「無粋な奴らがいたものよ」

「申し訳ありません。すぐに静かになるように致します」

「よいよい。お主らが動けば逆に危ないだろうからな。魔女がやる気に満ちておったから、任せておけば良い」

「ありがとうございます」

 大精霊が最初からそう言うと分かっていたかのようなやり取りに、グレンとライツは困ったように顔を見合わせる。

 不安げになるフランに気づいたトシュテンが、静かに近づいて彼の耳元で何かを囁く。バッと顔を上げたフランは暫く無言でトシュテンを見つめると、ゆっくりと頷いて深呼吸をした。


『あぁ、もしかして襲撃者が王様かもしれないって思ったんですかね』

『だろうな。集中して探れるか? コスモス』

『やってみます』


 目を閉じて深呼吸をする。

 神殿の外で衝突している存在に意識を集中させてその気配を探った。幸いなことに結界はきちんと作動しているらしく、神殿内に外と似た気配はしない。

(ココさんの気配とアジュールの気配を辿って、相手に気取られない程度に様子見……って気を張るなぁ)

 イメージのまま実行できているだけ上出来かと自分を褒めながら、コスモスの意識は外へと移って行く。

 爆発音と、唸り声、笑い声が近づいてきてコスモスが見た光景は想像していた通りのものだった。

 神殿を背にして門の前で立っているココの様子に疲れは見られない。彼女の影から躍り出るアジュールは生き生きとした様子で獲物に喰らいついていた。

 一方、その敵というのが予想外でコスモスは思わず眉間に皺を寄せてしまう。

(王子と同じ歳頃の少年? いや、外見は幼く見えるけど中身が分からない)

 全体が黒い靄のようなもので覆われていて輪郭すらはっきり見えない。声ははっきりと聞こえるが表情すら見えないのはもどかしい。

 高い声で楽しそうに笑いながらココと戦闘を繰り広げているのは分かる。

 その場に立ったまま微動だにしないココの周囲には大小様々な火球が浮かび、少年の攻撃に合わせて爆発していく。

「うわーん。いたいけな少年に対して酷くない? オバサン」

「いたいけな少年? どこにいるのかしら。オバサンに教えてくれる? ボウヤ」

 大したダメージを食らっていない少年は泣き真似をしながらアジュールの突撃を躱す。素早く身を反転させ鋭い爪で体を裂くアジュールだったが、素通りしてしまって歯痒そうだ。

 積極的に攻撃を仕掛けていると思っていたココだが、よく見ていると少年の攻撃に対して防御しているだけなのが分かる。

(結界張ってるとはいえ、絶対ではないからなぁ。それにしても、あの子ちょっとおかしくない?)

 何となく良く知ってるもののような気がすると首を傾げていたコスモスは、黒い靄を凝視した。

 実体がないが、攻撃はしてくる。分身のようなものかなと思いながら靄を見ていたコスモスは短い声を上げてココに近づいた。

 本体は神殿内にいて意識だけを飛ばしているような状態だからか、ココもアジュールも敵の少年もコスモスには気づいていないらしい。

「ココさん、あれ黒い蝶ですよ。蝶の塊です」

 それが分かったからといって対処できるかは別なのだが、とにかく分かったことをコスモスは必死に伝える。

 しかし、彼女がいくら話しかけても聞こえない様子でココは攻撃を加えてくる少年を見つめていた。

(儀式してるって分かってて襲撃してきたのかな。いや、そうか。主要メンバーが揃ってると分かっているから襲撃したとしか思えないものね。だとしたら、内通者?)

 必死に国民には真実がバレないように隠蔽しているだろうが、それも限界がある。そして王族や貴族が揉めているような状態だ。

 混乱に乗じて何かをするにはこの上ない機会だろう。

 己の保身の為に危険だと分かっていても情報を流すような輩はどこにでも存在する。もし内通者がいたとしてもそれを暴くのは自分の仕事じゃないとコスモスは大きく深呼吸をした。

(私がここでできること)

 狙いを定めて舌なめずりをする。勢いよく空中を蹴り少年に向かって飛んでいった。

 あと少しで黒い靄の塊に到達するというところで、彼の体が突如炎に包まれて燃えてしまう。

(えっ)

 減速できるわけがないコスモスは、そのまま炎上する少年をすり抜けてしまった。黒い蝶を食べてその形を崩してやろうと思っていた彼女は、そのまま上空で踏ん張って急ブレーキをかける。

「ちぇっ。余計な邪魔入るんだもんなぁ。ま、いっか」

 急いで身を反転させれば、炎に包まれた少年の体は少しずつ崩れていき塵すら残らず消え失せた。

 アジュールの低い唸り声を聞きながら、コスモスは魔女の力を目の当たりにして余計なことをしようとしていた自分が恥ずかしくなった。

(これ以上恥晒す前に、戻ろう)

 その場からコスモスが去った後、暫くその場にとどまって顎に手を当てるココの元にアジュールが音も無く近づく。

「戻らなくても平気か?」

「ん? あぁ、王都にね。大丈夫でしょう。私の結界に異常ないようだし、上手く潜り込まれたとしても対処できるはずよ」

「完全な囮のようだったが」

「そうね。私も遊びすぎたかしら」

 服についた埃を払いながら緊張感のない声でココは答える。その様子を見てアジュールは楽しそうに笑った。

 さすが、長い時を生きているだけはあると思ったのだろう。

「あぁ、でも悔しい。最後のいいところを大精霊様に取られちゃうなんて」

「やはりアレはお前ではなかったか」

「当たり前でしょう。まぁ、自分の領域で勝手に暴れ回るのが気に入らないのは分かるけど、私に花持たせてくれたっていいじゃないのねぇ」

 腰に手を当てて不満だと全身で表現するココの愚痴を流しながら、アジュールは彼女の影へ移動する。

 遠目で様子を窺っていた神官達がココを見ながら「大精霊様のご加護がありますよう」と祈り始める。

「勘違いされてるなら、そうさせておけばいいだろう」

「えー格好悪いんだけどなぁ。まぁ、でもそれもそうよね」

 小さく頬を膨らませたココだったが、アジュールの言葉を聞いてにこりと笑うと神殿の中へ戻っていった。


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