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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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114 火の巫女

 ゆらりと空気が揺れる。熱さを感じてコスモスが顔を上げれば、奥の部屋から白いローブを身に纏った人物がこちらに向かってきた。

 他の神官に比べて装身具も多く、その全てが魔力を帯びている。

 どういう人物なのか探ろうと思ったが、本能が警鐘を鳴らしていたのでやめた。

 その気配が分かったのか、頭の中でエステルが良い判断だと笑いながら褒めてくれる。

 フランがその人物に対して礼をすれば、従うようにグレンやライツ、ココも礼をする。慌てたコスモスも彼らに倣って礼をすれば、優しい声が響いた。

「フラン様、ようこそ火の神殿へ」

「巫女様。急な訪問にも関わらず快く歓迎してくださったこと、心より感謝いたします」

「国の大事とあれば当然でしょう。我々神殿はいついかなる時もどんな種族も拒みませぬ。報せを聞いて驚きましたが、精霊がざわめくのも当然ですね」

 穏やかな老女の言葉を聞きながらコスモスは心地がいいと感じていた。それは周囲の精霊たちも同じようで、コスモスをぐるりと囲むようにくっついていた精霊たちが引寄せられるように彼女の元へと飛んでいく。

 その様子を見ていたコスモスは、ゆっくりと老女が膝を折って頭を下げるのを見て再び頭を下げた。

「ヘルメの神子様、ならびにマザーの御息女にお会いできて光栄です」

「あ、いえ。こちらこそ」

 自分のことは認識できていないだろうと分かっていても、思わずそう答えてしまう。見えてないと分かっていても自分の態度はおかしくないか、粗相はないかと気になってしまうコスモスだった。

 青い目を細めて老女は火の精霊に囲まれたコスモスを見上げる。

 薄ぼんやりとしてはっきりと視認できないが、高エネルギー体がそこに存在するというのは圧で分かった。

 纏う魔力の気配が自分達のものとは違う。精霊に似ているがそれとも少し違っていて、不思議な感覚だった。

 球体のようであったり、上下に長細くであったりと姿を変えられるらしいが残念なことにその姿形をはっきり見ることはできない。

 風の噂では彼女を最初から認識できる存在は非常に稀だと聞いていたので驚きはしなかったが、それなりに修練を重ね年老いた自分ですらはっきり認識することは難しいという事実に少しだけ嬉しさを覚えた。

 まだまだ修行が足りない、と誰かに言われているかのように思えたからだ。

 後世の為に、若者を指導していく立場となっている自分を若造のように扱う人物は数少ない。

 だから少し懐かしく、嬉しくなってしまった。

「そう緊張なさらずに。ここは貴方にとっても良き場所となるはずですから」

「は、はぁ。ありがとうございます」

「巫女様」

「ああ、そうでしたね。フラン王子へ加護を授けなければいけなかったのよね」

(ん? 緊張せずに、って見えてる? それとも声が聞こえてる?)

 普通に答えてしまったが思えば巫女の言葉は少しおかしい。首を傾げながら考えていたコスモスだが、自分を認識できる人物は全くいないというわけでもないので最初から見える人物がいてもおかしくはない。

 長年この神殿で巫女をやっている相手となれば尚更、自分が認識できる確率も高くなるのだろう。

(たぶん、そうかな?)

 変な態度を取らなくて正解だったと安堵しながらコスモスは巫女と従者、それにフランが儀式を行う場所へとついていく。

 儀式を見届けると思っていたココは、用事ができたと笑顔で告げて王子に傍を離れると伝えた。

 グレンが一瞬険しい顔をしたがココは笑顔を浮かべ、弟子とグレンを見るとそのままヒラヒラと手を振って着た道を戻っていく。

 去り際にコスモスへ囁くようにアジュールを借りると告げたことに彼女は気を引き締めた。


『エステル様』

『案ずるな。あれでも国で一番強い魔法使いだ。お主はこちらに集中せよ』

『え、見てるだけじゃなくてですか?』

『……万が一に備えよ、ということだ』


 神殿には霊廟と同じような結界が張ってあり、邪なものは侵入できない仕組みになっている。しかし、油断は禁物だ。

 コスモスは深呼吸をして周囲の安全を確認すると、軽く準備運動を始める。

 肉弾戦をするわけではないが、何となくの気分である。


『加護の儀式って、時間かかります?』

『通常はそう大してかからん。巫女の呼びかけに応じて大精霊が顕現し、加護を受ける人物を見定めて自分の加護を授けるか否か決めるだけだからな』

『へぇ。形式的なものであって、ほぼ加護を受けられる感じですか?』

『まぁ基本的に巫女が認めれば加護を受けられるのは決定だが』

『だが?』

『精霊というのは気まぐれなものだからな。大精霊となれば余計にだ。気分によって暫く姿を現さないから長期戦という場合もある』


 部屋の中央に一段高くなった石床があり、そこには赤や白、黄色で紋様が描かれていた。

 フランをその中心部に立たせた巫女は何やらぶつぶつと唱え始める。何を言っているのかコスモスには理解できないが、これがエステルの言っていた大精霊を呼ぶ言葉なのだろう。

 部屋の四隅には女性神官が膝をついて目を瞑り、祈るように両手を組み合わせて何かを唱えている。


『あ、大精霊って陽炎さんのことですよね?』

『ん? あぁ、お主が変な名付けをしたせいでアレは上機嫌だからすぐに来るだろうな』

『……大丈夫ですか?』

『何が……なるほど。アレがここに来れば祠は手薄になる。それを心配しておるのか。お主に心配されるとは、私も落ちたものだな』

『そ、そう言うわけでは』


 心配したところで何ができるわけじゃないのは分かっている。分かっているが、守りが薄くなると危ないのではないかとコスモスは心配になった。

 馬鹿にするかのように大げさに溜息をついたエステルは、もごもごとするコスモスに苦笑して安心するように告げた。


『祠の結界はどこよりも頑丈で、びくともしない。あそこは聖域だからな。攻撃してきたあんな輩など近づくことすらできん』

『あ、はい』

『……お主は例外中の例外だからな。異常なだけだぞ』

『分かってます!』


 何の抵抗もなく、すんなり入れたような気がするとその時の事を思い出しているとエステルの声が冷たくなった。

 慌てたコスモスがちゃんと分かっていると返事をすれば、満足そうに「そうか」と言われる。

 どうやら今でも不審者をすんなり通してしまったことが気に入らないらしい。

 結界を破壊したわけでもないのだから、許して欲しいなと思いつつコスモスは巫女の声に合わせ四隅に控える神官達の声がほどよく重なっていく様を心地よく聞いていた。

 石床に描かれた紋様が微かに発光し、緊張した面持ちで立つフランへと光が集まっていく。

 バン、と何かが破裂するような音が遠くから聞こえてきたと同時に、火の大精霊はフランの頭上に顕現しその存在感を知らしめた。


『あやつめ、わざとあんな場所に現れおって』

『え?』


 溜息と共に紡がれるエステルの言葉にコスモスが聞き返そうとする前に、巫女はゆるりと礼をして火の大精霊に対して台座に移ってくれるようにお願いしていた。

 頭上にいる存在を確かめることすらできず、その圧迫感に棒立ちになるしかないフランは巫女の言葉に感謝した。その姿を初めて見たが、言葉すら上手く紡げずまともな礼すらできない自分が悔しくて必死に歯を食いしばる。

 ゆっくりと呼吸を繰り返した彼は、震える己を叱咤するように顔を上げ大精霊に対して膝を折って頭を下げる。

 微かに震えていた声もすぐに力強いものへと変わり、相手を驚かせてその反応を楽しんでいた大精霊は意外そうに少年を見つめた。



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