111 ティータイム
何となく予想はしていたが、はっきり告げられると気分が落ち込んでしまう。
たかが占いじゃないかと思いつつもしっかり気にしてしまっている自分を叱咤して、コスモスは軽く両頬を叩いた。
深呼吸をして大丈夫だと自分に言い聞かせた。
(困難だけど叶わないわけじゃない)
第一、完全なる被害者で帰れないことのほうがおかしいのにどうしてこう大変な目に遭わないといけないんだと彼女はぶつぶつと呟く。
ライツはそんなコスモスを心配しながら励ましの言葉をかけた。
「大丈夫ですよ、御息女。願いが何なのか分かりませんが、御息女ならきっと叶います」
「……うん。ありがとう」
「ちなみに、その願いの内容を聞いても?」
「世界平和」
探るようなライツの視線を受け流して、コスモスはそう告げると深い溜息をついてふわふわと廊下を移動していく。
ぱちぱち、と大きく瞬きをしたライツは眉を寄せていたが曲がり角で姿を消したコスモスに慌てて後を追いかけた。
(色々巻き込まれたわりには、手がかりはなしか。黒い蝶も私には関係なさそうだし)
「マスター、そちらは恐らく魔女の住処だ。何に引寄せられているかは知らないが、引き返したほうが良いのでは?」
「え?」
「はぁ。本当に先が思いやられる」
「あ、それはいいんです。寧ろ、これから師匠のところへ案内しようと思っていたところですから」
追いついたライツの言葉にアジュールが目を細める。その睨みにミリィが鳴いてライツの背後に隠れた。
ぼんやりとしていたコスモスは、鼻を動かして甘美な香りがする方向へを目をやる。
「ココさんのところへ?」
「はい」
「エステル様に用事だったら、呼んでおかなきゃいけないけど出るかどうか」
「いえ、師匠は御息女ともっと親しくなりたいとはりきっていまして」
「え?」
黒髪ポニーテールに赤目のキリリとした美人さんに気に入られたというのは嬉しいが、本当にそれだけだろうかとつい疑り深くなってしまう。
コスモスが黙っているとライツが慌てて口を開いた。
「あの、悪い意味ではないです。本当に興味深いというだけで不快になるようなことはしないと思います」
「悪い意味……」
「その……ええと、何と言いますか」
「マスターは研究対象としては最適だからな。マザーの娘でありながら精霊に近い存在だ。解明したいという輩がいてもおかしくない」
言い淀むライツに溜息をついてアジュールがそう告げた。その言葉に眉を寄せたコスモスは、人魂の状態から人型へと変化する。
コンパクトで楽だからと最近はずっと人魂でいることが多かったせいか、人型になるのも久しぶりのように感じる。
大きく伸びをしながら状態を確かめるようにしていたコスモスは、脳内に響く高笑いを急いで振り払って息を吐いた。
「でも、師匠はそんなことしないと思います」
「そうなの?」
「はい。御息女と初対面の後に失礼な真似はしないでくださいと言えば、『マザーの娘にそんなことをしたら後が怖くて眠れなくなるわ』と言っていたので」
あれは冗談ではなく本気だったので大丈夫だと笑顔で頷くライツに、コスモスは首を傾げた。魔女であるココですら怖いと口にするマザーは一体どれだけすごいのだろう。
(お茶目で気の良い老婦人にしか見えないんだけどなぁ)
恐らくココは自分よりマザーのことを知っているからそう言えるのだろうと頷いて、ライツに並んでココの部屋へと向かった。
ココの部屋は綺麗に整頓されていてよい香りが漂っていた。それがお茶だと気づいたコスモスはライツが入れてくれたそのお茶を口に含んでホッと息を吐く。
本を読んでいたココは笑顔で迎えてくれた上に、今日のためにと色々お菓子を用意していてくれたらしい。
焼き菓子と一口サイズのケーキがケーキスタンドに並べられ、ホールのアップルパイが美味しそうに湯気を立てている。
綺麗な網目に焼き色は空腹を誘い、コスモスのお腹が鳴った。
「師匠のお菓子は美味しいですが、その中でもアップルパイは絶品なんですよ」
「うん、美味しそう」
「肉も魚も師匠の手にかかれば美味しいパイになります!」
弟子に褒められてもココは小さく笑うだけで何も言いはしない。アジュールにと用意された軽食まで手作りだと聞いてコスモスは驚いてしまった。
くんくん、と匂いを嗅いでいたアジュールは一口食べると「悪くない」とだけ呟く。
そんな態度にも気を悪くした素振りを見せることなく、ココは自分のお菓子を美味しそうに食べるコスモスとライツを見て微笑んだ。
「褒めてくれるのは純粋にありがたいけど、でも課題のレベルは落とさないわよライツ」
「そ、そんなつもりで言ってるわけじゃないですよ!」
「課題?」
「ああ。師匠から魔力強化のために課題を与えられているんです。今回のはちょっと難しいですけど、でも頑張らなきゃ」
そういうものがあるのか、と思いながらアップルパイを頬張るコスモスにライツは自分を奮い立たせるよう拳を握る。
そんな弟子を見つめるココの眼差しは優しい。
とてもいい師弟関係だなと思いながらコスモスは笑みを浮かべる。
「ライツ、食べ終わってからでいいからこれ持ってロータルのところ行ってきてくれる?」
「あ、はい。分かりました」
ココは冷ましていたアップルパイを箱に入れ、それを紙袋に入れると書類を箱の上に乗せる。ちょうど食べ終わったライツはお茶を飲み干すとそのまま紙袋を受け取って出て行ってしまった。
「?」
「はぁ」
(これ、あの部屋と同じ魔法かな。盗聴透視対策だっけ?)
扉が閉まったと同時に感じる魔力にコスモスが顔を上げれば、床で伏せているアジュールの溜息が聞こえる。
それに苦笑したココは自分のお菓子を美味しそうに食べるコスモスを見つめ、空になった彼女の皿にアップルパイを乗せた。
「下手にも程があるだろう」
「あの子を責めないであげてよ。気を利かせてくれただけなんだから」
「だったら最初からお前がマスターの元にくればいいだけの話だ」
「そうなんだけどね。御息女に身構えられて怯えさせるのも嫌だし、人目を惹くのも嫌だったのよね。ほら、私って国一番の魔法使いでしょ?」
ココとアジュールの会話を聞きながら、どうやら彼女は最初から自分に用事があったのだとコスモスは知る。
ならば、とアジュールと同じくライツを使って呼ぶよりも部屋に尋ねてくれば良かったではないかと思うがそれはそれで目立ってダメだという。
意味が分からないと首を傾げるコスモスに、主の思いを察したアジュールがココへ視線を向けた。
赤い瞳と赤い瞳がぶつかる。
「厄介ごとにこれ以上マスターを巻き込むな」
「あら心外。私はただ、御息女とお話がしたかっただけよ? 貴方の言う厄介ごとを頼むのであれば、貴方を除外しているはずでしょう? それに、この場にはあの神官もいないわ」
「……しかし」
「そう言えば、城下町に来ている占い師のところへ行ったそうね」
話題を変えるようにアジュールからコスモスへと視線を移したココの言葉に、コスモスは一瞬驚いてから慌てて頷いた。
慌てたので大きな塊のままアップルパイを飲み込んでしまい、急いでお茶で流し込む。
「良い結果は得られた?」
「これからの行動次第だと言われました」
「そう。占い頼りになっていないようで安心したわ。頼り切ってしまう人もいるからね」
「アレス王のようにですか?」
話したいことはそれについてかとコスモスが問えば、ココは驚いたように小さく目を見開き溜息をついた。
その反応に、コスモスは首を傾げる。
「あぁ、そうね。王もそうだったわねぇ。全く、厄介な私を処分することもせず遠くに追いやるなんて本当に良く考えたものね。油断していた私も悪いけど」
「あの、王のその後は?」
「分からないわ。使い魔に領内を探らせてみたけどそれらしい気配は無し。ロータルも密偵を放って情報を集めているみたいだけど、手がかりはないようね」
「あんな魔物が領外へ出たとなると、それはそれで問題だろうな」
アジュールの言葉にココは静かに頷くと、温くなったお茶で口内を潤した。お気に入りの茶葉の香りが彼女の心を癒してくれる。
赤い瞳でコスモスを見つめたココは、不思議そうに傾く人魂に目を細めた。
「そうね。それが今一番頭が痛い問題だからロータルも必死なのよ。国外で目撃され、魔物化が解けたとしたら大問題でしょう? レサンタの王じゃないですかーなんて」
「解けることなんてあるんですか?」
「無いとは言えないというだけよ。それでも、万が一そんなことになっては困るのよね」
「……アレはもう、戻ってこないと思うが見つからないとも思うぞ」
引っかかる言い方をするアジュールにココは青灰色の獣を見下ろして首を傾げる。艶やかな黒髪がさらりと揺れ、赤い瞳が彼を捉える。
黒髪に映える赤いリボンに何か紋様のようなものが描かれていることに気づいたコスモスはじっと目を凝らした。
「どういうこと?」
「そのままだ。理由は問うな。何となく、だからな」
「何よそれ」
そう言いつつもココは楽しそうに笑う。自分の知らない部分でこの二人は理解し合っているんじゃないかと思いながらコスモスは木苺のムースが挟まれているケーキを食べた。
甘酸っぱくて美味しいこのケーキはいくらでも食べられそうだ。
アップルパイもいいが、これもホールで食べたい。そんなことを思いながらお茶を注ごうとすればココに制される。
「せめて国宝の腕輪くらい外していって欲しかったわ。見る人が見たらバレるっていうのよ」
「そんな腕輪してました?」
「してるわ。服で隠れているから分からないだけで、ちゃんとしているわ。ゼルマル火山で採れたと言われる希少な宝石がはめ込まれているんだけど。アレだけでも戻ってこないかしら」
自分達の国の王が竜になって行方知れずだというのにココからは心配している様子は微塵も見受けられない。
ロータルは動揺を最小限に抑え、国を守るために気を張っているだろうから心配する余裕すらないのだろうと想像はつくが、ココは長年仕えているわりには冷たい印象を受けた。
「なぁに? 行方不明の王様に対して冷たいなぁって反応してるけど」
「あの……その」
「ふふふ。いいのよ気にしないで。事実だから」
「認めていいんですか!」
「いいのよ」
慌てるコスモスのツッコミにも笑顔で返すココに、コスモスはそれ以上何も聞けず驚いた表情で彼女を見つめることしかできなかった。
あまり深く関わるなと言わんばかりに見つめるアジュールに気づき、コスモスはお茶を飲んで心を落ち着かせる。
悪戯っぽい光を放つ魔女の赤い瞳に射抜かれながら、苦笑いを浮かべることしかできなかった。




