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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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101 黒の少女

 初代国王の像と共に下降していたコスモスは、像の足元でバランスを取りながら揺れが収まるのを待っていた。

 一体どこまで下がるのやらと思っていれば、重い音を立てて止まる像の足元からコロリと転がって床に落ちた。

 地下だというのに壁の両脇には松明が灯っており通路を明るく照らす。どういう仕組みになっているのかと考えていれば、コロコロと自分の体が転がっていった。

(は? いや、何で転がるの?)

 斜面になっているわけでもないのに転がっていく自分の体。止まろうと踏ん張ってみても動きは止まらず、前方に見えた小さな窪みに嵌れば止まるかと期待したがポーンと跳ねて更に転がっていった。

 今この状態で人型に戻れば止まるだろうかと考えてみたが、全身がボロボロになりそうだったのでやめる。

 頭の中でエステルに助けを求めるも「気持ち悪い」という小さな声が聞こえてくるだけだった。

 ほどよく弾むボールのように転がっていく自分のことを、まるで他人事のように思いながら何かあればアジュールやトシュテンが助けてくれるだろうとコスモスは鼻を鳴らす。

(うん。誰かが引寄せてるみたいとか、絶対無いわ。うん。気のせい)

 グッと腹に力を入れて何とか踏ん張ってみると、見えない何かにグイグイ引っ張られる感覚がする。それを気のせいということにして、コスモスは流れに身を任せるように転がり続けた。

 どこをどう転がっていったのか覚えてはいないが、ぴたりと停止した時にはもう目が回って半分気を失っているような状態だった。

 ぐるぐると回る世界が万華鏡のようになって頭がぼやけてくる。

 自分は一体何をしていたのか分からなくなりながらコスモスがそのまま意識を手放そうとしていると、呆れたような溜息が聞こえた。

 エステルのではない。アジュールやトシュテンとも違う。フランに似ているかと思ったが、彼はそんな反応をするような性格ではないだろう。

「うっ……ううう」

 情けなく呻くコスモスを暫く見下ろしていた人物は、もう一度溜息をついてしゃがむとぐったりする球体をつついた。

 痛みは感じないが気持ち悪い。

「オエェ」

「失礼しちゃうわね。何なのよその態度は」

「は? 無理矢理引っ張ったのあなたでしょ?」

 嘔吐を何度も繰り返したコスモスはすっきりしたのか不快感を露にする人物を睨みつけた。自分だって好きでこんなことしてるわけじゃない、と怒りを込めた言葉に相手が動揺するのが分かる。

「人をボールみたいにコロコロ転がしてさ。こっちの身にもなれっていうのよ」

「そ、それは……悪かったと思っているわ」

「思っている?」

 自分の中にいるエステルの反応が弱いことからコスモスは彼女が気絶しているのだろうと推測した。

 しょうがない。あれほど転がって跳ねたりしていたのだから。

 辛い思いをしている自分をよそに、その原因を作ったらしい人物は全く悪びれず形だけの謝罪を口にする。それが癇に障ってコスモスは低い声でゆっくりとそう問いかけた。

「いえ、あのっ……ごめんなさい。あなたが来ていると分かったものだからつい」

「……」

「こうでもしないと他の邪魔が入ってしまうし。いいえ、それは私の勝手な理由だったわ。本当にごめんなさい」

 気だるいままコスモスが視線を上げれば、そこには少女がいた。

 十歳くらいだろう少女はスカートの裾が汚れるのも気にせず、ぐったりとするコスモスに手を伸ばす。回避する気もないほど疲れていたコスモスがされるがままにしていると、少女は何かを呟いた。

 その瞬間、ふわりと温かいものがコスモスを包み込んで消える。

「どう? 少しは楽になったと思うんだけど」

「あ……確かに。酔いは無くなったかも。吐き気も消えて楽になったわ」

「良かった」

「そもそも、貴方が強引に引っ張らなかったらいいだけの話なんだけど」

「うっ」

 レースの手袋をはめた手がコスモスについた汚れを払うように優しく触れる。嫌な感覚はしなかったが、慧眼を使っても視界がぼやけたような感覚になった。

(霊廟地下で、ゴスロリ美少女。幽霊?)

 幽鬼のように白い肌は灯りのせいもあるのかもしれないが、場所が場所だけにそういった類のものを想像してしまう。

 しかし、黒いタイツに黒い靴と足はちゃんとある上こうして意思疎通も可能だ。

 高貴な人物が眠る霊廟で、邪悪なものは近寄れない結界も張られているのだから大丈夫だろうとコスモスは警戒を緩めた。

(ん? 意思疎通が可能?)

「だって、そうでもしないと出会いなんて作れないし……あの神官と獣が邪魔だもの。まさか王子までいるなんて想像してなかったし」

「え、ちょっと待って」

「分かってるわ。本当に悪かったって思ってる。転がすことなく、浮遊させて引寄せれば良かったって」

「いやいや、それはそれでちょっと。って、そうじゃなくて」

 黒いベールが掛かっていて表情は読みにくいが、心から反省しているのは声から分かる。眉を下げてじっと見つめてくる様子は、相手の機嫌を窺う子供らしくてコスモスは思わず笑いそうになってしまった。

 しかし問題はそこではない、と頭を左右に振って彼女は少女を見上げた。

「なんで、私を認識できるの?」

「……あっ!」

「今更見えないふりとか、聞こえないふりとか無駄だからね」

「あうっ……他の人に認識できないの忘れてた」

 ドジッ子なのか。

 スカート裾のフリルを指で撫でながら少女は呟くようにそう言った。

 毒気を抜かれたコスモスがあんぐりと口を開けて沈黙していると、少女は慌てるように怪しいものじゃないと言う。

 どう見ても怪しいがコスモスも人のことは言っていられない。

 自分のことを認識できないものが多いからといって、好き勝手にしているのだから。

「あの、でも、その……そういう人もいるじゃない?」

「うん。まぁ、いいわ」

「本当?」

 何故自分を認識できるのかもっと聞きたかったがこのまま長話しているわけにもいかないだろうとコスモスは息を吐く。

 少女の発言から察するに、どうやら彼女は二人きりで話がしたかったらしいからだ。

 アジュールやトシュテンが自分を見つけるのは時間の問題だろうと思って、コスモスが少女の用件を聞こうとすれば彼女は優しくコスモスを持ち上げる。

「邪魔されるのは嫌だから少し場所を変えるわね」

「あ、うん」

 少女の両手に抱えられたコスモスは拒否することもなく大人しくしていた。

 気絶したエステルは起きたかと何度か呼びかけてみるが反応はない。回復には暫くかかるだろうかと思っていると少女が声をかけてきた。

「ここなら少しは時間を稼げるはず」

「ここって……棺の中なんですけど。え、墓荒らし?」

「そんなのと一緒にしないでよ! 私は墓参りにきただけのか弱い少女なの」

(か弱い?)

 重そうな石棺の蓋が少女の力で開くのにも驚きだが、その中に入るというのも驚きである。思わず口から出てしまったコスモスの言葉に、少女は声を荒げながら棺の中へ入った。頭上で蓋が閉まる音が響いているが、何故か下へおりていく感覚もするとコスモスは首を傾げた。

 視界を切り替えるように周囲の探索をしようとすれば、視界を塞ぐように少女の柔らかな手で目隠しをされてしまう。

(人魂状態だっていうのに、どこに目があるのか分かってるのがすごい)

「不安なのは分かるけど、少し我慢して。下手に慧眼を使って探索しようとすると、返り討ちにあうかもしれないから」

「返り討ち?」

「霊廟内の防衛装置のようなものよ。盗掘者や魔獣を撃退する為に設置されているんだけれど、強い魔力にも反応したりするから厄介なの」

「ただの、探る目なのに?」

「普通、慧眼の持ち主は気配を消して相手を探るものよ。でも貴方のそれは剥き出しのまま。もっと気配を消すことやぼやかすことを考えないと」

 それはコスモスも分かっているのだがどうやってそうしたらいいのか分からず、試行錯誤の日々だ。エステルが起きていたなら彼女に制御してもらっていただろう。

 けれど今のような状態では頼ることができないので、自分でなんとかするしかない。

 マザーに言われた通り、見抜かれないように防御壁を展開しているはずだがそれでもまだ剥き出しと言われるのかとコスモスは肩を落とした。

「うーん。そうね。貴方にいきなりそれはきついわよね。防御壁を展開するのはいいけど、基本に忠実な防御壁だから慧眼使用してるってバレバレなのよ」

「バレバレ」

「そう。だから防御壁の気配も消さなきゃいけない。防御壁があるって分からないように周囲に溶け込ませるの」

 簡単に言ってくれるがそれをどうやったらできるんだ、とコスモスは呟く。それが簡単にできたら苦労しないぞと言いつつも実践してみるのが彼女の良いところだ。

 出現させた防御壁を少女のアドバイスに従って調節しながら、相手に感知させないラインを探る。

「そうそう。いい感じよ。そのまま周囲の魔素と波長を合わせて、溶け込ませるように。うん、もう少し」

「うーん。微調節が難しい」

「それは当然よ。感覚だもの」

 展開させた防御壁と周囲に漂う魔素が同じくらいの波長になった瞬間、コスモスはこれだと感覚的に分かった。ちょっと前後に波長をずらしてみるとそのズレをしっかり感じる。

 再び溶け合うように自分の魔力を周囲に溶け込ませつつ防御壁を展開する。

「そう。それよ。話には聞いていたけど、本当に覚えが早いのね。剥き出しになってるなら尚更かしら」

「え、まだ駄目なの?」

「ううん、こっちの話。貴方の防御壁はそれで完璧だわ」

 ふう、と大きな息を漏らして体から力を抜いたコスモスは周囲を見回して少女に問いかける。

「まだ目的の場所にはつかないの?」

「まぁ、目的の場所を移動中というか何と言うか」

「え?」

「大事なのは私は貴方と二人きりで話がしたかったということよ」

 もっと違う出会いをしていたら、ご指名ありがとうございますと笑顔で言っていたかもしれないとコスモスは素早く瞬きをした。

 自分は少女のことを知らないが、彼女は知っているという。

 霊廟に来るのが分かっていたから待ち伏せたのだろうかと思ったが、フランの同行は計算外だと言っていた。

 城内に内通者でもいるのだろうかと警戒したコスモスに、少女が口を開く。

「ベリザーナ王妃は未だ目覚めないのね」

「……どこまで知ってるの?」

「王妃が虚ろ病で昏睡状態だということ。その回復の手立てとして神子と貴方に白羽の矢が立ったこと。王妃の精神世界に潜入するも、大した収穫もなく帰還した。そして、手がかりを求めて霊廟に来たということよ」

「ほとんど知ってるじゃない。え、内通者? やっぱり内通者がいるの?」

 そうなると内通者と疑わしい人物も限られてくる。一番怪しいのはトシュテンかとコスモスが考えていれば少女がころころと笑った。

 笑う場面じゃないだろうと小さく唸るコスモスに、少女は慌てて謝罪する。

「内通者がいなくても、情報を得る手段はいくつもあるのよ」

「えっ。内通者なしでそこまで探れるものなの? オールソン氏もエステル様もいるのに?」

「ふふふ」

「いや、ふふふじゃなくて。可愛いけど」

「かわっ……こほん。ま、まぁ当然ですけど」

 内通者がなくともこちらの状況が分かるのであれば、事態を打開する方法も分かるのではないかとコスモスは尋ねる。

 自分たちが動くよりも少女が行動した方が良い結果を齎すのではないかと思ったのだ。

 コスモスに魔法を教えるだけの力もあり、トシュテンやアジュールから逃げられる能力もある。

 つい、見た目どおりの年齢だと思い込んでしまったがエステル同様、中身はとんでもなく年上なのかもしれない。

「そうできればそうしているわ。けれど、私のことをよく思わない者もいるから」

「はー。面倒くさそうね。聞かないでおこうかな」

「私達の利害は一致しています。だから私はこうして手助けをしているの」

「手助けねぇ」

「着いたわ。ここよ」

 長い通路を通り、階段を下りて再び長い通路を歩いていたかと思えば一つの扉の前で少女は立ち止まった。壁にしか見えない箇所だが、周囲とは少し違っているとコスモスでも感じ取れる。

 隠し扉かと思っていると少女の呟きに呼応するように、壁の一部が重い音を立てて横にスライドした。

 漏れる光に目を細めたのは一瞬で、すぐに目が慣れたコスモスは目の前に広がる景色に「あっ」と声を上げる。

 どこかで見たことのある景色がそこにはあった。

 



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