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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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100 墓参り

 これはまた、冒険心を煽るようなダンジョンだわと思いつつコスモスはトシュテンに続いて霊廟へと入っていく。

 事前説明されていた通り、霊廟には結界が張られており邪なものを寄せ付けないようになっていた。

 実際、霊廟周辺では魔物の出現数も少ない。

 危険度は低いから心配する必要はないとトシュテンからも告げられたコスモスだったが、どうにも彼の言動は信用できなかった。

 だからこそアジュールの存在は心強い。

「ふむ。アジュール殿は入れるのですね」

「そうだな。特に弾かれることもなかった」

「御息女に従属されているのですから、当然だと思います」

 綺麗な空色の髪を揺らしながら少女にしか見えない整った顔立ちの少年がそう告げる。

 腰に手を当てて、何故か得意気だ。

(うん。まさか、尾行されてるとは思わなかったわ)

 二人が霊廟に入ってからどうしようか思案していると、背後から現れたフランが自分が案内をすると言ってくれた。

 その気持ちは嬉しいが、国の王子であり王位継承者第一位でもあるフランが護衛もつけず一人でここまで来たということにコスモスはヒヤリとした。

 エステルですら、護衛すらつけず単身でとはいくら国内でも油断がすぎると呆れの混じった声で言うくらいだ。

 王都から霊廟へ向かうルートに出現する魔物は比較的弱く、出現数も少ないとはいえあまりにも無茶なのではないかと尋ねるトシュテンに、彼はにこりとだけ笑った。

(あ、この人知ってたわね)

「オールソン氏。フラン王子が尾行してるの知って、何で追い返さなかったんです? 危険でしょう?」

「確かにおっしゃることはもっともです。しかし、追い返したところで無駄だと判断したのでそのままにしておきました。あぁ、もちろん何かあればすぐに対処できるようにはしておりましたよ?」

「それはそうかもしれませんけど……はぁ」

 コスモスの声が聞こえないフランはトシュテンの言葉から自分のことを話しているのだと気づいたらしく、そわそわとトシュテンを見る。

 その視線に気づいたトシュテンはにこりと微笑んで、コスモスの方へと顔を向けた。

「この様子だと、黙って出てきたんじゃないんですかね。城でパニックとか起きてないといいんですけど」

「あぁ、そうですね。フラン王子。こちらへいらっしゃることをご存知の方は?」

「ええと、急いでいたもので書置きを残してきました」

「うん。やっぱり言ってない」

「そうですか。仕方ありませんね」

「いやいや、仕方ないじゃないでしょ」

 悪いことをしたという意識はあるのか、俯き加減になりながらそう答えたフランはパッと顔を上げて「でも見やすい場所にきちんと置いてきましたから」と力強く答える。

 そういう問題ではない、とコスモスとエステルが同時にツッコミを入れたが残念ながら王子にその声が届くことはなかった。

 トシュテンはコスモスが心配するのはもっともだ、と告げた上でこう言った。

「知らないところで危険な目に遭っているよりマシでしょう?」

「足手まといにならないようにしますので! それと、霊廟内の案内はお任せください。とは言っても、そんな広いわけじゃないんですけど」

 笑顔でなかなか酷いことを言うトシュテンの言葉は全く気にしていない様子で、フランは両拳を握ると「お願いします」と見上げてくる。

 彼にコスモスは見えていないので、トシュテンの視線からそこにコスモスがいるはずだと推測したのだろう。

 中性的で整った顔立ちをした美少年に上目遣いでお願いされては、コスモスも嫌とは言えない。

 それにトシュテンの言うことはもっともだ。

 どうせ素直に帰ってくれないのだろうから、一緒に行動した方が何かと安心だろう。

「こういう時何か言いそうな貴方は黙ってるのね」

「何かあってもエセ神官が何とかするだろう。マスターや私の邪魔にならないのだったら、何でもいい」

「そういうものか」

「そういうものですよ、御息女」

 エセ呼ばわりされても反論することなく、トシュテンは軽く屈んでアジュールの頭を撫でる。反射的に噛もうとアジュールが牙を剥いた時には彼は中央の広間に向かって歩き始めていた。

 イライラするように数回前足で石床を叩いた獣は、トシュテンよりも先に広間へと向かう。

 その様子を見てフランが慌てて追いかけて行った。




 霊廟内の造りは至ってシンプルだ。

 入り口から階段を下りて円形の広間がある。その中央に甲冑を身に纏った男性の噴水があり、その奥には重厚な扉がいくつも並んでいる。それぞれの扉の横には金属の板のようなものがはめられていた。

 フランの説明によると、噴水の男性は初代国王であり扉の奥には歴代の王族の棺が納められているのだという。

 今にもゾンビやらオバケが出そうな雰囲気ではあるが、おどろおどろしいものではなく清廉な空気さえ感じる。

 噴水から絶えず流れる水はとても澄んでいて綺麗だ。

「きちんと手入れがされているのですね。水も清らかで結界補助の役目をしていますから」

「はい。ここは神聖な場所ですから当然です」

 フランが初代国王像の前に立ち、ゆっくりと片膝を床につけると片手を胸元へと当てた。

 その後方に立ったトシュテンも膝を折って中腰の姿勢になると、フランと同じように片手を胸元に当てる。

(あ、ご挨拶か)

 何か儀式でも始まるのかとぼんやりしていたコスモスは、慌ててフランの後ろへ回ると両手を合わせて頭を下げる。

 フランもトシュテンも何か言っていたが詳しく聞き取れなかった。

(レサンタ初代国王様、お邪魔します)

 スッと立ち上がったフランや姿勢を戻したトシュテンに遅れて、コスモスも頭を上げる。

 アジュールはそんなことお構いなしに何かないかと周囲を走り回っていた。

 一通り確認し終えたのかコスモスの元に戻ってきたアジュールは、軽く頭を左右に振る。

「あの、皆様はここへ何をしに来られたのですか?」

「あれ? 知らなかったのかな」

「王子は我々が何をするのかはご存知なかったのですか?」

「恥ずかしながら。何かを父様から頼まれたのは知っていたのですが、内容までは知らず……」

「城から尾行してきた、と?」

「はい。あ、でも目的地がここだという事は知っていたので見失ったとしても大丈夫でした」

(いやいやいや、大丈夫じゃないよ。護衛もいないんだから危ないよ)

 万が一があったらどうするんだと呟くコスモスに、トシュテンは「そうでしたか」とだけ告げて顎に手を当てた。

 これからどうしたものか、と考えている様子である。


『お主が心配するのも分かるが、こうなっては仕方ない』

『それは分かってますけど……。もっとしっかりしているかと思っていたので』

『それだけフランも焦っておるのだろう』

『焦る?』

『一向に目覚めぬ母親を助ける手がかりが何か無いか、とな。まぁ、実際はどうか分からぬが』


 将来王位を継ぐのだから国の異変とあれば些細なこととでも心配でしょうがないのかもしれない。

 そう思っていたコスモスは、一番大事なことを考えていなかったとエステルの言葉に衝撃を受けた。

 一番に考えるべきはそれなのに、なぜそのことが出てこなかったんだと自分が怖くなる。

(普通に考えたらそれしかないよね。しっかりしてるとはいえ、まだ子供だもん。お母さんが虚ろ病にかかって目が覚めないなんて、不安でしかない)

 

『コスモス?』

『あ、いえ。ありがとうございます、エステル様』

『なんだ、どうかしたのか?』

『いえ。大切なことを忘れてしまいそうだったので』


 一瞬、ぼやけた姿でしか浮かばなかった母親を必死に思い浮かべながらコスモスはエステルに礼を言う。

 人の姿をしてない現状だからこそ、もしかしたら元の世界を忘れてしまうのではと不安になって肉体がある時と同じようにしようと思っていた。

 けれど、便利なこの姿に慣れてしまって人として大事なものまで忘れてしまいそうなのが怖い。

 今もエステルが言ってくれなければ、大切な家族や友人の顔も思い出せなくなるかもしれなかった。そのくらいは余裕だろうと、どこか油断したところがあったのかもしれない。

 強力な助っ人や優秀な人物に囲まれ、自分でもそれなりに手助けできることに気が緩んでいたのだろう。


『ははは。元の世界のことでも忘れておったか』

『それもですけど、人として大事な何かを忘れてました』

『はぁ、やれやれ。最近は忙しいからの。休息はしっかりしろと言っておるだろうに』

『してるつもりなんですけどねぇ』

『とりあえず、帰ったら寝るのだぞ。そして滋養に良いものをたっぷり摂れ』

『人魂なので食事はたいして意味がな……』

『エネルギーにはなるであろう。ぐちぐち言わず、お主は私の言うことを聞いておれば良いのだ。お主に倒れられたら私が困るのだぞ! マザーにも何を言われるか分かったものではないからな』


 そんなことを言いつつもエステルが心配してくれているのが分かって、コスモスは嬉しくなった。

 なんだか懐かしいと呟けば、故郷の母でも思い出したかと言われたので彼女は素直に頷いた。

 

『子供っぽいって呆れますか?』

『いいや』

『……寝るとき、子守唄とか歌ってくれます?』

『しょうがないのぅ』


 半分冗談で聞いてみたのにあっさり了承されてコスモスは驚く。

 前から母性を感じることはあったが、それについて聞いたことはなかったはずだ。神子というくらいなのだからそういうこととは無縁なのだろうと思っていたが、憧れはあるのかもしれないとコスモスは小さく息を吐いた。

(私だって、憧れくらいならあるからなぁ)

 結婚して、子供ができて。母親になって、おばあちゃんになって。

 そんな未来を想像していた子供の頃が懐かしい。色々と空想することはあったが、まさか将来こんなことになっているだなんて思いもしなかった。

「どうした、マスター。心配しすぎるのも良くないと思うが」

「あ、ごめんごめん」

 いつの間にか足元にいたアジュールが尻尾でコスモスの足を叩く。

 ハッとして我に返ったコスモスがそう謝ると、フランが心配そうにコスモスがいるだろう場所をチラチラと見ていた。

「軽く説明はしたんですか?」

「はい、もちろん。御息女がぼんやりとなさっている間に」

「うっ」

「それでは移動しましょうか」

 王から説明を受けた通りに、トシュテンは広間にある飾りを動かしたり床の掠れた紋様に魔力を注ぐ。その様子を静かに見ながらフランはアジュールの傍に立っていた。

 コスモスは何か手伝おうとしたのだが、トシュテンに笑顔で「王子の傍にいてください」と拒否されたので仕方なく初代国王の足元に人魂サイズでお邪魔していた。

 人であることを忘れないためにいつもは人の形をとっているが、それが認識できるのは人魂の姿を認識できるよりも稀だ。

 許した覚えもないのに自分を認識していたトシュテンですら、コスモスは球形のエネルギー体にしか見えない。

(意識して、人の形を取っていれば戻った時にも違和感が少ないってマザーも言ってたけど。結構、疲れるのよね)

 場所や気分によって人魂になったり、人の形になったり。変形することを繰り返すのも大事だと言われたような気がしたが、これは何の役に立つのだろうかとコスモスは首を傾げるように小さく傾いた。

「おおお?」

 それほど傾いたつもりはなかったが、ころりと転がって像の足元から落ちそうになる。何かがおかしいと思っていれば地鳴りのような音が響き噴水が割れ始めた。

 ゆっくりと像が沈むように下降してゆく背後で地下に通じる階段が姿を見せた。

「これは、すごい」

「こんな仕掛けがあったなんて」

 驚嘆した様子で地下への道が開かれてゆく様を見ていたフランは、像と共に地下に消えていく主を追いかけて階段をおりるアジュールを慌てて追った。

 最後に残ったトシュテンは、ぐるりと広間を見回すと何かを呟く。

 暫く目を伏せて沈黙していた彼は、一つ頷くとゆっくり階段をおりていった。

 誰もいなくなった広間では再び地響きが起こり、何事も無かったかのように元の光景に戻っている。ただし、初代像の一部が少し変化していたが気づく者はその場にいない。

 シンとした広間では清らかな水の流れる音だけがいつまでも響いていた。




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