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20.彼女と彼のその後

「ライアン王太子殿下、この度はご婚約誠におめでとうございます」

 王宮内のとある広間。参加者の数こそそう多くはないものの、そこにいる人々から放たれる圧倒的なオーラに怯んだ私は、本日の主役の一人であるライアン殿下にこっそりと声を掛ける。


 膝を折って祝福の言葉を述べる私に向かって、ライアン殿下は「堅苦しいのはやめてくれよ」と笑った。

「ただの親族間の顔合わせの場だよ。もう少し気楽にしてくれたらいいから」

 彼はなんでもないことのようにそう言うけれど、王族ばかりが集うこの場で気楽にしていられるほどの図太い神経を持ち合わせていない私は、苦笑いをするしかない。


 少し前に、リアム様のお兄様であるライアン殿下の婚約が発表された。お相手は、隣国の第三王女。

 長らく国交が途絶えていた隣国との縁を確固たるものにするそのおめでたい話題に、今この国は祝福ムードに包まれている。

 そしてその話題は、おそらく国境を超えて知れ渡っているのだろう。……先日実家に、()()()()()が届いたのだから。


「とある人物から、こちらを預かっております」

 私はそう言って、ライアン殿下に綿布で作られた小袋を手渡す。

 右下に白い花の刺繍が施された袋状のそのサシェを見て、ライアン殿下が僅かに目を見張るのがわかった。


「この花は……クチナシかな?」

「はい、おそらく」

「『幸せを運ぶ』……いや、彼女のことだから『私は幸せです』の方だろうね」

「……私も、そう思います」

「ははは、彼女も幸せにやってるようで何よりだ」

 そう言って笑うライアン殿下は、このプレゼントの送り主である姉の幸せを、心から喜んでいるように思われる。


 そんな彼は、そのまま私に視線を移すと「もしもクロフォード侯爵家に何かがあれば、私も力になるからね」と言った。

「きっと彼女は、そこまで考えて動いたのだろうから」

「……気づいてらしたんですか?」

「当たり前だろう。何年彼女と婚約者だったと思っているんだい?」

 私を見つめるライアン殿下の口元は、おかしそうに弧を描いている。


 けれども私は、殿下に向かって上手く微笑むことができないでいた。

「……ライアン殿下は、それでよかったのですか?」

 その質問は、今回の騒動における当事者の中で、唯一振り回されてばかりいるように見える殿下に対して、ずっと聞いてみたいと思い続けてきたものだった。


 緊張と申し訳なさから、自分の顔が強張ってしまっていることには気づいているし、それがお祝いの場にはそぐわない表情であることも理解している。

 けれどもそんな私を見て、ライアン殿下は腰を曲げて私の耳元に顔を寄せると、「これはグレースにしか言っていないことなんだけどね」と、囁くような声で言う。


「我が婚約者……隣国の第三王女は、私の初恋の女性なんだよ。だから、リアムとクララの婚約に際しては、誰も犠牲になんてなっていないのさ」

「え?」

「きっとグレースも、今頃『初恋が叶ってよかったですわね』とでも言ってるんじゃないかな」

 驚くべき告白に、勢いよくライアン殿下の方に顔を向けると、彼は悪戯っぽく目を細めていた。


「まあ、今回の件に関して、一部大変な思いをした者達がいることは事実だよ。けど、その辺りのことについてはクララが気にすることではないよ。国王陛下だって、我が子可愛さにリアムからの申し入れを認めたわけではない。この国の統治者が、そんなに甘い考えをするはずがないでしょ? ……現に、私とグレースの婚約が解消されてすぐに、この縁談が持ち込まれたわけだしね」

 彼はそう言うと、談笑している二人の国王へと視線を向け、「この件については〝大団円〟ということでさ」と続けたのだった。


「……さて、そろそろクララを解放しないとね。君の婚約者に怒られてしまう」

 ライアン殿下がそう発した途端、タイミングを見計らっていたかのようにリアム様が現れるものだから、私と殿下は思わず顔を見合わせてしまった。


「兄上、さすがにもうよろしいのでは? クララにばかり構っていらっしゃいますが、本日の主役がいつまでも一人に掛かり切りというのは、良くないと思いますよ」

「おいおい、私にまで嫉妬しているのかい? 私は、可愛い可愛い義妹と話をしていただけじゃないか」

「クララが可愛いことくらい知っています。それに、ただの義兄妹にしては距離が近いのではありませんか? 先ほどなんて、あんなに顔を寄せ合って……」

「あー、はいはい。わかったわかった」


 リアム様に対して、面倒臭そうに対応するライアン殿下だったけれど、彼はふと思い出したように「そうだ」と呟くと、くるりと私の方へと向き直る。

「クララ個人に困ったことがあった時にも、遠慮なく言ってね。この前君のお兄さんと少し話す機会があったんだけど、『リアム殿下からクララへの愛情が重たすぎるのではないでしょうか』と心配していたよ」

 彼はそう言うと、私の頭のてっぺんから足の先にまで視線を動かして、「今日も全身真っ青だしね」と続けた。


 その言葉を聞いた瞬間、リアム様が私の視界の端でぴくりと肩を揺らしたのがわかった。

 けれども私はそれを無視して、両手を左右に広げる。

「ご心配には及びません。私としては、全身でリアム様の愛情を感じられて、むしろ嬉しいくらいです」

 そう言いながら、胸元のペンダントを見せつけるように首を後ろに反らす私を見て、ライアン殿下は声を上げて笑ったのだった。


◇◇◇


「リアム様、クララ様、お疲れ様でございました」

 ライアン王太子の婚約者並びにその親族の方々の顔合わせを終え、屋敷に帰宅した私とリアム様を、執事長であるマークが優しく出迎える。


「少し部屋で休憩するから、部屋までお茶を頼む」

「承知いたしました。クララ様の分も、ご一緒にお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、ありがとう」


 そんな会話の後に、当然のようにリアム様の私室に案内されるけれど、長らく出入りが禁止されていたこの部屋への入室の許可が下りたのは、つい先月のこと。

「婚姻の儀の日取りが正式に決まったのだ。さすがにもういいだろう」

 そう詰め寄るリアム様に、マークが渋々許可を出す形で、私が初めてリアム様の私室に足を踏み入れることになったのは、記憶に新しい。


 いまだにこの部屋に充満する〝リアム様の気配〟に慣れず、ソファーの上できょろきょろと視線を彷徨わせる私に、リアム様は鋭い視線を向けている。

「リアム様? お顔が怖いですよ?」

「許してくれ。私の私室に入るだけでそわそわしているクララの全てを、目に焼き付けておきたいのだ。正直なところ、瞬きをする間すら惜しい」

「……愛が重いです」

「昔からだ」


 そう即答するリアム様の背後には、重厚な額縁が飾られている。

 額縁の中に並ぶ三枚のハンカチには、右から順番にそれぞれ〝青い薔薇〟〝赤い薔薇〟そして〝謎の物体〟の刺繍が入っていて、言うまでもなくそれらは全て私の作品だ。

「一番左の作品は、『クローゼットの奥から出てきた』と、君の専属侍女であるマリーから譲り受けたのだ。それぞれ単体で見てももちろん素晴らしいのだが、三枚並べるとクララの努力と成長、そして愛情がより感じられるだろう?」

 嬉々としてそう語っていたリアム様は、やっぱり愛が重い。


 ひょっとするとそんな愛情を、疎ましく思う人間もいるのかもしれない。

 けれども私はその重たすぎる愛情を、心地良く感じている。

 そういう意味ではきっと、私がリアム様に抱いている愛情も、同じくらいに重たいものなのだろう。

 

「ライアン殿下も王女様も、幸せそうでしたね」

「ああ、そうだな」

「きっとお姉様も、幸せに暮らしているんでしょうね」

「……おそらくな」

「リアム様は、幸せですか?」

「当たり前だろう」


 案の定即答されたその言葉に、私は笑いながら「知っています」と返事をする。

「だってリアム様の隣には、私がいますものね。私も、リアム様が隣にいてくださるから、とても幸せです」


 私のその言葉を聞いて、リアム様は一瞬驚いたように目を見開いた。

 けれどもすぐに彼からは、蕩けるような笑みと「ああ、知っている」という言葉が返ってきたのだった。

これにて作品完結です。

最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

今後の参考のためにも、評価や感想いただければ嬉しいです。

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