19.彼女と彼の答え合わせ
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私の可愛い可愛い妹、クララ へ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私があのような行動をとった理由を聞かされたのでしょう。
クララに何も伝えずに事を進めたこと、まず最初に謝っておくわね。驚かせてしまってごめんなさい。
リアム殿下があの出来事に関して、どのように考えていらっしゃるのかはわかりません。
けれども、私の予想ではおそらく「グレースは私のために犠牲になってくれた」と思っていらっしゃるのではないかしら。
そんなことはないと、きちんとお伝えしたのにね。
あなたは、どう思ったかしら?
あなたの目から見た私は、「身勝手な理由で家や領民を見捨てた姉」なのかしら? それとも「リアム殿下と妹のために不幸を背負って犠牲になった姉」なのかしら?
もちろん強制はできないけれど、できることならそのどちらでもなければいいなと思います。
クララには何度も伝えてきたように、侯爵家に生まれたからには、領の民の生活と彼らの未来を一番に考える義務があると、私は考えてきました。
私としては今回、その義務をきちんと果たしたつもりよ?
だって、リアム殿下の詰めの甘さが原因で、我が家は私を失うことになったのだから。これは、リアム殿下に対する大きな貸しなのよ。
この先クロフォード侯爵家に何かが起これば、彼は間違いなくその解決に尽力してくださるでしょう。
彼は自分で「こうする」と決めたことに関しては、必ずやり遂げる方だもの。
外交活動に始まるクララを手にするための彼の一連の動きを聞かされたのならば、あなたもわかるでしょう?
その時にはきっと、この件に関して共に動いてくださったライアン王太子殿下も、力を貸してくださると思うわ。
彼もずっと、弟の不手際のせいで私が国を出る選択をとったことに、後ろめたさのようなものを感じていらっしゃるから。
王太子と公爵が味方についてくださるのだもの。クロフォード侯爵領にとって、これほど心強いことはないわ。
そう考えると、私があのまま大人しくリアム殿下と結婚するよりも、クロフォード家に私を失わせた方が、後々領民達にとっての利益になると思わない?
少なくとも私はそう思ったから、何もかもを捨てて国を出るという決断を下しました。
でも、じゃあそのために私が犠牲になったのかと聞かれると、それもまた違うのよ。
私が「わざわざ不幸になる選択をする必要はない」とも言っていたことを、あなたは覚えているかしら?
今だから本音を言うと、私は本当はずっと自由になりたいと思っていたのよね。
自分で言ってしまうけれど、私は貴族の娘としてはかなり優秀だったと思う。
それでも、私にとって貴族の娘としての生活はとても息苦しいものだった。
無理だということはわかりつつ、自由に過ごせる日々をいつも夢見ていたのよ。
だから正直、リアム殿下が冗談で「もうクララと駆け落ちをするしかない」とおっしゃった時、私はチャンスだと思ったわ。
彼に恩を売ってクロフォード侯爵領に利益をもたらしつつ、私の長年の夢を叶えるには、今しかないと思ったの。
私が強かな人間であることを、あなたはよく知っているでしょう?
だからね、クララ。今回の件に関して、あなたが気に病むことなんて一つもないのよ。
私は私で幸せにやっているし、あなたはあなたで幸せになってほしい。
あなたの意見を聞くことなく、物事を押し進めてはしまったけれど、リアム殿下は必ずあなたのことを幸せにしてくれるわ。
繰り返しになるけれど、彼は自分で「こうする」と決めたことに関しては、必ずやり遂げる方だもの。
それでなくてもあなたは、自分の力で道を切り開く力を持っているわ。
いつでも前向きに努力するあなたに、私は何度も救われてきたのよ。
……でも、頑張りすぎてはだめよ? ほどほどに力を抜くことも覚えていきなさいね。
さて、そろそろ終わりにしようかしら。
もしかすると今後、私があなたに会うことは二度とないかもしれません。
けれども私は遠い土地から、あなた達の幸せを願い続けています。
クララのこと、愛しているわ。
グレース
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「この手紙を、グレースから預かっているんだ。『クララに全てを伝えた時に渡してほしい』とのことだ」
その言葉と共にリアム様から手渡された手紙には、そんなことが書かれていた。
それほど文字数の多い手紙ではなかったけれど、私はそれをじっくりと時間を掛けて読み切った。
「どうしてお姉様が駆け落ちなんか?」と、ずっと心に引っかかっていたその理由を知ることができて、そしてその理由が二兎を得るためのものだと知れて、ようやく心のモヤが晴れたような気がした私は、大きく息を吐き出して顔を上げる。
正直に言うと、〝淑女の鏡〟と称され、いつも美しい微笑みを絶やすことのなかったあの姉が、貴族の娘としての生活を息苦しく感じていたという点については驚いた。
けれども、それ以外の箇所については「お姉様らしいなあ」と思う。
やはり姉は、「使えるものは全て使うつもりでいなさい」と言って美しく微笑んでいた、私の知る姉のままだった。
「……グレースは、なんと?」
手紙を読み終えた私に、リアム様がおそるおそるといった様子でそう声を掛けてくる。
わざわざリアム様に託したのだから、お姉様としても彼にこの手紙を見られても構わないと考えていたはずだ。
けれども私は、リアム様に手紙を見せることなく、手の中の便箋をそっと閉じた。
だってこの手紙は、私のお姉様が「可愛い可愛い妹」である私にだけ向けて書いてくれたものだから。全てを詳らかにしなくたっていいだろう。
「『遠い土地からクララの幸せを願っている』と、書かれていました」
「……他には?」
「『もしもの際にはリアム殿下とライアン殿下を頼りなさい』とも。お二人とも目一杯ご助力くださるでしょう、と」
「もちろんだ」
「あとは、『リアム殿下なら必ずクララを幸せにしてくれる』とも」
「……責任重大だな」
リアム様はそう言って笑うと、もう一度私の前に跪く。
その姿は、先ほどの〝罪を懺悔する咎人〟を思い起こさせるようなものではなく、姿絵のように凛々しい。
「改めて、私の胸の内を聞いてほしい。私は昔から、クララだけを想ってきた。クララと共に歩む人生を夢見て国を飛び出し、そして国王からも認められるくらいには大きな手柄を立てて戻って来た」
リアム様はそこで一旦言葉を区切ると、大きく息を吸い込んで、「……その褒美として、愛するクララを妻にしたいという私の願いを、叶えてはもらえないだろうか?」と続けた。
私の瞳を覗き込む彼の視線は真っ直ぐだし、堂々としたその様子はまるで、物語に出てくる王子様のよう。
けれども、私に向かって差し出された右手は微かに震えていて、彼も私と同じく生身の人間であることが伝わってくる。
縋るような目線を向けるリアム様の姿を見て、私の心の中に「なんとしてでも彼の願いを叶えてあげたい」という気持ちが湧き上がる。
だって、幼い頃から私に親切にしてくれた彼の、そして私を一途に想い続けてくれた彼の、「愛する女性を妻に」というその願いは、私にしか叶えてあげられないものだから。
この屋敷に来てから成長したとはいえども、相変わらず私はお姉様に比べると上手く出来ないことばかりだ。
けれど、だからといって自分が〝姉の劣化版〟であるとは思わないし、「姉のようにならなくては」とも思わない。
胸を張ってそう言えるようになったのは、リアム様がそのままの私を肯定し続けてくれたから。
そんなリアム様には、やっぱり幸せになってもらいたい。
私はそんなリアム様の隣に並び立って、一緒に幸せに作り上げていきたいのだ。
「もちろんです」
彼の瞳を真っ直ぐに見据えながら、私ははっきりとそう答える。
取り繕ってなどいないのに、私の胸元に輝くブルーサファイアそっくりの彼の瞳に映った自分は、堂々としていて自信に満ち溢れているように感じられた。
そのまま「愛するリアム様の妻になれるのが、今から楽しみです」と付け加えると、リアム様は心底嬉しそうな表情を浮かべたのだった。




