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12.彼の日常

「リアム様!? なんでもない日にこんな高価なものは受け取れませんよ!?!?」

 驚愕の表情を浮かべてそう叫ぶクララに、私は思わず首を傾げる。

「小さなサイズのものであればいいと言っていただろう?」

「言っていませんが!?」


 彼女は否定しているが、確かに言っていた。

 以前クララに手紙をねだった際の、「小さなサイズのものであれば、宝飾品を贈ったりもできる年齢なのに……」という彼女の呟きを聞いて、「なるほど」と思ったことははっきりと覚えているのだ。

 なるほど、クララにとって宝飾品を贈るというのはありなのだな……と。


 しかしここで「言った」「言っていない」の言い合いをするのは建設的ではない。宝石商はすでにこの屋敷に来ているのだから。

「『なんでもない日には受け取れない』と言うのであれば、婚約祝いとして贈らせてくれ」

「ですがついこの前も、靴をいただきましたよ? その少し前には帽子だって……」

「それは日用品だろう? 婚約祝いではない」

「ええ……」


 クララは納得いっていない様子だが、ここで諦めるわけにはいかない。

「ブルーサファイアでございます。こちらはサファイアの中でも特に青みが濃く、貴重なお品となっております」

 商人からそんな言葉と共に紹介されたその宝石が、私の瞳とそっくりの色をしていたのだから。


 私としてはクララに、どうしてもあの宝石を身につけてほしいのだが、かつて大量の青い服を用意した際には、マークに苦言を呈された。

 少し前に渡した靴も帽子も、青系の色のものを選んでしまっていることを考えると、ここは私から言い出すのではなく、彼女にそれを選んでもらうよう誘導する方がいいのだろう。クララに逃げ出されるのはごめんだ。


「ここまで足を運んでくれた彼らをそのまま帰すわけにはいかない」などと、なんとかクララを丸め込むことに成功した私は、彼女の意識をテーブルの上に向ける。

「彼らもいくつか用意してくれたわけだが、クララはどれか気になるものはあるか?」

「そうですね……。この赤色の宝石が気になります」

 クララがそう言ってルビーを指し示すのを見て、商人がおずおずと口を開く。


「ルビーが持つ宝石言葉には『情熱』や『愛』といったものの他に『嫉妬』というものもございます。お気になさらないのであれば構いませんが、念のため……」

「宝石言葉などというものがあるのですか? 『嫉妬』……うーん……」

「もちろん素敵な宝石だが、気になるのであればやめておいた方がいいのではないか?」

 そう言うと共に、「ちなみに、ブルーサファイアの宝石言葉には『誠実』や『慈愛』といったものがあるそうだ」と付け加えておく。あくまで、さりげなく。


「こちらのピンクダイヤモンドも、女性からは人気が高いものです」

 次に差し出された宝石は、紫がかったピンク色の宝石で、クララの口からは「まあ、可愛い」という言葉が漏れた。

「ちなみに、ピンクダイヤモンドの宝石言葉は『完全無欠の愛』ですので、ご婚約者様への贈り物にはぴったりかと」

 商人が私に向かってそう言うので、私は「なるほど」と返事をする。

 そういった意味があるのであれば、ピンクダイヤモンドも一緒に購入しておいてもいいかもしれん。


 おそらく私が興味を示したのが伝わったのだろう。商人はさらに言葉を続ける。

「ピンクダイヤモンドは『女性の魅力を高める宝石』ともされております」

「魅力を高める……」

 商人としてはおそらく良かれと思って言ったのだろうが、そんな力があるとされているならば、この宝石については見送るしかない。

 クララの魅力をこれ以上高めてどうするのだ。余裕のない私は、今ですら執事長や使用人にまで嫉妬しているというのに。


「……やはり、私が選んでも構わないだろうか?」

 私がそう申し出ると、クララはぱあっと顔を輝かせて「もちろんです」と答えた。

「リアム様に選んでいただいたものだと、より特別に感じられますから」

 私の持つ醜い嫉妬心や独占欲など知らないであろうクララは、無邪気な表情でそう言い放つ。

 おそらく彼女は、私が「自分の瞳と同色の宝石をクララに身につけさせたい」などという邪な思いを抱いているとは、露ほどにも考えてはいないのだろう。


 そんな彼女を前に、私はせめてもの償いに「……ブルーサファイアは『集中力を高める』や『目標達成の後押しをする』といった力があるとも言われているそうだ」と付け加えたのだった。


 ◇◇◇


「本当に、本当にこんなものでいいのですか?」

 後日、ブルーサファイアのペンダントを身につけたクララから、手紙が手渡された。


 すでに寝支度を終えた様子のクララだが、その胸元に宝飾品があることについては「できる限り長い間つけておきたいので」と、以前そう言っていた。

「なんだかリアム様がすぐ近くにいてくださるような気持ちになれて……」

 彼女からそんな言葉を聞かされた時には、思わず天を仰いだものだ。


 彼女から受け取った手紙の封筒を開けると、中には丁寧な文字で綴られた薄水色の便箋が入っている。

 私の功績を讃える言葉や思い出を懐かしむ言葉と共に、【夫婦としてリアム様と歩むこれからがどのようなものになるのか、今から楽しみにしております。】との文言が記されているのを目にした私は、自身の口元が緩むのを感じる。

 そんな私に向かって、クララは「喜んでいただけたようでよかった」と言った。


「嬉しすぎて、額に入れて部屋に飾りたいくらいだ」

 私がそう言うと、クララからは「それはさすがに大袈裟です」との言葉が即座に返ってくる。

「いや、本当に。それくらいに嬉しいんだ」

「……ですが、リアム様だけに読んでもらうために書いたので、内容は二人だけの秘密にしておいてくださいね」

 そう言って悪戯っぽく笑うクララは、この屋敷に来てすぐの頃に比べると、随分と自然体に振る舞っているように思われる。


 ……そろそろ、もう少しだけ踏み込んでみてもいいだろうか。

 

 時刻は夜の十一時。この後「おやすみなさいませ」と私に挨拶をしてから寝室に向かうのが、彼女のいつものルーティーンだ。

 いつもなら私は、「おやすみ」とだけ言ってクララを見送るのだけれど、しかし今日はもう少しだけ彼女に近づきたい。


「クララ、少しいいか?」

 緊張のあまり、思っていた以上に固い声が出てしまったからだろう。クララは僅かに首を傾げながら「どうなさいましたか?」と返事をする。

 覚悟を決めたつもりだったにもかかわらず、クララと目線を合わせることができない私は、彼女の細いシルバーグレーの髪ばかりを見つめていた。


「少しでも嫌だと思うなら、遠慮なく断ってくれて構わないのだが、一つ頼みを聞いてはもらえないか?」

「なんでしょうか?」

「……少しだけ、クララのことを抱き締めても構わないだろうか?」


 私の言葉を聞いて、クララが小さく息を呑んだのがわかった。

 クララの頬はほんのりと色づいているけれど、それ以上に顔を赤くしているだろう私は、彼女のそんな様子を可愛いと思うだけの余裕すらない。


 クララはそのままはくはくと、何かを言うために口を数回動かした。

 そこから出てくる言葉が「はい」なのか「いいえ」なのか、できれば「はい」であってほしいと思いながらも、私はじっと彼女を見つめることしかできない。


 しかしクララは、そのどちらの言葉も発しなかった。

 彼女はゆっくりとこちらに向き直ると、おずおずといった様子で両手を横に広げて、なんとか聞き取れるかというくらいの声量で「どうぞ」と言った。

 俯いているせいで表情はわからないものの、彼女の震える腕や掠れた声から、〝兄とハグをする妹〟にはない緊張感を感じ取った私に、気持ちの昂りを収めることなどできそうにもなかった。

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