2-3-11.
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「え?」
もしかして、ポールは遠征演習がどんなものなのか知らないのだろうか。
そんなことあるだろうかと悩んで動きが止まる。
遠駆けすらついて来れないようなポールに、あの行軍が踏破できると思えないんだけど。
でもそれを直接指摘したら絶対に駄目だよなぁ。怒らせる。いや、怒ってもいいかな。怒らせても、別に構わない気がしてきた。
いっそ怒らせて、側近から外して侍従に専念して貰う手もあるかもしれない。
そうしてまたブレトとふたりで執務をこなすのも、いい。
忙しくはなるだろうけれど、でもその方がずっと心が休まる。それに楽しい気がしてきた。悪くないな、なんて思ってしまう。
「それは、ディード様にお前を守れと言っているのか、ポール?」
「ひっ!」
ガッと大きな手が、ポールの頭を上から掴んでいた。
つい誘惑に駆られてしまい妄想にふけってしまっていた間に戻ってきたブレトが、すごい怖い顔をしてポールを威嚇していた。
「ブレト!」
よかった。どうしたらいいのか判断がつかなくなっていたところだったから。ブレトの怒ってる顔すら嬉しい。
「そ、そういう意味ではありません。でも、あの……ブレト卿は、騎士団の詰め所へ向かわれたのではないのですか」
「書類が足りなかったんだ。文書科で承認番号を受けに行こうとしたら、受付番号に抜けがあるのに気が付いて、探しに戻ってきた。なんだ、俺に聴かれては困る話だったか?」
「いいえ。ですが、ブレト卿だって休みなく連れ回されて困っているのではありませんか? ご令嬢たちが噂してましたよ。『ブレト卿をお誘いしても休日も全部ディードリク殿下に連れ回されてプライベートの時間はまるでないと断られてしまう』と」
「そのご令嬢たちとは誰のことだ」
「主旨が間違っていないなら、どなたであろうとも構わないでしょう? ディードリク王太子殿下。ブレト卿の側近としての在り方は正しくはあるのでしょう。ですが、優秀な貴族というものは、その血筋を後に繋いでいくことこそが使命。それは王太子殿下ご自身にも当てはまることです。麗しいご令嬢たちからの誘いをすべて断るのは、その使命に反するのではありませんか?」
「僕のせいで、ブレトは、令嬢たちからの誘いを、断っているの?」
「ディード様、違いますから」
ブレトは否定してくれた。けれど、その言葉を更に否定するように、ポールが追及してくる。
「でも実際に、ブレト卿はご令嬢や侍女どのたちからのお誘いをお受けしたことはないではありませんか」
ポールのその指摘に、ブレトがぐっと言葉を詰まらせた。
そんなブレトを冷たく笑って、ポールが僕を諭す。
「ディードリク殿下。いい上司というものは、部下の休暇やプライベートを邪魔したりしないものです。ブレト卿に十分な休日を与えることができていると、本気でお考えだったのですか」
確かに。僕は自分がやりたいことにブレトを付き合わせることを当然だと思ってた。
一緒にいると楽しいし、ブレトも笑っているから。共に休日を楽しんでくれているとばかり思っていたけれど、ブレトにとっては仕事だ。気が休まる訳がない。
当たり前だ。護衛を兼ねているって分かっていたのに。なんで僕はそこに気が付かなかったんだろう。
つい先ほど浸っていた妄想だって、ブレトに負担しか掛けないって分かってたのに。楽しいかもだなんて考えてた。
最低だ、僕。
顔から血がすーっと下がっていく。
「……ごめんね、ブレト。一緒にいると楽しくて。僕、調子に乗っちゃってた」
「ディード様! いいんです。俺は、俺で良ければいつだって、どこへだってお供します。これからもずっとです」
「ごめん。でも、あんまり僕を甘やかさないで」
嬉しいけど。ブレトに甘やかされると、とても嬉しくなるけれど。
でも、それじゃ一人前にはいつまでも、なれない気がする。
最近ようやく自分で考えた事業計画が採用され実際に実用化することも増えてきて、王太子としての立場を確立できてきた気がしてたのに。
一番の側近を大事にすることすら出来ていなかったなんて。ショックだった。
公私共にブレトに支えて貰って、おんぶに抱っこでしかなかったのかもしれない。
そのことに、ポールから指摘されるまで、全然気が付いてなかった。それが恥ずかしくて堪らなかった。




