2-3-1.
■
「僕、今日は馬に乗って遠乗りに出たいな」
その日、起こしに来てくれた侍従長の向こう側に見えた窓の外が、とても青くて明るかったからだろうか。
朝の挨拶より先に、そんな言葉が口から零れ出ていった。
「それはよろしいですね。すぐに準備をさせましょう」
本当は公務とか王太子教育とか、あの日からずっと滞っているから、あんまり良いことじゃない気がする。そんな気はするんだけれど、侍従長が笑顔で請け負ってくれるから、僕は嬉しくなって朝食はいつもの倍くらい食べた。
ふわふわのオムレツも、ドライフルーツとナッツが入ったパンも、ぶ厚い燻製肉も、何種類もあるチーズも、果物も、ミルクも、とにかく全部美味しくて、お腹がはち切れそうなほど食べた。
「ふう、お腹いっぱい。でも不思議とお昼の時間が来る前に、またお腹空いちゃうんだよねぇ」
三枚目のパンに視線をくぎ付けにしながら、呟く。
胃袋はもう無理だと告げるのに、なぜか食べたい。できれば燻製肉と山羊のチーズをたっぷりと乗せて、齧りつきたい。
ドライフルーツの甘みと肉の脂と山羊のチーズの独特の酸味が合わさると堪らなくおいしいいのだ。思い出すだけで口の中にその味が蘇る。
我慢できないおいしい記憶が、胃袋の容量を超えて食欲を訴えてくる。
「最近のディード様は、寝ているか食べているかのどちらかですもんね」
「あのね、人間なら誰しも指摘されて一番辛いのは、事実を突きつけられた時なんだよ? ブレトはもう少し人の心の機微を感じ取れるようになった方がいいと思う」
少し頬を膨らませて、失礼な僕の側近へ指摘してやる。
「ぶふっ。そ、そうですね。失礼しました」
側近は、ヒーヒー笑いながらも畏まって頭を下げた。
「もういい。これはブレトが食べて!」
手早くパンの上に燻製肉を山盛りにした上に山羊のチーズをこんもりと乗せる。
出来上がった不安定なそれが載った皿を、ブレトの前に差し出した。
どう見ても、僕の口には入らない大きさのそれに、更にもう一枚パンを乗せて上手に挟み込むと、ブレトは大きな口でかぶり付いた。
「おぉ、味が合わなくて無理だと思いましたけど、なかなかイケますね、これ」
「失礼だな。僕の見立てなんだ、間違いないに決まってるだろ」
「はは、そうでしたね。うん、無理じゃなかったです。これは旨い」
山盛りの具材を挟んだ大きなパンが、みるみる内にブレトのお腹に収まっていく。
それを見ていると、自分で食べたのと同じ、ううんちょっと違うけど、不思議な満足感が胸に湧いてくる。
もっと、ずっと、見ていたい。
「どれとどれを組み合わせたんでしたっけ」
もう一枚、皿に乗せたパンの上に燻製肉をさきほど僕が乗せたよりずっと山盛りにしたブレトが、沢山あるチーズを前に悩んでいる。
「まだ食べるんだ?」
さっき僕が押し付ける前にも結構な量のオムレツと燻製肉を食べていたのを見ている。
ブレトは僕よりずっと沢山食べられるから、これほど大きくなれるのかな、と羨ましくなった。
「だって、本当に旨かったんですもん。あー、チーズの種類が違っててもいいか。いや、組合せてみてもいいのかも?」
「えーっ。あれは山羊のチーズの酸味がアクセントになるんだよ。だから他のチーズじゃダメなんだよ」
「チーズと言ったら濃厚な味わいというか、深いコクと旨味でしょう。チーズの種類を増やせばそれだけ複雑な旨味が足去れるってことになると思うんですよね」
「駄目だよ。きっとバラバラな味になる」
「そんなことないんじゃないですかね。それにほらボリュームも出ますし」
「ボリュームは、その燻製肉の山で十分でしょう」
「じゃあ、オムレツも乗せてみましょうか」
「零れてる、零れてるよ、ブレト! 気を付けて食べてよ」
わいわいぎゃーぎゃー。
まったくもって王太子らしくない。少し前まではまったく想像もできなかった騒がしい朝食。
それが、今や当たり前の毎日になりつつある。
それがなんだか妙にくすぐったくて、嬉しい。
幸せだなって思うんだ。
こういう会話なら幾らでも書いていられるよねー




