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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二部 王太子教育
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2-2-24.



 入れ替わりで連れてこられた料理長ウッフ・ブルイエは、廊下でドラン・クーパーとすれ違ったようで、会議室へと入る前からずっとドラン・クーパーの名前を連呼していた。


「俺は、ドラン師に言われた通りにしてただけなんです!」


 両側から腕を近衛に抱え上げられ、引き摺るようにして会議室へと連れてこられたウッフ・ブルイエは、開口一番そう叫んで床にひれ伏した。


 カタカタと背中を震わせて罪をドランへと擦り付けようとすす料理長へ、国王が冷たく問うた。


「ドラン・クーパーから言われて始めたのはそうなのかもしれないが、その割には昨夜も楽しそうであったと報告を受けいている」


 ビクンッと大きく背中が跳ねる。


「そ、れは……そう、です」


 それまでドランを批難していた声とは違い、明らかにトーンが下がった。

 おずおずと、それでも見つかった相手が悪かったとばかりに、上目遣いでサーフェスへ向けて恨めしそうな視線をチラチラと向けている。


 新しい種類の香料を手に入れたばかりのウッフは、既存の香料と合わせて使うことでより香ばしい肉の焼ける匂いを生みだせると知り、新作料理に取り組んでいる所であったのだ。


 王宮で出す料理は複雑で、それとそっくりの全く別物なモドキ料理を作り出す行為は、ウッフにとって新しい挑戦で毎回胸をときめかせて挑んできた。


 すぐ隣で王太子殿下だけが、よく似た別のものを食べていると王や王妃にまるで気付かれない自身の技の冴えに、自分で惚れ惚れした。


 勿論、それを口に出して誇れる相手が、ドラン・クーパーひとりなのはツマラナイと思うこともあったが、それでも大っぴらに口外して、廻り廻って王や王妃に届いてしまうようなヘタを打って、王宮料理長の座を失うつもりもなかったのだ。


 だから、研究も、夜の厨房でひとり研究に勤しんで来たというのに。


「昨夜も楽しそうに研究に励んでいたそうだな。『違う素材を使って見た目がそっくりな料理を作ることが楽しくなってしまった。同じテーブルについている王や王妃まで気が付かないというのが自尊心を擽った』と供述したそうだが、なにか訂正はあるか」


「いいえ、ございません」


 ひと晩牢屋の中で過ごしたことで観念したのだろう。

 料理長は一切抗弁をしようとしなかった。

 恭順な姿を見せることが一番被害が少ないに違いないと判断したのかもしれない。


「そうか。……私と王妃の目の前で、愛しい我が息子をいたぶり、その苦しむ姿が楽しかったとよく告白できたものだ。見上げた気概だ。恐れ入った」


「あっ、あぁっ! あ゙あ゙ぁぁっ!!」


 否定せず反省を全面的に表明することに活路を見出すつもりであった料理長は、その安易な考えを安直に口に出してしまった失策にようやく気が付いて悲鳴を上げた。


(失敗した!!!)


 ウッフは目を見開いて頭を激しく掻きむしった。

 両手を繋ぐ拘束具が、ガチャガチャと激しく音を立てる。頑丈な鎖が頬に当たり頬から血が滲んだ。


 錯乱したその様子に、国王がその白い手を振ると、近衛が出てきて腕と肩を掴んで取り押さえた。


 それでもウッフは静かにならず、必死に身体を揺すって喚き散らす。


「申し訳ありません、申し訳ありません、国王陛下! なにとぞ、お許しを!!」


「謝る相手を間違えている」

 取り押さえる近衛が、眉を顰めて吐き捨てた。

 近衛のその言葉も心を掻きむしるような虚しさと悔しさも、自身の不運な選択を悔やむばかりのウッフには届かない。


 ウッフ・ブルイエは無様すぎるその姿を、最大の被害者であるディードリクが見つめていることすら気付かずに、一層強く床へと身体を抑え込まれた状態で、国王陛下による裁定が下された。


「腕を揮う場所と相手を間違えたな、ウッフ・ブルイエ。雇い主であり、この国の守護を司る王族に対して敬意を持てぬ者が作っていた料理を口にしていたなど、なんと(おぞ)ましいことか。ウッフ・ブルイエ、そなたには料理人として勤める資格なしと判断し、両腕にその罪を刻み入れた上で、国外追放とする。二度とこの国の土を踏めると思うな。連れていけ」


 王宮料理長という名誉ある地位を失い、自慢の両腕に罪状の墨を入れられ、財産は没収の上、国外追放を言い渡されたウッフは意味不明な叫び声を上げ続けた。


(あの時、ドラン師から王太子殿下への食事について相談を受けた時に、面白そうな試みだなどと興味を擽られたりしなければ。王太子への不敬ではないかとその場で口にしてみるだけでなく、誰かに相談してみれば良かった。そうすれば、俺は、生涯を名誉ある料理人として過ごせたはずだったのに!)


 どれだけ後悔してみても、時は戻らない。


 ディードリク王太子殿下のの苦しみは無かったことにはならないし、王太子の成長を阻んでまで、挑戦する必要などどこにもなかったのだから。


「うわぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」


 最後の最後まで、自身が犯した罪に目を向けることなく、反省すらしようとしないまま助けてくれと叫ぶばかりであったウッフ・ブルイエは、その日の内に両の腕に罪人の証となる入れ墨を入れられた。


 そうして地位も名誉も財産も、すべてを取り上げられ、国の端にある深い森へと連れていかれた。


 どの国の物でもないとされる黒の森には、そうやって各国から国外追放となった者たちが暮らしているとされている。

 国外追放になるような重大な犯罪行為を犯した者を快く受け入れる国などなく、森の奥深くで身を寄せ合うようにしてひっそりと暮らしているという噂だ。


 ウッフがその村までたどり着けたのかどうかは、誰も知らない。




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