2-2-8.
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします
おひさしぶりのディードリク殿下ですー
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「おはようございます、ディードリク王太子殿下」
四柱式ベッドの帳の向こうから声を掛けられて、目が覚めた。
いつもなら、担当の侍従が部屋に入って来た時の声掛けで目が覚めるのに。
男の声だった。ちょっといつもと違う声に聞こえたけれど寝起きだったし、僕の侍従はジェラルド・キーツだけだ。
朝から見たい顔じゃないな、とため息が出る。
それにしても、久しぶりに深い眠りについていたようだった。かなり深い眠りから起こされたからか、頭がぼーっとする。
──そうだった!
昨日の大冒険の記憶が一気に戻ってきて、焦って起き上がった。
今日は、父上たちに王城を抜け出していた理由をきちんと説明しなければならないのに。
侍従長から出して貰ったビスケットとミルク入りのカモミールティが美味しすぎて、たくさん食べて満腹になって、眠くなってしまったんだった。
お風呂にも入ってたから清潔で、ぽかぽかで。ベッドに潜り込んだら、すぐに眠ってしまったのだ。
僕はこれまで誰にも一度も相談せず、いきなり王城を抜け出すという行動に出てしまった。その理由と原因を順序だてて説明するのはなかなか骨が折れる作業だ。
ちゃんと理解してもらえる様な説明するためには、情報を整理したり準備が必要なのだ。
あぁ、もう。昨日遭ったこともきちんと書き出したりして、精査しておかなくちゃいけなかったのに。
後悔に頭を抱える。
「ディードリク殿下?」
帳の向こうから、再び声を掛けられる。
いつものジェラルド・キーツなら問答無用で帳を上げて、すぐに起き出さなかったことに対して嫌味のひとつも言いそうなのにと首を傾げる。
「すまない。起きているよ、おはよう」
挨拶を返すと、安心した様子で返事が戻ってきた。
「よくおやすみだったようですね。では、帳を開けさせて頂きますね」
さっと上げられた帳の隙間から、朝陽というにはあまりにも高い位置の陽射しが差し込んできた。
「さぁ、洗面の準備をして参りました。お顔を洗われている間に、お茶の準備を致しましょう。今朝は、アゥサム地方の茶葉を使って淹れさせて頂きますね。年間降水量が我が国でもトップクラスに多く、寒い地域であるアゥサムの紅茶は深く濃厚な味わいが特徴でございます。目覚めのお茶にぴったりでしょう」
テキパキと。流れるような動作で朝の準備を進めてくれる。
その動きを、じっと見つめた。
「侍従長?」
「はい、ディードリク殿下」
「なんで?」
確かに、昨夜は侍従長が就寝準備を手伝ってくれた。
けれどそれは昨夜がイレギュラーだったからだと思ったのに。
暖かな絹織物でできた掛布を、ぎゅっと握り締めた。
「今まで、お辛い思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。城の使用人たちを総括するべき立場に居ながら、城内の異常に気が付かなかった私を許せないというなら幾らでも謹慎しております」
侍従長がその場で床に膝をつき頭を下げた。
そんな事をして欲しかった訳じゃないから、必死に顔を左右に振った。
「しかし、私が敬愛するディードリク殿下をお任せできると信じられる者が見つかるまでだけでも、お傍でお仕えさせて頂けないでしょうか」
こんなに真摯な謝罪を受けるとは思わなかった。だから、どう答えたらいいのか分からなかった。驚き過ぎて、咽喉が震えてしまって、声が出ない。
「じ、従長は、わるくないよ」
なんとか絞り出した声は、頼りないし言葉足らずだ。情けない。視界が潤んでいく。
「ありがとうございます。ディードリク殿下からお許しが頂けて光栄です。しかし、罪は罪。私が頂いている地位と立場としては、知らなかった気が付かなかったでは済まないのです。私への罪状と罰は、陛下がはっきりと決めて下さるでしょう」
まだ僕は誰にも何も説明できていないのに。
確かにブレトには、した。でも、それだけだ。
『今夜のところは殿下にはもうご就寝頂いては如何でしょうか。その間に私から報告を纏め、上げさせて頂きたいと思います』
昨夜、王城へ帰ってきた途端、父上と母上が待っていて吃驚し過ぎて頭が真っ白になってしまっていた僕に、就寝を願い出てくれたブレトが思い浮かんで胸がキュッとする。
きっと僕が侍従長に甘やかされてお茶とビスケットで満腹になって呑気に寝ていた間に、すべての問題を詳らかにしてくれたのだろう。
大きな手と腕。ぶ厚く力強い肩、そこに繋がる首。
抱き上げられて子供のように連れて帰られた。あれほど安心できたのは、いつ振りだろう。
早く彼に会いたくて仕方がない。
そうして、ありがとうを伝えたかった。




