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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二部 王太子教育
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2-2-5.


 ぐずぐずと泣いてすがる俺を雑に宥めながら、何かを考えている様子で廊下に出て行ったサーフェス副団長が持ち帰ってきたのは、大きなポット入りのお茶だった。


「泣いて咽喉が乾いただろう。飲め」

「いえ、別に咽喉は乾いていないです」

「飲めって言ってんだよ」


 怖い顔で迫られて、仕方がなく淡い黄色をした茶を飲んだ。

 すっとする鼻から抜けていく香気と喉の奥を流れ落ちていくお茶と共に広がっていく清涼感に心が鎮まる。


「もう大丈夫か?」

「はい。……その、大変失礼しました」

「本当に。エライ目に遭ったよ」

「すみません」


 鼻をすすり上げ、心を鎮める効果があるというお茶のお替りをねだる。


「王城にあるストックを飲み尽くすつもりか」


 苦笑されつつも、受け取ったお茶をまた啜る。

 茶器に映る自分は肩を落とし鼻の頭を赤くしていて、幼い顔をして見えた。


 こんな風に感情に振り回されて泣いたのなど、いつ振りだろう。まだひと桁代の歳の頃以来なんじゃないだろうか。


 赤面する頬を冷ますように、茶を口に含む。また少し、心が落ち着いた。


「はい。では、私が個人的に借りている部屋へきてからの会話を、できるだけ正確にお伝えしていきたいと思います」


 そうしてようやく、俺はすべてをサーフェス副団長へと伝えることに成功したのだった。

 俺の感想とか個人的な会話になりそうなところとかは抜かせて貰った。というか、話すのは、無理だ。


「さて。俺はこの調書を纏めて上へあげてくる。お前は、もうちょっと頑張ってくれ」


 ようやく寝れるとホッとしたところだったのに。サーフェス副団長の言葉の後半に目を剥いた。


「どういうことでしょうか、サーフェス副団長」

「どうしたもこうしたもない。お前の記憶が正しいのか、確認させて貰う必要があるというだけさ」

「嘘などついておりません!」

 話してない部分がちょっとあるけど。

「それは分かっている。しかし、内容が内容だ。内部告発しようという相手が大物すぎる」

 どんな些細な齟齬もあってはいけないのだと指摘されれば、もう頷く事しかできなかった。

「それは……そうですね」

 肩を落として頷くしかない。


 ブレトの夜は、まだ長そうだった。


 サーフェス副団長の次は王宮医師長が来た。

 王宮医師たちには訓練でした怪我を何度も治療して貰ってきたが、医師長に会うのは初めてだ。

 普段は国王陛下と王妃陛下、そして皇太后陛下の診察のみを請け負っている方だ。

 好々爺然としているが、実際の所その眼光は鋭い。視線を合わせただけで何でも見通されてしまいそうな不思議な威圧感がある。


 こちらは主に食生活に関する質問を受けた。ただし、これについては俺もあまり情報を持っている訳ではない。


「肉だと思って口に入れると豆を練っただけのモソモソした何かであったり、クッキーやケーキだと思って口に入れると小麦麸(ブラン)の味しかしなかったと仰ってました」

 塩気も甘味も奪われた食事は、想像するだけで味気ないどころか眉間に皺が寄っていくばかりの代物だ。


「植物性のたんぱく質のみでは、成長期の身体を支え切れないというのは常識だというのに。この国で最も認められた料理人と王宮に仕える使用人たちが揃いも揃って何ということをしているのか」


 老齢の医師長は吐き捨てるようにそう呟くと、大きくため息をつきながら眼鏡を外して眉間を揉んで嘆いた。

 なるほど。職業柄、栄養面の問題が目につくようだ。


 それにしても、それもそうだと膝を掴んだ手の指に力が入った。


 ドラン師は、元々経済学者であった。学生時代に書いた論文が認められ、各国から講演を求められるようになったことで、その理論を実践の場ではなく学生たちに広めることを望み、指導者としての地位を確立していった。

 元々、学問を究めることが性に合っていたのだろう。

 経済学以外の分野からでも討論の場に呼ばれれば快諾し、自らの見地を踏まえて新しい視点で論文を書いてはそれが認められていった。

『どんな分野にも、その視点に依った真理がある。立ち位置の違いによって違って見えても、求めていくことは同じだ』

 彼の教え子は増えていき、ついにはこの国で最も偉大な学者のひとりとして讃えられるようになった。


 ディードリク・エルマー・グランディエ第一王子に対して王太子教育が始まったのは、殿下が8歳の時だったと思う。

 その時からずっとドラン師はその最高責任者として、殿下の王太子教育について総括を務めてきた。

 だから、彼がそう提唱すればそれがまかり通ったことは容易に想像がつく。


 だが実際に食事を提供しているのは王宮の厨房だ。そもそもドラン師に作れる訳がない。それに給仕は専属の侍女や侍従たちがしている。勿論毒見もいる。


 ディード様が口にする食事や飲み物は、すべて国の試験や面接を通って採用された一流の人間たちの手を通って供されるのだ。


 つまり、誰か一人でも声を上げたら、そこで露見しているはずなのだ。




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