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じっと見つめてくるブレトの瞳はすべてを見通してしまいそうで、ここで下手な隠し事をしてもすぐにバレてしまうだろう。
諦めて、できるだけ端的に伝えられるように頭の中で纏めてから口にした。
「『摘み取られた薔薇のロザちゃんに、俺は本当の愛を教えて貰ったんだ。最高に好きなんだ。彼女こそが愛の化身だ!』って。この間、サルコン卿がノンツォ卿と喋っていたのを聞いたんだ」
ずっと誰にも話さないと決めていたことだから、話しながら唇が震えてしまわないようにするのが大変だった。
「あいつ等、職務中に何を」
呆れた様子でブレトが大きくため息をつく。
覚悟を決めたものの、この先の説明、夜のギョルマクにひとりで居た理由について口に出すのは緊張した。
何処まで話したんだっけ。どこから話を続けよう。
ぐるぐると頭の中でこれまであった事、悩んで来た事を思い返して目を閉じた。
ドラン師が来てからの、苦しい王太子教育。常に自尊心を削り取られるばかりの毎日は、暗闇の中を歩いているようで、『こちらが正解』という声すらも信じることができなかった。
ずっと苦しかった。ただそのことを、知って欲しいと思った。
目の前にいる、この人に。
「ねぇ、ブレト。帝王学って、知ってる?」
「そ、れは。この国の王となるべき尊き御方が修めるべき学問、とだけ」
「うん。そうだね。帝王学は、贔屓を無くす視点を学ぶものなんだ。もちろんそれだけじゃない。人心把握術とかも教わったけれどね。でも一番重要なのは、個人の好悪で国の在り方を捻じ曲げることがないような考え方を身に着けること。そのための学問だ。国法すら変えることができる大きな力を持つことになる国王という地位に就く者として、国を公平に学ぶべきなんだって」
できるだけ感情を排除して。視線を下へと向けて、事実のみを説明していく。
「へぇ。難しそうですねぇ」
事も無げに、ひと事でばっさりと切り捨ててしまう、ブレトだから、知っていて欲しいと思うのかもしれない。
「難しいっていうか、なかなか辛かった。好きなモノを作るなっていう教えだからね」
「……え?」
「例えばね、出された食事が美味しいって喜ぶと、次回からそれは出てこない。お茶とかお菓子もそう。ローストビーフだと思ったら、肉にそっくりな豆のペーストを焼き固めて色だけ似せたモノになってる。お菓子もそう。見た目はそっくりで香りもいいけど、粉っぽくてぼそぼそする甘くもなんともない小麦麸のクッキーになっていたりする」
説明する為に思い出すだけで、舌に残る不快さが戻ってきて顔が歪んだ。
特にローストビーフが酷かった。油分を感じさせない豆のペーストは、いつまでも舌をコーティングしているようで、飲みこむのがとても辛かった。
いいや、お菓子もパンも紅茶もすべて。贋物だらけの食事は試練だ。
「そ、れは。それを王族の方は皆さん召しあがっているのですね。知らなかったなぁ。王や王妃がおいしそうに口へ運んでいるあのご馳走の中身がそんなものでできていたなんて。ハハッ」
僕の説明で味を想像したのか、ブレトが顔をひきつらせた。
本人はきっと笑っているつもりなのだろう。全然笑えてないけど。
だから、僕も笑って続けよう。
笑えているか、分からないけれど。
「ううん、違うかな。父上と母上、そして弟たちはちゃんと肉を食べていると思うよ。ちゃんと美味しいって顔をしてるし。黙って食べてても伝わってくるじゃないか。それに、僕だって王太子教育が始まって帝王学の授業を受けるようになるまでは、ちゃんとしたお肉とかお菓子も食べさせて貰えてたから」
唇は、口角はちゃんと上がっているだろうか。目は、……あれ、おかしいな。ブレトの顔が、歪んでみえる。
笑って最後まで、ちゃんと説明したいのに。
だから。大きく息を吐いて吸ってを繰り返し、息を整えてとっておきの物真似をしてみせる。
「『好きなモノができれば、嫌いなモノができる。あなた様は自分の内に、この国自体以外には特別な物を作ってはいけません』」
とくとくと、道理を持たない相手に高説を垂れるように、顎をツンと持ち上げるのがポイントだ。
決して、堪えることのできないままどんどん溢れてこようとする涙を誤魔化す為なんかじゃ、ない。
「ずっとずっと。本だって物語や英雄伝記は取り上げられて、この国の歴史書や法律書や近隣国との関係における報告を纏めたものみたいのだけになって、乗馬や剣の鍛錬だって楽しんですることを禁じられて、ただ真面目に熟せって。楽しむなっていわ、言われて。好きな物など何ひとつ作らずにきたんだ。それなのに」
「ディード様」
「それなのに。ちちうえ……国王陛下が、『そろそろ婚約者を決めろ』って。『妃にする相手は、ちゃんとお前が好きだって思う相手を選びなさい』って」




