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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第二章 ディードリク・エルマー・グランディエ 第一部 摘み取られた薔薇
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2-1-30.



「丸いから、このまま転がして運べるんですね。あ、俺が掛けた魔力縄もそのままだ。へー、これなら中の男どもが自分から体重移動して、この障壁を動かして逃げようとしても無理ですもんね。これなら受け身取れないですし。へぇ、よく考えられてる」


 目を皿のようにして眺めまわして観察しつつ、ぶつぶつと疑問を呟いては自分で解答を見つけ勝手に納得している。


 何の説明もしていないのに僕に考え得る項目をひとつひとつ言い当てられてられていく。的外れなものは一切ない。問われて説明することもなく、いろいろとひとりで気が付いて感心してくれるのは楽といえば楽だ。


 けれど、答えを見つける度に目を輝かせて嬉しそうに笑うのは、やめて欲しい。


 ぎりぎりだろうと僕の耳へ届いているということを考えれば、僕に聞かせる為のおべんちゃらという可能性だってない訳じゃない。

 その言葉が本心であるとは限らないのに。


 心がむず痒くて堪らない。


 嬉しい気持ちが湧き上がって、口元がゆるゆると上を向こうとしてしまうのを懸命に抑え込んだ。咳ばらいして誤魔化す。


「一応、この国の官吏以外には触れられないようにしたから。男たちの仲間に連れていかれることもあるまい」


 これでこの場に応援が来るまでここで待っている必要もなくなる。ブレト・バーン隊長もだけれど。


 あとはこの場から、どうやって逃げ出すか、だけなんだけど。


「そんな事までできるんですね! さすがだ」


 僕の考えていることなどまるきり気が付いていないのか、素直に感心する声を上げる顔を見ていると後ろめたくて仕方がなかった。


 さきほどのブレト・バーン隊長の言葉を嬉しいと思った分、胸の奥がじくじくと痛んだ。心が軋むようだ。


「男たちもこれでいいだろう。そうして、僕とすれ違った事など忘れてしまえばいい。応援に人攫いを回収して貰ったら、それで終わりだ。良い休暇を」


 呑気に僕を称賛する瞳に耐えられなくなって、雑に会話を切り上げ、逃げ出した。


 視界の端に、あっけにとられたようなブレト・バーン隊長の呆けた顔が目に入る。



 目と口をまんまるに開けたままだ。

 彼を置き去りに、そのまま雑踏に紛れ込んでしまおうとした僕を、けれども大きな太い腕があっさりと捕まえた。


 そうして軽々と肩へと担ぎ上げられた。


「なにをする! おろせ」


()()()()()。これ以上の我儘をお聞きする訳には参りません。御父上のところへ一緒におかえり頂きます。これも給金の内なので失礼します」


 怒った声で、堂々と言い放たれた。


「あ、おい。なんだそのお坊ちゃまって。やめろ、放せ。人攫い!」


「あなた様のお家に連れて帰るのに、何が人攫いですか。帰りますよ! ……ぷっ。ははっははははっ!」


 しかも、こんなにも僕は怒っているのに、何故かブレト・バーン隊長が笑い出した。


「なっ。なっ!!!」


 腹立たしくて。悔しくて。僕はついに奥の手、暴力に訴えることにした。


 本気だ。本気の全力で、背中を殴ってやったのに。


 足元が固定されていない状態ではなんのダメージも通らないらしい。手応えが全くなさすて悔しい。


 腹立ちまぎれに高圧的に権威を振りかざした。


「放せ。僕には知らねばならないことがあるんだ! 不敬だぞ。ブレト・バーン!!」


「無理な相談ですなぁ。不敬罪が適応されたとしてもですよ、きっと王様からは王宮を抜け出した王太子殿下を捕獲した褒美を貰えそうですし。それでチャラですな」


 最終兵器のつもりで伝えた言葉をあっさりと退けられてしまって途方に暮れた。

 本当に、もう、どうしたらいいのか分からない。


 道理を知らない頑是ない子供のように、肩に担ぎ上げられまったく相手にされないまま、僕は王宮へ連れ戻されてしまうのだ。


 ようやく、ここまできたというのに。

 何の成果も得られないまま戻れば、僕にはもう、納得できない日々を送るしかなくなるのだろう。


 不甲斐なくて。悲しくて。こみあげてくる涙で目の裏が熱くなった。




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