2-1-27.
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近衛隊の制服を着ている姿しか知らない。
近衛卒業前に手合わせを、と言われたもののまだ実現していないし、彼が訓練をしている場を視察したこともなかったから、訓練着姿すら見たことはない。
勿論、普段着姿など想像すらしたことがなかった。
シンプルなシャツとベスト。そして動き易そうなゆったりした長ズボンを履いている姿は、まるきり庶民そのものだ。
すれ違う人の中でも同じような服装をした人は沢山いた。
けれど絶対に見間違うことのないその人が、確かに僕の、目の前にいた。
眉を顰めたその人が、僕を睨みながら近づいてくる。
「こんなところで何をしているんですか、王太子殿下」
不審そうな視線だ。
というより、これは怒っているのだろう。
そりゃせっかくの休暇中に、部下に任せた筈の護衛対象とこんな街中で鉢合わせして、機嫌が良くなるはずもないか。
もしかしたら休みの日まで僕と顔を合わせたことが不快すぎて、表情が取り繕えていないのかも。
そう思ったら、胸の奥がちくちくした。
それにしても王城内で制服を着ている時もどこか抜けていると思っていたけれど、あれでも仕事用の顔をしていたんだなぁ。
最初、視線が合った時の顔ったら。思い出すだけで、ちょっと笑ってしまいそうだ。
でもさすがにここで吹き出してはいけないことくらい、僕にだって分かってる。
だから懸命に表情を引き締めた。
どうしようか。どうやって切り抜けよう。
視察だってことにする?
──でも、王太子付の近衛隊長が、夜の王都、それも繁華街の真ん中に王太子が視察に来ていると知らされていないなんてありえないことだ。
ましてや近衛隊隊長の休暇中にそれが極秘裏に行われるなんて。
僕から局外者扱いされていると言わんばかりだ。きっと傷つける。
実際には、僕は王城を魔法を使って抜け出してきてるだけだし、その僕の魔法が、彼にだけ効かないだけなんだけど。
勿論、夜の王都を視察するなんてことはありない。でも、今だけ切り抜けられたら、休み明けの彼が問い合わせてそんな視察はなかったと分かったとしても、怒られるかもしれないけれど、今すぐ城へ連れ戻されるよりずっとマシだ。
今この瞬間だって。外套のフードを下げている僕は、王族の色である髪も瞳も晒しているのに誰ひとりとして振り返ろうとしない。
たったひとり、彼以外は。
なんで、彼にだけ、僕が見えるのだろう。
地図で見知ったつもりでいるだけで、実際には見知らぬ僕の一族が治める王都。
真ん中には住んでいる城だってある夜の街で、道に迷っている真っ最中だった僕は殊更不安になっていたところだったからだろうか。
見つかって悔しい気持ちと見つけて貰えて嬉しい気持ちが、色々とぐちゃぐちゃのごちゃごちゃで。僕の口からは自分でも吃驚するほど、冷たい平坦な声が出た。
「こんなところで僕をそう呼ぶ危険について、考える頭もないのかブレト・バーン近衛隊長殿?」
勿論、役職名を付けて名前を呼ぶことも忘れない。
思っていたのとちょっと違っちゃったけど。でも突然だったし、仕方がない。
僕が慌てていないからだろうか。
逆に、ブレト卿の方が不安げな態度を取っている。気分が良かった。
「これでも、声を潜めさせて頂きました」
「ふっ」
目が泳いでいる。してやったりってところだろうか、ちょっと気分がいい。
そのまま、視線を動かしてキョロキョロと僕の背後を伺っているようだ。
「護衛はどこです? ここは人も多く危険な地区ですから、あまり離れた場所からでは意味がないのに」
それが当然であるというように、部下の姿を探す彼に、これ以上嘘をつく気持ちに、慣れなかったのかもしれない。
告げるつもりのなかった事実が、ぽろりと口から出て行く。
「護衛ならいない」
「は?」
夜なのに。すれ違う人の顔などわからないままなのに。
驚き過ぎて目を瞠った彼の顔が、彼だけが、僕の目をくぎ付けにする。




