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好きを取り上げられた王子様は  作者: 喜楽直人
第四部 王太子の婚約者
125/128

2-4-23.

ブレトくん視点の心の動き解答編です


一章にもあるので、長いけど切らずに載せちゃいますね。





「僕は、ブレトがいい。ブレトしか嫌だ。ブレトが、好きなんだ」


『好きなものなんか、何ひとつ思いつかないのに』


 そう言って、『ブレトに好きを教えて欲しい』と泣いていたあの夜からずっと、この御方を笑顔にするためならどんなことだって出来ると思ってきた。


 強く願ったこの心の理由は──


 真摯に想いを伝えられて胸が高鳴った。驚きと共に湧き上がるこの喜びから、これ以上目を逸らすのは無理だ。


 ディードリク殿下に相応しいお相手として、他の候補たちを数え上げてみただけで胃の腑が捻じれるほど、こんなに苦しくなる。


 もし他の誰かの手を取って微笑んでいる姿を見たら、死にたくなってしまうかもしれないとすら思う。


 いいや、間違いなく死ぬ。心だけでなく、ブレトの心臓は止まってしまうに違いない。


「参った。無理だろ。このクソッタレ。それは、やっぱり無理 」


 素直になってみれば、答えなんて簡単だった。いつだってそれはブレトの心の中の真ん中にあったのだから。


 笑顔でいて欲しいのも、笑顔にしたと思うのも、ディードリク殿下ただひとり。

 そうして他の誰でもない、自分自身が、ディードリク殿下を笑顔にしたいのだと認める。


 覚悟を決めて、差し出された想いよりも実のところずっと重い、自分の心を捧げる言葉をおぼつかない頭で探し、懸命に伝えた。


 はずなのだが。


 ──なんで、泣いているんだ?


 その理由を考えた時、覚悟を決めて差し出した心を叩き返された気がした。


 あぁそうか。手が届かないと思う相手に、かりそめの恋を抱くことなど、少年期にはよくあることだ。

 その相手から手を伸ばされて、怖くなってしまった。そう言うことなのだろう。


 ──好きの、練習だったんだ。


 好きには種類がたくさんある。肉親への愛とか、友情とか。

 中には、愛に育つ訳がないのに本物なのだと勘違いするようなものだって、ある。肉欲とかね。俺も間違えたことがあるからね。わかる。


 冷静になってみれば、ブレトは身長が197センチもある13歳上で。騎士という職に就いていたガタイのいいオッサンだ。


 気が付いたんだろうなぁ。こんなオッサンへ心を捧げ、愛を育てていこうとする滑稽さに。


 それでも、たったいま心を差し出そうと決めたからには、『やっぱり要らない』と切り捨てられるとしても、伝えることだけはしておきたい。一度は言葉を贈ってくれたディードリク殿下の心意気に報いたかった。


 いいや、違う。自分のためだ。それだけ。自己満足。


 受け取ってもらえなかったとしても、ここで伝えなければ俺は一生伝えることはできなくなる。


 だってもう、傍にいることなんてできない。

 他の誰かの横で笑うディードリク殿下を支えるなんて、ブレトにはできそうにない。


「ディード様。そのままでいいので、聞いて欲しいことがあるんです」


 告げた言葉に、ディードリク殿下がビクッと身体を固くさせた。

 そうして俯いてしまったまま、何度も何度も、首を横に振る。


 乱れた髪からのぞく、俯く首の後ろが赤くなっている。

 嗚咽を我慢するその姿が胸に迫った。


 きっとブレトがこれから伝えようとしている言葉が分かっているのだろう。


 なにしろ、魔力の相性がいいということは間違いないし、それだけで「本物だ」と飛びついてしまったとしても仕方がないのだ。


 幼い頃の体験から“好き”に対する経験が少ないディードリク殿下が、意味を取り間違えたからといって誰が責められるだろう。


 愛だと思ったから伝えてみたけれどやっぱり違っていたからと言って、ブレトにはディードリク殿下を責めるつもりはなかった。


 ──だから、これから俺が、ずっと気が付かないようにと心の奥底に沈めていた重すぎる想いを伝えることだけは、許して欲しい。


 気付かないままにしておきたかった気持ちを引きずり出されたことも、心に傷を負う必要などないから。

 ただ、聞いて欲しい。受け入れて貰えるかもしれないなどと期待はしていないから。


「好きです。ずっと、あの夜、あなたが流した涙が忘れられませんでした。俺が、あなたを笑顔にしたかった」


 想いを伝える言葉を、聞きたくないと全身で表すように首を横に振り続ける姿が胸に痛い。


 笑顔にしたいと言いながら、愛しい相手を泣かしている自分が滑稽で惨めだった。

 けれどせめて最後まで、聞いて欲しかった。


「ご安心ください。さきほどあなたが口にした言葉を撤回しても恨むつもりはないです。いいんです、口にしてみたら、なんか違うって分かっちゃったんですよね。そういうことってよくあることですよね」


 宥めるつもりのその言葉に、弾かれたように顔を上げてくれたディードリク殿下に、ブレトは今の自分にできる最高の笑顔を作って向けた。


 ──よかった。顔を見て、告げられる。


「愛しています。俺にとっては人生最後の恋で」


 愛に育てたい、想いです──と続けるつもりだった、その告白は、最後まで言わせて貰うことはできなかった。


 ガツン。


 唇に、鈍い痛みが走る。なぜか口内に、鉄錆の味が広がっていく。


 温かく震える、それは──。


「なにを……」


 離れてしまったそれが、寂しい。死んでも口に出したりしないが。


「くちづけ」


 別れの贈り物なのか。それとも。


「なんで」


 もしかして、違う意味なのではないかと、つい自分に都合のいいように考えてしまう。


 何故なら。ブレトは今、愛しい人の手によって、首元にしがみつかれているというか、首を絞められているというか。


 飛びついてきたその人の身体が、簡単に抱き締められるほど近くにある。

 体温が、細い身体が。あまりに近くて、動悸が激しい。


 あんなにあったディード様との身長差は、この一年で半分ほどまで縮まった。

 お陰で、今はすこし背伸びをすればこんな事までできてしまう。栄養すごい。新しい料理長すごい。


 心が落ち着こうとして変な方向へと思考が向かっているのだと理解はしたが、それ以上に感慨深くあるのは本当だ。


 だって、綺麗すぎる顔が、近い。


「好きな人に好きだ愛してるって言われて、くちづけたいって思ったら、悪いの?」


 真っ赤だった顔を更に真っ赤に染めたディードリクが、再び唇を重ねてくる。

 奪うというには幼すぎる。ただまっすぐに唇を重ねるだけの、くちづけは、ひどく熱いものだった。


 しばらく重ね、不意に離れる。


「同情だっていい。愛の種類が違ってたっていい。僕に、勘違いさせたブレトが悪いんだもん」


 離れる度に、ひと言。

 唇をツンと尖らせて、目に涙を溜めて言い張る。

 ブレトにはディードリクの言葉が、まるで分からなかった。


「ううん、僕はたとえそれが肉欲から始まったって構わない。ブレトが僕のものになるならいい。どんな始まり方をしたって、そこから絶対に、愛へと育ててみせるから」


 言い終わると、熱い思いをぶつけるように言葉を重ねてくる。

 すぐ目の前にあるその金の瞳には、呆けた自分しか映っていない。


「あの……」


 意味がわからず、問い掛けようとする俺の唇を塞ぐように、急いでディード様がまた唇を重ねてくる。


「だから、ブレトの心、僕にちょうだい」


 何度も、何度も。


 離れては、想いを告げられて。

 答えをいう間も貰えずにまた唇が重なってくる。


「ブレトの全部がほしいんだ」


 体格差を考えればどうとでも逃れられたはずだった。

 所属が近衛ではなくなろうともブレトは騎士なのだ。今も毎朝の鍛錬は欠かしたことはないし、ディード様の訓練だってご一緒している。

 爪先だちしているディード様の顔を避けることくらい簡単だ。


 けれど、ブレトにはそんな事できなかった。


「僕ね、ブレトといると嬉しいの。ブレトが傍にいない時はブレトいたらなって思う。美味しいモノを食べるとブレトにも食べさせたくなるし、不味くても一緒に食べれば笑いあえるのになって思う。新しく覚えた知識はブレトに話して聞かせたいし、感想を話したいし、聞きたい。僕の幸せは、ブレトの傍にいること」


 側近になってからのディード様の笑顔がブレトの中をいっぱいにした。

 たくさんの笑った顔、怒った顔、悔しそうな顔。それでもいつも最後は笑顔になった。

 それは、遠い昔、恋をしていた頃の自分そのものではなかろうか。


 更に言えば、今のブレトだってそうだ。

 何をするにもディード様が優先だ。

 それ以外には何もない。

 無理だ無理だといいつつ、すべてを受け入れ求められるままお傍に侍った。

 それが、己の幸せでもあったから。


 それがようやく、すとんと胸に落ちた。


 経験値の差とか、大人としての尊厳とか、歳上の余裕とかすべてモロモロ、何の役にも立たてられずただディード様の情熱に当てられて、思考が溶ける。


 そうしてついにブレトは、想いを返すように、ディードリクの唇へ自分の舌を這わせた。


 押し付けられるばかりだったディードリクの唇は、体当たりのような最初のくちづけでブレトの前歯とぶつかって切れている。


 そこも優しく労わりを込めて舐めた。癒すように何度も往復させていく内に喰いしばっていた硬い唇が綻んでいく。


 甘い。


 弛んだ隙に、そのままぬるりと歯列の間へと舌を滑り込ませた。

 そのまま歯列の奥の隅々まで奥歯まで全部。確認するように舌を這わせ、縮こまっていた舌と強引に絡んで擦り合わせる。


 あぁ。なんて、甘いんだ。


 こみ上げてくる愛しさに思うがままに、自分の動きに合わせて懸命に動く唇を吸い上げた。




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― 新着の感想 ―
余分なものをすべて削ぎ落としたら残ったのは    ただ、『好き』。─── それだけ。     (涙)
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