2-4-19.
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「大丈夫だよ、無理な事なんか何もないよ」
「無理ですってば!」
「無理じゃないよ。僕、根回しもしっかりしたからさ」
「……根回しって? え……えぇっ!?」
ちゃんと面会のアポイントをとってバーン伯爵家へ赴き、父上に書いて貰った婚約の申し入れ書を直接ブレトのご両親へ僕自身が手渡したんだ。
勿論、僕からも言葉を尽くして丁寧に説明もして、ブレトとの婚約の許可を貰ったんだ。
すっごく嬉しかった。
「大丈夫。ちゃんとブレトのお父様、バーン伯爵からサインも貰って教会には提出してあるよ。手続きは最速で進めて貰うことになっているから、来週頭には婚約の公示が出ると思うんだ」
「え、婚約の、コウジ? 工事、好事、好餌……エ、ドレデスカ?」
婚姻を結ぶ際には、教会へ両家の当主のサインの入った婚約届けを提出する。その後、教会が公示を行い、異議の申し立てを受け付ける期間を設ける。
平民ならひと月。下位貴族なら三か月。上位貴族なら半年。王族ならば一年間と定められているその期間、ひと月に一度公告を行い、その婚姻に異議を申し立てる者がない、つまり誰もが祝福する素晴らしい婚姻であると証明するために必要な期間である。
ただ平民ならいざ知らず、両家の契約に口出しをすることに繋がるので貴族の婚約に関しては慣例として期間を設けるだけで、異議の申し立てが行われたことはない。
混乱した様子で、動きがカクカクになってるブレトも可愛いなぁと思ってつい目を眇めて微笑んでしまう。いつまでも見ていたくなる。
すごいな、恋。
どんな状態のブレトでも可愛いって表現しか思い浮かばなくなるんだぁ。
でもまずは釘を刺しておかなくちゃね。逃げ出せないって分かって貰わないといけないから。
何度想像しても、自分が笑顔でそれを告げるところしか頭に思い浮かばなかった。
そうして今、僕は最高の笑顔をしているに違いない。
「やだなぁ、ブレトったら。教会が出してくれるのはこの婚約への異議申し立てを募るための公示に決まっているでしょ」
──もし、誰がどんな異議を出そうと、潰すけどね?
最後の言葉は口には出さない。それくらいの腹芸はできるようになったんだ、僕も。
『ウチの三男とディードリク殿下が、魔力の相性がよい相手同士だということですか』
『はい。彼のお陰で、異国の侵略を退けられたと言っても過言ではありません。僕は彼の傍にいると心が落ち着いて、余裕をもって国政に携われるんです。彼無しには、僕は次代の王たりえないでしょう』
『はぁ。なるほど。え、本当に?!』
『僕は、彼と共にこの先の人生を歩んでいきたいのです』
『しかし……三男は、ブレトは、アレですぞ。大男で、その……』
『大丈夫です。僕は歴代でも最高と言われる魔力量を誇っていますし、なにより僕たちは魔力の相性がよい相手同士ですから』
『ううーんそれはその』
『まぁ! ではあの素敵な魔法が使えるということですわね、あなた』
『あぁ……なるほど』
バーン伯爵夫人の協力を得ることができたので、なんとか笑顔で押し切れただけのような気はするけれど、ちゃんと婚約届にバーン伯爵のサインも戴いてきたんだ。だから大丈夫だ。
「大丈夫だよ。もう僕たちの婚約は成立してるからさ。安心してね、ブレト。愛してるよ」
魔力で強化した手で嫌がるブレトの手を取り抑えつけ、節くれの目立つ指へと指輪をはめた。
満を持してブレトのために用意した指輪のサイズはぴったりで、嵌るけれどそうやすやすとは抜けないジャストフィットサイズだ。
手の甲側は幅広で、手のひら側は細めになっているので、剣を持っても邪魔になり難い。
なにより、全体のラインが斜めになっていることで、感覚的にまっすぐ引き抜くのが難しくなっている。つまり、意地になって力任せに引き抜こうとすると、下側のラインをまっすぐに持ってしまい勝ちになり上部のラインを指に食い込ませてしまうので、抜けなくなっている。
構造力学まで勉強したんだ。間違いない。
「うわぁあぁぁっ。俺、まだ受け取るとは言ってないのにぃ!」
「まだ、でしかないなら、いま、受け取ってくれてもいいじゃないか。ブレトが納得できるまで、ゆっくり言葉を尽くすつもりならあるんだし」
「それって、断らせないからって意味ですよね?」
「さすがブレト。僕のことを一番理解してる」
もう僕は相手の意を汲むような真似をしないと決めたんだ。
「っていうか、婚約って?! どういうことですか。俺、何にもサインしてませんよ」
「貴族の婚約は当主との契約だからね。はい、これ」
ぺらりと婚約届の写しを懐から出して見せる。
「ちくしょう、親父のヤツ!」
「お婿さんを貰うことになるからね。ちゃんと結納金も弾んでおいたよ」
「俺、両親にリアルで売り飛ばされたってことですか?」
「んー、でも貴族の結婚なんて、そういうものでしょう?」
僕の言葉にブレトが目を見開く。
口をぱくぱくと開け閉めして、言葉を探して、結局見つけられずに両手に顔を埋めた。
その手に、僕が贈った指輪が輝いていた。
「ブレトの指に僕の印があるの、嬉しい」
僕の個人紋が意匠されている白金の土台に、黄色味を帯びた金剛石。
ブレトの指で輝くその指輪は、僕そのものだ。
我ならが独占欲が強いなと思うけど、でも仕方がないよね。初めて知ったけど、自分のモノには名前を書いておきたいタイプだったみたいなんだ、僕。
「あー! もーー!!」
「ブレトの指に僕の指輪が輝いてるの、うれしい」
ブレトが、叫びながら髪を掻きむしっていた。
あの日と同じ行動を取るブレトの姿と重なって、記憶が上書きされていく。
本当に。なんて幸せな光景だろう。
「準備は進めておくからさ、一年後に式を挙げようね。ブレト」
「!?!?!?!!」
真っ青になったブレトすら可愛く見える。全身の毛を逆立てて怒る猫のようだとすら思う。
末期だ。
「だいすきだよ、ブレト」




