2-4-18.
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「大好き、ブレト。だから、僕を、振って下さい。僕を、嫌いだって、言って?」
真摯な想いを伝えて、それを斬って捨てられたなら、僕はそれを受け入れるしかない。
もうこれが最後かもしれないから。
ううん。これが最後だ。二度と、愛を伝えることすらできなくなってしまうんだと覚悟をもって言葉を紡ぐ。
「だいすき。僕が嫌いなら、ちゃんとそう言ってください。そうしたら、諦められる、というか。諦めるしかない、から」
そうしたら、ブレトの辞職も、異動願いも、受け入れる。
ご令嬢との幸せを祈ることは無理かもしれないけれど、それだっていつかはできるようになってみせるから。
「な……」
な? って、なんだろう。どう断りの言葉に続くのだろうか。
何故が動きを止めてしまったブレトを見上げ、ひたすら振られるその瞬間を待った。
「な……泣かないで、ください」
「え?」
すっと、ブレトの太い親指が、僕の目元を擦った。
いつの間に自分が泣いでいたのか。涙が、指で拭き取られた。
苦渋に満ちた青い瞳が、すぐ目の前で揺れていた。
その真ん中に、惚けた様子の僕が、映っていた。
ブレトの近さとその行為に、頬が熱くなった。
「……ず、るい」
誤魔化されて上げるつもりなんかなかったのに、なんだか胸がいっぱいで、これ以上拗ねていることすら難しくなる。
「ずるって、……え、あっ、すみません。次からは、ハンカチは予備も持っておくことにします」
そういう意味じゃないんだけど。
「つぎ? 次が、あるんだ」
「え、あっ」
黙り込んでしまったブレトが、バンッと両手で自分の顔を叩いた。
そのまま顔を隠したままで、ブレトが呻いた。
「俺は、あなたに泣かれるとどうしていいか分からなくなる」
苦し気に伝えられたその言葉。その意味を、確かめる隙もなく。
整えられていた髪が、滑っていったその両手でぐちゃぐちゃに搔きまわされていく。
異様な迫力に押されて、声を掛ける事を躊躇っていると、その言葉が耳に届いた。
「俺に、あなたを、嫌いだなんて、言える訳がない」
「!?」
思わず目を見開いて、息を吞んだ。
時が、止まった気がした。
……
目の前では、まるで僕の存在を忘れてしまったようなブレトが髪の毛を掻きむしったり、掴んだりと忙しい。
それに、なんと声を掛ければいいのかもまったく分からなかった。
分からなかったけれど、でも分からないままにはしておけない。
僕は、先ほどのブレトの言葉の真意を知らなくちゃいけない。
『俺に、あなたを、嫌いだなんて、言える訳がない』
この言葉の意味するところをはっきりさせて貰わなくては、僕はどこにもいけそうになかった。
きっと、ずっと、ずーっとブレトを求めてしまう。
期待して、夢を見てしまうんだ。
だから、覚悟を決めて名前を呼んだ。
でも声が震えてしまうのは、仕方がないんじゃないかなと思う。
「ブ、ブ、ブレト!」
僕が名前を呼んだ途端。
ブレトは、「うわぁーーーっ!!」と叫んで、食堂から走って出て行ってしまった。
「え? えぇ?」
呆然と、見送る。
見送ったまま、僕は立ち尽くしていたらしい。気が付けば、ブレトの姿はどこにもなかった。
取り残された食堂の椅子に、身体を預けた。
「……振っても、くれなかった」
本気で、想いを伝えたのに。
振ってくれたら前に進めそうだと思えたのに。ようやくそんな風に考えることができたのに。
『俺に、あなたを、嫌いだなんて、言える訳がない』
ブレトがくれた言葉が耳に甘く響く。
「ねぇブレト。このままだと僕、勘違い、しちゃいそうだよ」
髪を掻きむしる姿。
僕の涙を、指で拭き取ってくれたあの時のブレトの表情。
ハンカチが綺麗になった理由。
髪型や服装に乱れがなくなった時期。
あの言葉の意味と、ブレトの変化の理由が、同じだったり、しないだろうか。
僕を振ってくれなかった、理由も。
「うわっ」
顔が熱くて堪らなくなった。
「こんなの、誤解しちゃうよぅ」
ううん、もしかして誤解なんかじゃないんじゃないだろうか。
でもやっぱり……。
「うーん、うーん」
徹夜明けのハイテンションでしてしまった告白は、速攻で跳ね返されて、撃ち落された。
けれど先ほどのブレトを見ていると、実は嫌われていないんだって、思えてくる。
「ブレトは僕に、自分を選ばない方が良い理由を説明してくれた。王の配偶者となるだけの価値がないと信じているってことかな。ネックはそれだけ? え、それだけなの??」
自分に後ろ盾がないとか、歳上の男だとか、そんなのが理由だとしたら、受け入れる訳にはいかない。
「僕には、後ろ盾なんて必要ないって分からせてあげればいいのか」
勿論、それだけが僕の手を取らない理由じゃないかもしれない。
それでも、いくつ理由があったとしても、そのすべてを排除していけばいいってことだよね。
そうして僕は、今日何度目かの決意をした。
「……僕だって、ずるくなってやるんだから」




