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侍従長からは丁重な謝罪を受けた。
「まさか孫があれほど不遜な考えを持っているとは。大変申し訳ありませんでした」
「気にしないで。僕こそ、知らなかったとはいえ、ポールがなりたかった侯爵の跡取りの座を蹴らせてしまって悪かったと思っている」
「いいえ。あの侯爵は、もう随分と昔から、若者たちに甘言を口にしておりますが、実際に誰も養子に迎え入れてはいないのです」
「え、それって……」
「えぇ、そういうことです。ですから、お気になさらず」
なるほど。口車に乗せるだけ乗せておいて、なにも提供しないのか。
「悪質だなぁ」
「そうでしょうか。たぶんあの侯爵は、自分では若者のやる気を掻き立ててやっていると思っておられますよ」
「うわぁ。その内後ろから刺されそうだな。少し調べさせて、場合によっては釘を刺しておこう」
「よろしくお願いいたします」
会話の最中、侍従長は最初から最後まで深く腰を折ったままだった。むしろ僕が謝らなくちゃいけないと思っていたので、滅茶苦茶恐縮してしまった。
それから、まず僕がしたことは、ポールの代わりとして宰相補佐だったハリス・ゴードンを王太子の側近として口説いた。
「まだ宰相はお若いし、代替わりを狙うには早いんじゃないかな」
そう言ってはみたけれど、僕の父上の方が若いんだから王の側近となれる方が先だ。
それでも書類の整理だけでなく各部署との交渉事や根回しなど、差配を任せるつもりでいるということを示唆すると興味を持って貰えたのだ。
「まずはお互いを知るためのお試しということで」
お互いにお試しという始まり方ではあったけれど、自信に溢れ打てば響くような会話の運び方や、気になったことを呟いただけで返される的確な答えに、僕はすっかりハリスを手離したくなくなってしまった。
「お試し期間って、そんなに必要かな」
僕のそんな言葉に笑って「では、本採用ということで。よろしくお願いします」とハリスはあっさりと僕付きの側近を引き受けてくれた。
ブレトはハリスの指示に従うことに抵抗がないようだったし、僕自身も想像以上に素直にハリスからの言葉を受け入れたからだそうだ。
「やりがいのある仕事は好きです」
そう笑ったハリスは、宰相補佐時代の伝手を使って、数字に強い官吏とスケジュール管理の上手な侍従を連れて来てくれた。
あっという間にポールがいた時より仕事が捗るようになった。
出来ないことをできると言い張ることもないし、自分が任されないことを不満そうにすることもない側近達との仕事は、ずっとスムーズだった。
「自室に仕事を持ち帰らなくていいなんて」
昼食もお茶の時間も、ゆったりと過ごせることに感動していると、ハリスに可哀想な者を見る目を向けられた。
「殿下がもっと早く私たちのような者を受け入れてくれていれば、最初からこんな時間が持ててましたよ、きっとね」
悪戯っぽくウインクされて、僕はどぎまぎした。ちろりとブレトの方へ視線を向ける。
お茶を啜る顔は澄まし顔だった。ちっとも僕の方を向いてくれたりしない。
ちょっと垂れてるはずの青い瞳すら、今は伏せられていて見ることはできない。
でも、その瞳に僕が映り込むところを想像するだけで、胸が騒いだ。
どれだけ念じても、ちっともこちらへ振り向いてくれないその澄ました顔を見ていると、むくむくと良くない方向の想像が浮かんできた。
──もしかしなくても、僕があんなにも頑なじゃなかったら、今みたいにもっと楽な職場をブレトに提供できたんだろうか。
こちらを向いて笑ってくれなくたって当然なのに。何故かそれが僕への拒絶の意思表示のような気がしてきて、勝手に落ち込んだ。
仕事がスムーズなのは嬉しい。それは本当だ。
けれど。
ブレトとふたり、仕事に追われまくって、でもどこかふたりきりの時間は緩くて暖かかった。代えがたい輝きがあった。少なくとも、僕にとっては。
きちんとした段取りを踏まえて進めていく仕事はスムーズだけれど、どこか機械的で、ふたりで協力し合っていたあの時とはまるで違う。寂しい。
ブレトと一緒に支え合っている感じが遠くて、寂しくなる。
本当に、僕は自分勝手だ。
僕は自分の瞳が涙で潤んできたのを誤魔化すために、目の前のケーキを頬張った。




