2-4-14.
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「え、あの……え。ディード様、それって」
僕の言葉に、ブレトが真っ赤になった。
言葉に詰まって狼狽えている姿は見覚えがない。
──かわいい。
ついそう思ってしまったけれど。
「あ。……えっと、その」
僕は、僕自身が口にしてしまった言葉が、どれほど赤裸々な内容なのかということに、ブレトが焦る様子を見て気が付いた。
ブレト以上に、言葉に迷って、目が泳いでしまう。ううう。
もじもじしてたら、いつの間にか復活してきたポールが乱れてしまった前髪を整えて、頭の湧いた説明を始めた。
「はぁ。ふたりとも落ち着いてください。ちゃんと最後まで俺の説明を聞いてから、よく考えてくださいね。いいですか、いくら魔力の相性がいい者がふたり揃おうと、さすがに他の人間の身体を作り替える真似はできないでしょう。それができるなら、過去にそれに成功した例があるはずなんです。でも、そんな記録は一切無い。つまり過去の魔力の相性がいい者たちにも不可能だったってことです。だからですね、いいですか。ここからが重要なんです。ブレト卿に協力して貰って、ディードリク殿下自身の身体を、妊娠可能な身体に作り替えて貰うんです。そうしたら、ほら、ディードリク殿下は無理に女性を娶らなくて済むんですよ! ね、名案でしょう」
まったく。本当にしつこい。
両手を広げて得意げに自分の考えた計画を披露したポールに、現実を突きつけてやることにする。
僕は、もう本当にポールを切り捨てる決心がついた。
ポールのしたり顔にはうんざりだった。侍従長には申し訳ないけど、本当に、無理だ。
「いい加減にしろ、ポール。お前の戯言はもうたくさんだ。今すぐ消えろ。素直に従うならよし。従わないなら、僕の権限を使って王宮勤めの資格も停止するから」
僕の言葉に、ポールがなぜかわざとらしいため息をついてみせる。
肩を竦めたそのポーズも含めてすべて、妙に腹が立った。
けれど、すぐ横にいるブレトの拳が振り上げられそうになっていることに気が付いて、慌ててその腕にしがみついた。
さっきは上手く手加減できたみたいだけど、今のブレトは、大怪我どころか、ポールの命まで奪ってしまいそうな勢いだ。それだけは、絶対に駄目だ。
「駄目だ、ブレト。ポール如きのために、ブレトが犯罪者になる必要はない」
「しかしっ」
僕の制止を拒否したいと視線で訴えて来るブレトと、瞳を合わせる。重ねて首を横に振れば、悔しそうにしながらも、なんとか握りこぶしを下ろしてくれた。
「ありがとう」
ちいさな声で礼を告げる。だって、こんなことでブレトが謹慎になったら、困る。
そんな僕たちのやり取りをどう勘違いしたのか。ポールが、にやにやと笑った。
「まったく。俺の手を取るために回りくどいことをする必要なんてないのに。お子様なディードリク殿下には、ちょっと表現が直接的すぎましたかね。失礼しました。分かり易い方が良いかと思ったんですが、でも恥ずかしかったですよね。大丈夫です、もっと素直になってくれていいんですよ? 仕方がないですから。素直になれるまで、俺がちゃあんと何度でも説明して差し上げますからね」
さぁ、と差し出された手を、強く叩き落とした。
バシンッ。かなり強めの音がした。
「っ、なにをするんですか!」
ポールは顔色を変えて怒ったけれど、僕にはちっとも怖くなんかなかった。
「ポール。僕が君の手を取ることは、絶対にない。消えてくれと言っているんだが? 素直に受け入れてくれるまで、僕は何度でも君にちゃんと説明してあげないといけないのかな」
先ほど、ポール自身が口にした言葉を意識して投げつける。
それが分かったのか、ポールの顔が歪んだ。
多分、自分の優秀さに自信があったからこそ、余計に堪えるんだろう。顔を真っ赤に染めて、何度も口を開け閉めを繰り返している。
そうして、ようやく僕が恥ずかしいから突っぱねてしまったのではなく、本気で拒否しているということが通じたようだった。
途端に、今度は青くなって震え出した。どうやら自分は自分で出世する道を断ってしまったのだということが、理解できたらしい。
「クッ。……俺のせっかくの申し出を断ったこと、いつか後悔しますよ。後になってやっぱりと言っても遅いんですからね」
それでも、縋りついてこないで捨て台詞を言える胆力は褒めてあげるべきかも。
乱暴に扉を閉めて去っていく後姿を、呆れつつ見送る。
「悔し紛れにしても、ずいぶんと陳腐な捨て台詞を残していったものですね」
「だよね」
ブレトが心配そうな顔をして覗き込んでくれるのが、やっぱり僕は嬉しくて。
こんな時なのに、顔がむにむにっと笑顔になってしまった。慌てて顔を背ける。
「どうしました」
「いや……掃除、頑張らないとなーって」
ブレトに殴られたポールが転んだ拍子に散らばった書類で部屋は滅茶苦茶だ。
「掃除させてから出て行かせるべきだったかも」
「もう一発殴っておくべきだったかもしれませんね」
同じタイミングで話し出して、お互いにツッコミを入れあう。
「ブレト……暴力は駄目だよ」
「ディード様、掃除が理由だろうそ、あんな奴を引き留めるのは反対です」
お互いの言葉に納得して、笑いあって。僕らは一緒に掃除を始めた。




