2-4-13.
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「僕が欲しいのは、ブレトだけだ。話がそれだけなら早く退去するように。本日付で退職として、事務手続きはこちらでしておく。今すぐに私物は片付けてそのまま持ち帰って。これまでお疲れ様でした」
そう言い切った僕に驚愕した様子で、ポールが口を戦慄かせた。震える声で、抗議する。
「そん……そんなの。なんでだよ。俺は、ディードリク殿下にとっても最良の道を提示してやって」
「要らない」
ポールの言葉を遮り、僕にとってあまりにも理不尽な要求をはね退ける。
「僕は、信頼する侍従長の推薦を受けて、君を採用したに過ぎない。侍従長の思惑も、君の事情も僕は知らなかった」
「そんなっ。そんなの。俺の未来を、なんだと思ってるんですかっ!」
説明されていた訳でもない個人の事情を把握していないからといって、責められる筋合いはないんじゃないと思う。それを直接口に出すことはしないけど。
でも、王太子付きの侍従という立場も王太子の側近という立場だって十分羨望される地位だと思うんだけどな。
それに下級貴族から侯爵家の跡取りとなることは確かに凄いことだけど、多分きっと、飛び越された間の爵位にある者たちからのやっかみは大きい。侯爵家の運営上、大きな障害となるだろう。
それも考えに入れて、祖父である侍従長は孫の進路として、僕付きとなることをポールに勧めたんじゃないかと思うけれど、それも全部踏まえた上で、王太子付きであるより侯爵家の跡取りになりたかったという判断をポールは下したのかもしれない。
それがポール自身の価値観なのだろう。それがこうしてはっきりしただけも良かったと思うしかない。
「さよならだ、ポール。この執務室に、君のような考え方をする者は置いておけない」
侍従長に恩はあるけど、いくらそのお孫さんだとはいえ僕個人を尊重してくれない人に、傍にいて欲しいとは思わない。
「なんでそんなこと言うんですか! 自分に素直になってしまえばいいじゃないですか。あぁ、王権を発動してブレト卿を王妃にするつもりなんですか? やめておいた方が良いと思いますよ。誰も喜ばない」
「しないよ。ブレトに王権を発動したりしない。そんなこと、絶対にしない」
「じゃあやっぱり俺を受け入れるのが最善じゃないですか。聞き分けのないことばかり言ってないで。大人になると、どうしても譲れない何かを手に入れるために、何かを諦めて受け入れなくちゃいけないことがあるんですよ」
したり顔で窘められてムカつきが止められなかった。
それ以上聞いていられなくて、ポールを包み込むための障壁を作り出すことにする。側近であった者に対して魔法で対処なんてしたくなかったけれど、今回は仕方がない。
それにしても、この魔法は破落戸を官吏に連れて行かせるために創り出したものだけれど、我ながら実に使い勝手がいい。
「ホールど……」
いや、ポールを拘束しようとした僕の魔法は、正しく発動する前に霧散してしまった。
あっけに取られた僕の目の前で、ポールが横にふっ飛んでいった。
ぼぐっ。
「ぐあぁっ!」
僕を上から抑え込んでいたポールが壁に激突した音が執務室内に響く。
「貴様、なにをしていた! ディード様に向かって、なにをしようとしていたァ!」
フーフーと息を荒くして、拳を握りしめたブレトが、壁に激突して頽れているポールの前に立ちふさがっていた。
大きなその背中を、見上げる。
「ぶ、れと……」
ブレトが、僕のために怒っていた。
あんな風にばっさりと切り捨てられたのに。それでも、ブレトは僕を守ってくれる。それが、嬉しくてたまらない。
そんなことを考えている場合じゃないのは分かっている。分かっているけれど、助けに来てくれたのだと思うだけで、心臓が痛くなるほど高鳴った。
「い、痛いじゃないですか。なにをするんですか。俺は、ブレト卿のためにもですね」
ブレトにしては手加減したのだろう。ポールが殴られた頬は赤くなっているけれど、腫れ上がっているというほどではない。
それでも、床に転がって頭の上に舞ってしまった書類が乗っかっている姿は、なんというかとても無様だった。
「なにが俺のためだ! ディード様に不敬な行動をしておきながら。ふざけるなっ!」
「だって、ブレト卿はディードリク殿下の手を取らないんですよね? なら、誰か代わりの者がその役目を果たさなくては。俺はブレト卿がやりたくないと言った役割を果たしてあげようと思って立候補しただけです」
「なんのことだ」
「これからちゃんと説明して上げますよ。説明を聞く前に暴力に訴えたことは反省してくださいね。まったく。これだから、騎士上がりの側近は」
ブツブツと失礼なことを口にするポールの言葉を、感情のまま遮る。
「説明なんて、しなくていい。何度も言わせないでくれないかな、ポール。君は、クビだ。僕付きの侍従も、側近も。すべてだ」
「!? なんで、なんでです? 俺がいなくちゃ、ディードリク殿下は子供を産めませんよ?!」
「なんで僕がお前の子供を産まなくちゃいけないんだ! 僕はブレトとの間に子供が欲しいんであって、それ以外の人となんか、絶対に、いやだ! お断りだって言ってるんだ。頭が良いと自分で言ってる癖に、なんでそんな簡単なことが分からないんだ」




