2-4-11.
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「酷いなぁ、もう。まったく。ディードリク殿下って、本当に俺の扱い酷いですよね」
「え?」
何を言っているのか分からなすぎてポールを振り向こうとした。その瞬間、視界がぐるんと反転した。
天井が、目に入る。
どうやら僕は、掴まれた腕を支点にして、身体を転がされてしまったらしい。不覚もいいところだ。
完全に油断していたのはあるんだけれど。
それ以前に、ポールが何のためにしたのかまるで分からなくて、ぽかんとしてしまった。
ポールが僕の命を狙っているとは思えない。
侍従長のことは本当に尊敬しているみたいだし。うん、無いな。あの時、隣国の魔術師たちに襲われた時のような殺意のようなものというか圧というか、そういう気迫もまるで感じられない。
それに、こんなこと口に出して言ったり絶対にしないけれど、ポール如きに襲われても僕を殺せると思えない。マウント位置を取られている今この時も。
ポールが何を思ってこんなことをしたのかが知りたくて、滔々と話すポールの言葉に耳を傾けた。
「俺ね、ずっと不思議だったんです。努力が認められて侯爵家の養子に迎えられる話を蹴ってまで王城に呼ばれてきたのに。それなのになんで、フツーに侍従の仕事プラス側近として資料を集めたり書類を整理したりするだけの下働きをさせられてるんだろうって。そんな仕事、俺じゃなくても良いじゃないですか。俺、次の侯爵になれるところだったんですよ」
「ポールは、侯爵になりたかったんだ?」
黙って聞いているつもりだったのに、つい問い掛けてしまった。
「当たり前じゃないですか! 男爵家の四男が努力を認められて、子爵家を飛び越して伯爵家も飛び越して、侯爵家の跡取りに望まれたんですよ? 喜んで当たり前でしょう?」
けれど、矢継ぎ早に問いを重ねてくるポールに、問いに問いで返されてしまった。
うーん、でも。そうか。そういうものなのか。
高位貴族には高位貴族なりの重圧や面倒事があって、下級貴族には下級貴族なりのプライドと仕事のやりがいがあると思っている僕からすると、ポールの視点は新鮮だった。
確かに、ポールは男爵家の嫡男ではないから親が代替わりしたら貴族籍すら抜けてしまうことになる。自分の努力が認められて、貴族位の中でも上位となる侯爵になれるところであったとしたら。それは喜ばしいことと言えるのだろう。
「そうか。それで? ポールは、僕の侍従も、側近も辞めたいんだ?」
それで何故、僕はポールに、机へ押し付けられているんだろう。
辞めたいというなら、そう言ってくれればいいだけなのに。それで僕はちゃんと受け入れるのに。
答えを探してポールの顔を見上げる。その顔に、喜悦? 愉悦? を見つけて眉を顰めた。
なんとなく、嫌な種類の笑いだと思った。
「そうですね。だって、どちらも俺には役不足だ。それなのに、なんで祖父は俺をここに送り込んだのか。それがね、さっきの会話で、ようやくわかったんです」
「さっきの会話?」
「えぇ。ディードリク殿下がブレト卿にプロポーズしてきっぱりと断られていた、あれです」
僕の直球すぎるブレトへのプロポーズを聞かれていたんだと知って、顔に火が付いたように熱くなった。
ポールの目の前であんな大事なことを伝えてしまっていたなんて。それはブレトだった走って逃げたくなるよね。大失態だ。
「ごめん、変なことを聞かせちゃったね」
忘れて、と続けようとした謝罪は、ポールに遮られた。
「いいえ、俺にとっては福音でした」
つ、とポールの手が、僕のお臍付近から下へと撫で下ろされた。
「な、なにを」
ポールのその行為があまりにも意外で、突然のこと過ぎて手を振り払うことすらできずに身体が固まってしまった。
拒否の言葉すら、喉に絡んで上手く声にならない。
「ブレト卿には断られてましたけど、俺なら、大丈夫ですよ。俺はディードリク殿下なら、抱けると思います」
その言葉に、ガツンと頭を殴られた気がした。
「魔力の相性が良い相手が王族と共に願えば、子供が産める身体に作り替えることができるんですよね。なら、ブレト卿にはディードリク殿下の身体を作り替える協力だけして貰うことにすればいいんですよ。子を孕ませるのは、俺がやりますよ。
三人揃って望みを叶えられる素晴らしい提案でしょう?」
ぎゃーーーー




