2-4-10.
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結局、朝までに全部の資料を読み込んだ。
物語だけ、何度も読んでしまった。けど、仕方がないと思うんだよね。だってハッピーエンドのお話は、何度だって読みたくなるものだから。
そうしてひとつ、気付いたことがある。
「僕はブレトじゃなくちゃ駄目だけど、もしかして、ブレトだって僕じゃなくっちゃ、駄目なんじゃないの?」
言葉に出しただけで、顔が熱くなった。
うわぁ、本当にそうだったらどうしよう。嬉しいしかないんだけど!
ジタバタと、ソファの上で転がりまくった。
結局、本を読むことをやめられなくて、徹夜してしまった。
目の下に隈ができているんじゃないだろうか。この後、執務室でブレトの顔が見れる気がしない。恥ずかしいのに、なんでか胸の奥がくすぐったくて堪らない。
「どうしよう。告白……しちゃおうかな」
だって、僕とブレトは魔力の相性がいいんだから!
「つまり、告白さえすれば、両想いになれてしまうんじゃ?」
だって僕は、……ブレトと僕は、特別なふたりなんだから!
もしかしたら、ブレトだって同じ思いでいてくれているのかもしれない。
実はブレトも、同性だからって、想いを隠そうとしているかも。
「よし!」
僕は、心を決めた。
***
「なにを言ってるんですか。無理に決まっているでしょう」
満を持して執務室へと向かい、僕より先に来て仕事を始めていたブレトの顔を見るのと同時に告白した。
「ブレト。だいすき。僕のお嫁さんになって下さい」
なんの捻りもないプロポーズだった。
でも、それで間違いないと思ったのに。
ブレトから返されたのは、無情な言葉だった。
さらっと。サクッと。
確かに。いくらなんでも突然すぎたな、と反省する。
そうだ。もしかしたらブレトはまだ、僕とブレトが魔力の相性がいい相手同士だって知らないのかもしれないと、ようやく思いついた。
父上はまだ僕にしか話していない感じだったし。他に僕たちの関係について知っている人も少ないだろう。
うんうん。そうだ。まずはそこから説明しなくちゃ駄目だったんだ。
こほんと咳払いして、説明することにする。
「あ。あのね、ブレト。驚くかもしれないけれど、落ち着いて聞いて欲しいんだ。あのね、僕とブレトは、その……魔力の相性が」
「いくら忙しすぎて疲れているからって。朝からそんな笑えない冗談を言われても。和んだりしませんから。やめてください。そんな。あり得ない。無理だ。無理です」
僕の説明をブレトの声が遮った。そうして何度も重ねて否定の言葉を口にして、僕の机の上に、書類を一束置いた。
「そんなことより、この書類の決裁をお願いしますね。俺はこっちの申請書の添付資料が一ページ足りないみたいなんで、文書科に行って確認してきます。では」
そういって軽く頭を下げると、ブレトが執務室から出て行ってしまう。
「え?」
その後ろ姿を目で追うこともできなかった。
完全に、頭は真っ白だった。
*
*
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「ブレト卿ってば、取りつく島もなかったですね」
すぐ耳元でポールの声がした。驚いて振り向く。
にこっと笑ったポールのその表情には、嫌な揶揄いの色はなかった。
「……聞いてたんだ」
「まぁ。俺も執務室にいましたからね」
「そうなんだ。ごめん。全然、見えてなかった」
「みたいですね。ディードリク殿下ってば、まっすぐブレト卿だけ、見てましたもんね」
本当に。僕には、ブレトしか見えていなかった。あまりにも視野が狭くなっていたことを指摘されて、赤面した。
「ホント、変なこと聞かせちゃって、ごめん。ポール。忘れて。仕事しよう」
動揺を隠して、書類の積まれた席へ着こうと、ポールの前を横切る。
情けなくも片言になってしまったけど、それでも伝えたいことは言えてるから大丈夫だろう。早く席について、それで、ちょっと心を落ち着けなくちゃ。
なのに、行く手を阻むように、ポールに腕を掴まれた。
「なあに?」
「忘れるなんて。とてもできませんよ。俺としては、自分が求められていることがようやく分かって、スッキリしたような気持ちです」
やわらかく笑われた。けれどその言葉の意味が分からなくて眉を顰めた。
「ふーん? よく分からないけど、スッキリ出来たなら良かったね。手を、離してくれないかな。話があるなら、また後でね。僕、ブレトが戻ってくる前に言われた仕事を終わらせておきたいんだよね」
私的な悩みにかまけて仕事をさぼる訳にはいかない。
まずは仕事を済ませて、もう一度、夜にでも時間を貰おう。そうしてゆっくり説明すれば、ブレトだって分かってくれるはずだ。
そこまで考えて、未だにポールに掴まれたままだった手を、ぐっと振り払おうとして、失敗した。
「え?」




