2-4-9.
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夜空を見上げて道草をくっていたからだろうか。
それほど時間を費やしたつもりはなかったけれど、自室へ戻ると父上が手配してくれたのであろう魔力の相性がいい者たちに関する書物がカートに乗せられて届けられていた。
中には、僕の知らない書籍もあった。大衆小説的な読み物まであった。
「これを参考にしたら危険な気がする」
パラパラと斜め読みするだけでも絵空事のような派手な台詞が飛び交っている。
『俺には、ひと目見た時から、あなたが私の特別な人だと分かっていました』
『でもずっと冷たい態度を取っていたではありませんか』
『それは貴女が、王族だからです。しがない下級貴族の俺には手が届かない、と。だから、ずっと貴女を見守り続けるつもりでした。生涯、ひとりで』
『貴方が生涯ひとりでいるというならば、私も生涯ひとりだわ。貴方以外の、誰の手も取らないもの』
「父上ってばこんな物語にまで手を出して。ふふ……『貴方以外の、誰の手も取らないもの』か」
ブレト以外の、誰の手も取りたくないし、ブレトには僕以外の誰の手も取って欲しくない。
ふるりと身体が震えた。
「夜空を見上げてて、身体冷えちゃったかな」
なんて、嘘だった。
僕以外誰もいない部屋でわざわざ嘘を口にする自分が、滑稽だ。
多分これはきっと、独占欲。恋というには邪な負の感情だ。
自分に、こんな感情を持つ日がくるなんて、思わなかった。
「好きって言葉だって、分からなくなってたのにね」
一緒に探して欲しいと強請ったあの時にはもう、本当は好きだったのかもしれない。
だって、あの時の僕は既に、ブレトに傍にいて欲しいと思ってた。
絶対に、手を放すつもりなんて、なかった。
「嘘をついたつもりはないけど。でも、嘘つき扱いされても仕方がないかも」
──ごめんね、ブレト。
直接謝ることはしないと思う。だって、僕はもしやり直せることになったとしても、きっとまた、ブレトに傍にいて欲しいと強請ってしまうから。
ブレトの幸せの方が大事だから、ブレトの傍で見つめることすら諦めるつもりでいたけれど、それももう辞める。
「さて。ここのある本はすでに一度読んでいる物もあるけど、とにかく全部読んでみよう」
前に読んだ時は、通り一遍、この国の歴史、王族たちの記録として知識を得るために文字を追ったに過ぎない。
けれど、今の僕なら、もっと深い意味を読み取れるはずだ。
「深読みしすぎたり、自分の都合がいいように改ざんしないように気を付けないとね」
王太子としての仕事もある。それを疎かにしない範囲で。
「頑張ろう。足掻いて足掻いて、ブレトの、れ、…れんあ、いの対象に、入れて貰うんだ」
やばいな。自分で声に出そうとするだけで、こんなに照れてちゃ、一生告白なんてできる気がしない。
「あの星に、手を伸ばすって決めたんだろう、僕」
ぱちんと頬を両手で叩く。
「……ブレトの、恋人に。そうして、その先、結婚相手として認めて貰えるように、なるんだ」
──絶対に諦めない。
物語は横において、真面目な学術書を手に取る。
テーマは、世界で初めて確認された「魔力の相性が良い相手」について。
このふたりは男女のカップルだ。だからきっと僕みたいな悩みはないんだろうなぁ。
「いいなぁ。異性間だと、いろいろ楽だよね」
読む前はそんな風に思っていたけれど、同性間とは違った意味での苦難がそこにはあった。
「そうか。異性間であっても、王族と下級貴族だと大変なんだなぁ」
なにしろまだ魔力の相性が良いと相手には、惹かれずにいられないということがまるで知られていない時代。
デビュタントのあいさつに来た令嬢と、それを王族として受けた王太子。
そうしてほんの少しだけ触れただけで相手を特別な存在だと知ったふたりであったが、当初はただのひとめ惚れとだと断じられ、二度と会わないようにと王命まで下されたらしい。
その後は、王の怒りは解けぬまま味方になってくれる侍女たちにより手紙を往復させるだけの関係が続き、ついに王子は駆け落ちを提案した。
しかし祝福されない関係に未来はないという男爵家の令嬢の主張を受け入れて、王子の婚約者であった令嬢にもきちんと謝罪して婚約を解消して貰ってから、王太子の座から降り、ふたりで市井へ下り、場合によっては国外へ出ようと相談するまでに至ったらしい。
そうして、それをふたり揃って国王へ申し入れようとした日に。
リリア山の裾が、割れた。
突然、山の中腹が裂けるようにして火口が現れ、そこから赤い溶岩が噴出したのだ。
その噴火音は国内のどこにいても聞こえるほど大きく、真っ赤な溶岩が噴き上がる様子は王都からすら臨めたという。
神妙な顔をした王太子と男爵令嬢を前に、苦い顔をしていた国王は、その異常な爆発音に、驚いて窓から、音がした方角を見上げた。
真っ黒い噴煙が立ち込める空を焦がす赤い溶岩が噴き出る様子に驚いて、王太子たちのことなどすっかり頭から消え去っていた。
もっとよく見える場所を目指して、王城の見張り塔を駆け上る。
その後ろを、手と手を繋いだ王太子と男爵令嬢が追いかけた。
「この世の終わり、……この国は、終わるのか」
自然の驚異を前に、呆然と立ち尽くす国王の後ろで、王太子と男爵令嬢は心をひとつにして願った。
──大地を冷やす、雨を。雪を。雹を。
ふたりの魔力は重なるように織り上げられていき、リリア山にだけ、ぶ厚い雪雲が生まれたという。
実際の所、急激に表面のみを冷やされた溶岩が一部で爆散したり、それはそれで被害が出て大変だったようだが、噴火が続いていたならばそれ以上の広さの土地が噴火による被害に飲み込まれ、被害は数倍にも及んだだろう。
いくらこの国の王族、それも次代の王たる王太子であろうとも、当時の現国王ですら不可能な、あまりにも人知を超えた魔法に驚いた国王は、王太子の使った魔法についての研究をすることにした。
最初は、王太子ひとりを対象としていたが、あまりにも再現性が無いことに痺れを切らし、また王太子の心が不安定になったこと、あの場に一緒にいた男爵令嬢も王太子と同じくらい不安定で食事も摂れなくなっていると知った国王は、専門家と話し合った結果、当時と同じように、ふたり手を繋いだ状態での魔力を測定したのだ。
「それが国王の十倍以上の効果が発動したっていうんだから。誰だって驚くよね」
王太子ひとりでは王の半分程度しかなかったのだ。
男爵令嬢と手を繋いでいること、その効果を認めずにはいられなかった。
男爵令嬢と手を繋げば誰とでも、というものでもなく、ただ王太子と男爵令嬢だけが特別だと分かるまでそれほど掛からなかったという。
結果として、王太子の婚約者は自分から身を引いた。
彼女の家の領地が、王太子と男爵令嬢による魔法によりその噴火の被害を受けずに済んだことも大きな理由だという。
僕はページを捲る手をとめ、詰めていた息をはいた。
ぺらりぺらりと読み終わったページを戻り、その文字を追う。
──ただ王太子と男爵令嬢だけが特別
その文字に、自分たちを当て嵌めずにはいられなかった。
「こんな風に、僕とブレトも、特別、ということなのかな」
ページを読み進めていく度に、僕の胸が高鳴った。
私はなにをこんなに長くちまちまと書いているのでしょうか(混乱




