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「……ブレト・バーン、か」
「ブレトは、ブレト卿は何も悪くないです。僕が勝手に、好きになっただけです。ですから、彼から今の地位を奪うことだけは、それだけはお許しください。どうか、僕の次の王太子、ハロルドになるのか誰になるのか分かりませんが、その側近として指名して頂けないでしょうか。もしそれが叶わないというなら、せめて近衛に戻して欲しいのです。お願いします」
さすがに、父親に向かってブレトを好きだと主張するのは恥ずかしかった。
でも、顔を見て、最後まで言い切る。
顎のあたりを擦り続けたまま、黙り込んでしまった父の横で、じっと裁定が下されるを待つ。
父の視線は、僕から逸らされることはなかった。
自分によく似ていると言われる金色の瞳から目を逸らしたら負ける気がして、顔を背けたくなるけれど、じっと我慢した。
自分の心臓の音だけが響く部屋で、どれくらいそうしていたのか。
もう父から声すら掛けて貰えないのかと、絶望に陥りそうになった頃、ようやく父がその薄い唇を開いた。
「……ディードリク、お前は、ブレト・バーンと共に歩む人生を、自ら諦めるのか?」
「はい?」
なにを問われているのか、すぐには分からなかった。
首を傾げた僕に、父は重ねて問い掛けた。
「ブレト・バーンの手しか欲しくないと言いながら、お前はブレト・バーンを次の王太子の側近にしろと言う。ブレト・バーンがお前以外の他の誰かの手を取って、本当に構わないのか。お前以外の誰かのために、命を懸けて守っても?」
その言葉を聞いた時、心臓が破裂するかと思うほどの衝撃を受けた。
「え? あ……」
はくはくと、唇が戦慄く。返事をするどころの話ではなかった。息を吸いたいのに、それができない。それすらできない。
ぐにゃん、と視界が歪んだ気がした。
「あぁ、落ち着け。息をするんだ。そうだ、ゆっくり。そうそう上手だ」
父上の手を背中に感じ、言葉の誘導に従って息をする。
ようやく肺へと酸素が入ってきて、昏くなった視界が戻ってきた。
「ディードリク、お前。それほどまでにブレト・バーンを想っておきながら、何故手放そうなどと考えたのだ」
「え。だって……だって僕もですけど、ブレトだって貴族としてその血を次代に継ぐ義務を負っているし、綺麗な令嬢たちから誘われているんだそうです。……僕以外の誰かと、幸せそうに手を取り合うブレトを、傍で、見たていたく、なくて」
言葉にすれば、あまりにも醜い心だった。
醜すぎる。これは嫉妬だ。
本当は僕が誰かの手を取るのが嫌なだけじゃない。
ブレトが誰かの手を取って、笑う姿を傍で見ることになるという未来が、一番嫌だったんだ。
醜すぎる本音を暴かれて、肩をぎゅっと竦めて項垂れた。
「……なぁ、ディードリク。お前がまだドランから教えを受けていた時、魔法が安定しないと言われていたな」
「はい」
すっごく調子が良くて軽々と扱える時と、重くて発動もままならなくなる時があって、自分でもどうしてなのかまったく分からなくて苦しかったあの頃。
今は、栄養状態が悪すぎたんだと理解している。
「そうして。今回の事件で、お前は助けにきたはずのブレト・バーンが魔法陣の罠に陥そうになった途端、それまで発動できなかった魔法を揮い、窮地を脱するどころか敵を一網打尽にした」
「はい」
なにが言いたいのか分からなくて、でも父の言葉に間違いはないので頷いた。
もしかして、それだけ僕がブレトを好きなんだろうって指摘がしたいのだろうか。
カーッと顔が熱くなってくる。ううう。そんなこと今更指摘されなくたって、分かっているのに。




