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「ここだ、ここ!」
席同士がパテーションで区切ってあるの分、普段騎士たちが集まって騒ぐ酒場より少しだけ落ち着いて話ができるその店の一番奥の席。そこにひとりで陣取り、手を挙げるサーフェスを見つけて、ブレトは表情を引き締めた。
「お待たせしましたか」
すでにアルコールの匂いをさせてご機嫌な様子のサーフェスの隣へ座りながら、両手に信じられない数のジョッキを運んでいる最中の給仕係に向かって手を振った。
そうして、自分の分とついでに空になりかけているサーフェスの分のお替りも注文する。
給仕係は他の客へと持って行く最中だったジョッキを、あっさりと仕立ての良さげな服をきたふたり組の席へと配って去っていった。
サーフェスが頼んだ、肉肉しいツマミが並んだテーブルを前に乾杯を交わす。
ごくごくと喉の奥へと流し込まれるエールの泡を口元につけたまま、サーフェスが口を開いた。
「どうだ。あの糞生意気な侍従兼側近候補の奴はちゃんと〆て泣かせたんだろうな」
「ディード様が怒ってもいない相手を、俺が〆る訳にはいかないでしょう」
本当は、今日も喧嘩になりかけましたとは、さすがに言えなかった。
あまり本題以外で白熱しそうな話題をしたくなかったのもある。
「なんだと。お優しいディードリク殿下にはできないからこそ、お前が憎まれ役を買って出なくちゃ駄目だろうが」
「いやぁ、無理ですよ」
「あはは。久しぶりに聞いたな、お前が『無理』っていうの」
笑って指摘された言葉を、笑顔で受け流すことはしなかった。
「無理です。俺、ディード様の側近を、辞めようと思っているんで」
あれだけ懸命にどう伝えようか悩んだその言葉は、あまりにもあっさりと口から零れ落ちて行った。
張り詰めていた何かが身体から抜けていく。
それだけ無理して、緊張していたということなのだろう。
能力も地位もなにも持っていない自分が、ディード様のお近くにあろうと無理を重ねてきたつもりではあった。けれどもやっぱり、無理は無理でしかないのだなぁと自嘲した。
手にしたジョッキを呷ったけれど、中身はとっくに空っぽだった。
追加を催促するように店員に向かって掲げて見せると、すぐに新しいエールと交換して貰う。
ぐっと呷れば、今日一番、いやこれまで飲んできたどんなエールよりも苦く感じた。
「側近を辞めて、どうするんだ」
「騎士団に戻りたいなと思って。本日はその相談をするために、お呼びしました」
ジョッキをテーブルへと置いて、膝に手をつき、頭を下げた。
「うわぁ。ひさしぶりに部下とじゃない、俺より高給かもしれない男とサシ吞みに誘われて浮かれた俺の気持ちを返せよ」
「すみませんでした。勿論ここは俺のおごりです。それですね」
「騎士団へ戻りたい、っていうのか。ディードリク殿下の信任を誰よりも得ておきながら」
「大丈夫ですよ。王太子であるディード様にはすぐに素晴らしい婚約者もできるでしょう。それに、武官でしかなかった俺には、王太子殿下の側近としての仕事は、やっぱり荷が重すぎるんですよね」
自分で口にしながら、あまりの不甲斐なさに顔が上げられなかった。
胸が、苦い。痛い。苦しい。
けれども傍にいることで、自分がディード様のお役に立てる気が、まったくしないのだ。
足手まといになるような側近は、必要ない。自ら去るしかない。
「……」
苦い顔をして黙り込んでしまったサーフェス騎士団長へ、熱意を伝えるべく、言葉を続ける。
「国境警備でもいいんです。一兵卒として、やり直したいと思います」
本気なのだ。本気で考え抜いて、こうしてサーフェス騎士団長へ申し入れをしている。
なのに、返ってきた言葉は
「この国を潰す気か、ブレト・バーン」
バン、とテーブルへジョッキを叩きつけられた。つよく睨まれて、鼻白む。
「何を言ってるんですか。俺が王都からいなくなった程度で、なんで偉大なる現人神である王族が治めるこの国が潰れることになるんですか。意味が分かりません」
なんの冗談かと笑い飛ばした。
「あー、くっそ。能天気か」
「むしろ俺としては、無能者である俺がいても役に立たないどころか、邪魔しかできないなと、ようやく決心がついたっていうかですね」
せっかく綺麗に整えてあった髪をぐちゃぐちゃに掻きまわしているサーフェス団長に、現状を知って欲しくて説明を始める。
いや、始めようとしたところで。
「こんの、ど阿呆が!!」
「?!」
思い切り、どやされた。
「お前は、なーんにも見えていない! この鈍感馬鹿男が!!」
ほんとだよ、この鈍感馬鹿男め




