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「最近のディードリク殿下ってば、ずーっとなにか悩んでますねー」
ポールから話し掛けられたものの、俺は顔も上げずに適当に返事をすることにした。
「そうだな」
そんな俺の薄い反応に負けることなく、ポールが会話を続ける。
多分、自分が得たい情報を手に入れるまで続けるつもりなんだろう。
「ブレト卿、何か知ってたりします?」
「知らん」
「やっぱり婚約者を決めかねてるんですかね。誰になるんでしょうねぇ。美人っていうならディードリク殿下が一番だし、頭が良いのもディードリク殿下に敵う令嬢なんていませんもんね。決め手に欠けるというか」
「……うるさい、仕事しろ」
だから切って捨てるような回答をしたのだ。
「ブレト卿も相談して貰えてないんですね。だから、そんな風に怒るんでしょう?」
失礼過ぎるポールは好き勝手言いたい放題した挙句、なぜか満足そうに笑った。
憎たらしい、笑顔だった。思わず目が据わる。
「俺はまだポール卿の失態を許した訳じゃないから」
鼻歌まじりで執務室の整頓を続けるポールの背中に向かって、悔しさ紛れに言い放つ。と、鼻先を歪めて振り向いた。
こんな表情をしなければ、高位貴族の子息といってもいいほど整った顔をしているというのに。不意に出る表情や言葉に品がなくて勿体ないなと思う。
これに関しては、比較対象がディード様になってしまうからなのかもしれないけれど。
あの方に比べたら、たとえ異国の王女王子を連れてきたとしても、きっと間違いなく、格がちがうと感じてしまうだろう。
「うわぁ。まだ言ってる。別にブレト卿に許して貰わなくったっていいですよ。ディードリク殿下から何にも叱責されてもいないことを、いつまでもグチグチうるさいですね」
馬鹿にしたように言い切られてしまった。悔しいけれど、ディード様が何も言わない以上、俺が責めるのもおかしいという気は確かにする。
「くっ」
「そろそろお茶の時間なんで、用意してきますねー」
ポケットに入れていた時計で時間を確かめポールはあっさりと出て行った。
朝イチで、国王陛下よりお呼び出しが掛かったディード様は、まだ帰ってきていない。
「はぁ。俺ひとりでは、何も捗らないものだな」
それに関しては、行軍で留守番を命じられた時に痛感している。
元々が騎士なのだ。苦手というほどではないが、書類仕事が得意かと言われたら、そんなことはまったく無いし、そもそも護衛を兼ねた側近が判断を下していいものでもない。
「本当に。お役に立ってない側近だ」
そろそろ引き際なのかもしれない。
ディード様はきっと、もうすぐ婚約者を得られる。
王太子であるディード様に相応しい、可憐で美しい素晴らしい令嬢に違いない。
並んでいる様は、きっと一服の絵画のように美しいだろう。
自分のような、武骨で役にも立たぬ無能とは違う。素晴らしい御方がお傍に侍り、ディード様を支えるようになるならば、自分のような無能を傍に置く必要はなくなる。
あれほどの窮地に駆けつけて、結局何もできないままに無様に転んで終わった自分の情けなさに、ため息しかでない。
シルフィード号にも怪我をさせてしまうところだった。
無事だったのは、偏にディード様のお陰に過ぎない。
結局、ディード様は、ご自身の力で罠から逃れただけでなく、相手先へその罠を押し返してすべての盤面を見事ひっくり返して勝利を手に納められた。
更に、先日の彼の国の使者へ対する抗議も立派に果たされた。
ディード様は、ご立派だった。
立派な、王太子殿下だ。
「もう、俺が守るべき幼くか弱い王子は、どこにもいないんだな。いいや、最初からそんな王子はいなかったのかも」
誰より強く、美しい我が国の王太子殿下。
魔法陣を把握した際の、圧倒的な力を行使するディード様は神々しいまでに美しかった。
俺と、シルフィード号しか見ていなかったことが、もったいないと思うほど。
白金の髪が翻り、その細くちいさな身体からほとばしる魔力が煌いて可視化するほどだった。
グランディエ国の次代の王。王太子ディードリク第一王子殿下。
連綿と続くグランディエ王族として、次の現人神たる資質を、国内外に広く知らしめたのだ。
それを喜ぶことが上手くできない自分が、なんとも愚かで情けなかった。
「あーっ。くそっ。俺はなんでこんなに無能で、器のちいさい男なんだ」
ひとり残された執務室で、未だ慣れることのない報告書を前に、愚痴る。
机に頭を乗せると、ひと際大きなため息が出て行った。




