第09話:祓い屋と女子校生、とりあえず祓ってみる
結局、祝詞とかはそのまま使いました。
いつかはオリジナルの呪文や祝詞を考えたいものです(汗
三日目。
午後八時二十七分。
清達は再び游外島へと出向いた。
歴史の闇的な部分や、それと幽霊との関係性などの調査は、葉子の意見も参考にして、ボビーの部下やボビーのツテで見つけた言語学者に引き続き任せる事にし、自分達は自分達で再び幽霊と会うべきだと思ったのだ。
確かに国籍不明機が地表殲滅爆弾を落としたかもしれない可能性は看過できないが、清の仕事は除霊であって、歴史の闇を暴く事ではない。
幽霊の正体を暴くために、その情報が必要になる可能性もあるかもしれないが、まだ試してない方法もある。そしてそれを試せば少しは、ちょいとブラック気味になりつつあるボビーの部下達の労力を削減できる……そう判断した上での行動だ。もちろん、得手不得手の問題もあるだろうが。
「ッ!? …………いた」
津積夫妻の操縦する船で、昨夜、幽霊と会った地点まで来てみると……幽霊は、昨夜と同じ場所で海を眺めていた。
顔がブツブツだらけで、そのブツブツのせいなのか顔が腫れ上がっていて、正直お岩さんよりも不細工であるが故に、表情からその心の中は分からないが、清達にはなんとなく……女物のドレスを着た幽霊が、感傷に浸っているように見えた。
清達は複雑な気持ちになった。
これではまるで、自分達が相手している幽霊が、すでにこの世の存在ではないのに、長い間この世に留まったりした、などの原因でトチ狂った幽霊ではなく、一人の歴とした人間のようではないか。そしてそんな彼女の正体も知らず、ただ邪魔だという理由で強引にこの世から排除しようとする自分達は、いったい何なのだと。
いや、わざとそういう演技をする幽霊もいるにはいるのだが……霊能力を持つ清と葉子は、直感で分かった。
――この幽霊は、狂ってなどいないと。
しかし仕事は仕事である。
プロは時にそういう感情を捨て、非情にならねばならない。
幽霊にはとても悲しい事だが、この世の人間の事情もあるのである。立ち退いてもらった後で、ちゃんと正体を突き止めて、改めてお焼香するからと……清は心を鬼にして、幽霊と向き合うために上陸した。
ちなみに今回、幽霊と会って試す手段とは……いつも通りの除霊術である。
行使した除霊術が弾かれてしまう可能性も無論あるが、弾かれるなら弾かれるで弾かれるメカニズムを少しでも解明できれば御の字だ。
「タイラーさん、常盤さんも……結界を張るのを手伝ってください。西の魔女さんが最近開発した新作の結界杭です」
「ほぅ。西の魔女の新作か」
「新作? どんな効果の結界なんですか?」
「術者の霊力を増幅する『オーバーレイ』を覚えていますか? あれと同じように術者の霊力を増幅して、その波動を結界内で炸裂、さらには乱反射させるという、エグい仕様の……悪霊滅殺用の結界の強化版と言ったところです」
ボビーと静の質問に、清は結界杭や破魔札を二人に渡しながら答えた。
「先生、私は?」
「お前もだ。ほれ。この杭、重たいからしっかり腰に力を入れろよ」
「こ、腰に力をッ!! つまり腰砕けにならないよう気をつけろと! せんせぇ、ついに私を……っておもォォォォ――――ッッッッ!?!?」
「だから言っただろ。重いって」
清は、いつも通りな助手を呆れ顔で見つつそう言った。
結界杭を、幽霊の周りの地面に突き刺していく。
さらに、念には念を入れ、杭に破魔札を貼り、その周囲の地面にも破魔札を配置する。その様子を、幽霊は黙って見ていた。いったい自分がどうなるのか、今まで彼女に相対した別の祓い屋達の行動から考えれば分かるハズなのに。まるで己の運命を素直に受け入れている……いや違う。清は幽霊が自分達に対して憐憫にも似た感情を向けている予感がした。まさか、これでもまだ己を祓うには力不足だとでも幽霊は言いたいのか。
※
数分後。
結界杭と破魔札による二重三重の結界が展開・発動した。
これで少なくとも、内部で炸裂する霊力が結界の外に漏れ出る事はない。
「よし、じゃあ次は……除霊用と霊視用の霊力の確保だな。ほれ、お前は霊視担当だ。ちゃんとそれ飲んで食って、いつも通り座禅して精神集中だ」
「うげぇ。またクロイモリエキス配合のリポビタミンXとマンドラゴラの果実入りのガロリーメイトDXですかぁ」
清が投げて寄越した物を受け取り、嫌そうな顔をするものの……葉子は意を決し飲食した。
霊力の回復や成長に効果がある飲食物である。
なにせ相手は除霊術を弾く幽霊。どんなイレギュラーが起こるのか不明な部分があるため、念には念を入れたのだ。
もちろん清も、葉子と同じ物を飲食した。
しかし清は嫌な顔一つしない。まさか大人になってビターな味に慣れるように、あれらにも慣れたのか。
「阿倍野よ、我々はどうすればいい?」
ボビーが、座禅をする前の清に訊いてきた。
自分達にできる事があれば協力したいのである。
「あー。では、幽霊と意思疎通が可能か試してみてください。そこから何か突破口が見つからないとは限りませんから」
そう言って清は、座禅を開始した。
その隣で葉子も、座禅を開始した。
清の集中力が高まる。
そして葉子は……清の隣という状況のせいか頭の中がいろいろと暴走していた。次々に頭の中でピンク色な妄想が炸裂し始め――。
「オイ。仕事しろよ?」
ドスの利いた清の声がした。
「え、い、いやだなぁせんせぇ! 私ちゃんと精神集中してましたよぉ」
「それにしては全然霊力が上がったように見えないんだが。こうなったら最終手段だ。君にはさらに、西の魔女さんが南米出身の霊能者から仕入れたアイテムを基にして開発した新作ドリンク『メノウアナコンダの目玉の粉末入り極超炭酸ヴァンダベロンEX』を飲んで――」
葉子は慌てて精神を集中した。
一方ボビーと静は、幽霊との意思疎通を試していた。
とりあえずは「こんにちは」を始めとする日常で使う挨拶からだ。すると幽霊は挨拶をしたボビーにペコリと頭を下げた。どうやら言葉は通じているらしい。謎の言語を使うというのになぜこちらの言葉を理解しているのか、と疑問に思ったが、ボビーはとにかく続けた。次は長い会話に挑戦だ。
「私の名前はボビー・タイラー。タイラー・コーポレーションという企業の者だ。実は私の知り合いが、この島に新たに宿泊施設を造ろうとしているのだが、どうも彼は、君の事を酷く怖がっていてね。できれば立ち退いてもらいたいのだがどうだろうか? 君の身元は我々がキチンと調べて、お墓参りをしようと思うのだが……一緒にこの島から出ないか?」
すると幽霊は、微妙に表情筋を動かした……気がした。なにせ顔が腫れているのだ。表情がまったく読めない。だが、敵意や殺意の類は感じられない。どちらかと言えば困っているような雰囲気が漂っている。
「タイラーさん。もしかして、彼女はこの島から出られないんじゃないですか?」
「まぁ、地縛霊のようだしな」
静の意見を聞き、ボビーは難しい顔をした。
「だが高位の地縛霊はその場から移動できると阿倍野から聞いた事がある。私の先祖の遺した記録書にもそう書いてあった。そして我々と会話を成立させられるほどの君ならば、この島に寄った船にでも乗れば、簡単に本土へと移動する事ができたハズだ。なのに出られないという事は……やはり君には何かがあるのか? そしてその何かとは、何だ?」
ボビーは、幽霊を見ながら訊いた。
幽霊は、さらに困ったような顔をした……次の瞬間。
「よし。行けます、タイラーさん」
「イクんですか!? イクんですかせんせぇ!? もしイクんだったらせめて私と一緒n「除霊の話だよ。そう言う君の霊力は……まぁいいだろう」
清達の準備が、整った。
「ああ。始めてくれ、阿倍野」
ボビーは、まだ幽霊との対話を試してみたいと思ったが……時間なら仕方ないと割り切り、清に指示を出した。
「汝、現世の因果に囚われ彷徨える霊よ」
「今こそ在るべき処――輪廻の輪へと還り給え」
「天魔覆滅悪鬼調伏悪霊退散』
清は頷く。
と同時に結界へと、彼は溜めに溜めた霊力を流し込み……結界内に霊力の奔流が生まれ始める。
それは、常人には見えない力。
この世に確かに存在し、我々の中にも確かにあり、さらに言えば世界を動かしている要素の一つと言っても過言ではない力だ。
「ふぉぉぉ!! 我が両目に、今こそ呪わしき因縁云々……霊視眼、解放!!」
そして葉子は、なんだか相手に幻を見せかねない勢いで霊視を開始し――。
「…………えっ? こ、これって……!」
――予想外の事実を、その双眸で目撃した。




