第07話:祓い屋と女子校生、謎言語を聞く
清達は……幽霊と、目が合った気がした。
遠くて分からないが、おそらく、そうではないかと予感していた。
清の、葉子の、ボビーの、静の全身が、まるで蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。
呼吸はどうにかできる。だがそれ以外がまったく動かない。下手に動くと敵意を相手に抱かせて……あらゆる除霊術を弾く視線の先の幽霊が、自分達を襲うのではないか。
そんなヴィジョンが、清達の脳裏を過る。
しかし当の幽霊は、目が合ったと思った瞬間から……一切何もしてこなかった。
まさか相手も、自分達と似たような心境なのか。
清はふとそう思ったが……そこまで自分の霊力は強くないハズだと、思うだけで悲しくなるような事実まで思い出し心の中で涙を流す。いや確かに、今回の依頼を蹴った東西の魔女や加藤のような存在よりは弱いけどさ。
「せ、んせぇ……」
するとその時だった。
葉子が、乾いた声で清を呼んだ。
まだ動いたりするな馬鹿、と清は思わず言ってしまいそうになった。
言ってしまえば……あの幽霊が、どんなアクションに出るのか想像がつかない。だから彼は、何も言わなかったのだが……途中で気づいた。
それでも視線の先の幽霊が……何のアクションもしない事に。
「あ、阿倍野よ」
おそらく葉子が喋っても大丈夫だった事から安心したのだろう。ボビーも清に声をかけた。
「もしや相手の幽霊は……基本的に無害なんじゃないのか?」
「…………可能性は、ありますね」
清は、幽霊を見据えながら口を開いた。
「そもそも、除霊術をぶつけられるほどの至近距離まで近づけた人がいるんです。報告書に相手の幽霊の詳細が書かれていませんでしたから、我々はそれくらい強い幽霊を相手にするんだ、と知らず知らずの内に勘違いして……今まで無駄に怯えていたかもしれないです」
もし本当にそうだとしたら、なんと間抜けな話だろうか。
そしてもしもそうであるならば……やる事は一つである。
「船男さん、波江さん、海岸に船を近づけてください。幽霊に近づいて視ます!」
清はすぐに、津積夫妻へと指示を飛ばした。
※
清達は、幽霊がいる小山の中腹を目指して歩き出した。
一応、慎重に慎重に……幽霊の細かい動きを注視しながら。
何がキッカケで幽霊に不快感を与えるか分からないからである。
たとえ無害の幽霊であろうとも……普段は大人しい人でも、たまにブチギレる人がいるように、相手がなんらかのキッカケで怒らないとは限らないのだ。
そして、幽霊まであと十メートルを切った時だった。
突然、静が「ひっ」と小さい悲鳴を上げた。遅れて葉子も「うっ」と、顔を硬直させながら声を上げた。
しかし清は、今度は怒らない。
怒ろうとする気は起きなかった。
なぜなら、彼自身も同じ気持ちだからだ。
「あ、阿倍野よ」
「今は何も言わないでください、タイラーさん」
清は小声に、小声で返した。
いや、何か言いたい気持ちは彼にも分かる。
しかし、それを目の前の……ブツブツだらけで、常人よりも腫れてしまっている顔――単純に言えば、お岩さん以上に不細工な顔の幽霊にだけは……聞かれるワケにはいかない。
もしそれを言ってしまえば、あらゆる除霊術を弾いてしまう幽霊による一方的な超暴力が起きてしまう可能性もある。
というかそれ以前に、まるでローレライの歌のように、聞いた者の体がなんらかの変調をきたす子守歌を、至近距離で歌われてしまえば……さすがに、ヘッドホンの音楽で防ぎきれるとは思えない。
なので清は、幽霊の気が変わらない内に行動を開始した。
至近距離から、相手の幽霊を霊視……すなわちその身より放たれし霊波動から、相手がいったいどういう存在なのかを読み取るのだ。
霊視とは、野生動物などが持っている第六感による危機察知のようなモノだ。
地震が発生する前に、その地域にいる動物が姿を消す事があるが、まさにそれと似た事をしている。すなわち、動物の場合は地球より放たれし電磁波――地球自身の霊波動と呼ぶべきモノを察知しており、そしてそれと同じ要領で、清は目の前の幽霊の霊波動の読み取りを開始する。
しかし、途中で清の顔が険しくなった。
まるで急に近視になったかのように眉間に皺を寄せている。
「あ、阿倍野さん? 大丈夫ですか?」
さすがに心配になり、静が話しかけた。
「あー、大丈夫です。俺自身は」
静に言われて、ようやく自分が変な様子であった事を自覚したのだろう。思わず苦笑しながら、清は言った。
「問題はこの幽霊です。必死に霊視してはみたんですが……まったく、できないんですよ」
「「まったく、できない??」」
まさかの返答を聞き、今度はボビーと静が眉間に皺を寄せた。
「ええ。気配こそ感じるんですが……おい、お前もちょっとやってみろ」
「え? 私もやってみていいんですか!?」
まさかの指名(名は言われていない)に、葉子はテンションを高くした。
「こ、これはまさか!? 『せ、せんせぇ……わ、私にはできません!』『ん? どこが難しいんだい?』『こ、こことここが』『ああ、そこはこうすれば』『せ、せんせぇ……あ、当たってましゅ』『おや? 何が当たってると言うんだい?』という流れですね分かります!!」
「何がどう当たったりしてるのか分からんがとっとと霊視してみろ。やり方は前に教えた方法でね」
いつもの葉子ちゃんの脳内劇場をいつものように流しながら、清は彼女に淡々と指示した。
「ふぉぉぉ……私の右目が今こそ疼く! 栄光の未来を刮目せよと轟き叫ぶぅ!」
葉子はなぜか、厨二病な台詞で気合を入れた。
「……なぁ、阿倍野よ。お前の助手、大丈夫か?」
「気にしないでください。アレがあいつの通常運転です」
清はバッサリと断言した。
それから、数秒後。
「せ、せんせぇ……」
葉子は大量の涙を流していた。
悲しいのではない。目を酷使しすぎてドライアイになり、涙が止まらなくなってしまったのだ。
「ぜ、全然……霊視できませぇん」
「おいおい、そこまで無理してまで霊視しろとは言ってないぞ?」
清は微妙な顔をした。
「う~ん。女性の方が先に〝子守歌〟の影響を受けたから、もしかしたら女性の方が幽霊と波長が合いやすくて、霊視もしやすいんじゃないかと思ったんだが」
そして改めて、なぜ霊視ができないのかを考えた。
存在感は、ある。
霊視能力がないボビーや静でさえ目の前の幽霊を目視できている。そして、幽霊の存在を認識している。だから少なくとも、目の前の幽霊は幻の類ではない。にも拘わらず目の前の幽霊からは、幽霊ごとに微妙に異なる独自の霊波動がなぜか感じ取れなかった。
「もしかして、除霊術が弾かれるのと関係があるんでしょうか?」
悩む清を見かねて、静が意見を出した。
「かも、しれませんね」
清は首を傾げながら答えた。
「でも、いったいどんな理屈が働いてこんな――」
結局、静の意見を以てしても。
霊波動が感じられなかったり、除霊術が弾かれたりする原因は……清にも分からなかった。
とそんな彼らに、新たに意見をする者がいた。
『んまうなゆあそゆみらめちぇうぇ みまうおりうけんれぃんひん えまうあれぃままれぃうぇまんわけかんのえわな えまうれまそんひめわま』
突然の謎言語に驚き、思わず四人は同時に発生源へと目を向けた。
すると、そこにいたのは……例のブツブツだらけの幽霊であった。
今回登場した謎言語は、オーバーロード語の変換サイトとイカ語なる言語の変換サイトをご利用させてもらい作りました。
サイトを作ってくれた方、おかげ様で書けました。誰だか知らんけど(ぇ




