第21話:加藤真人、質問に答える
大陸の奥深く。
かつて、とあるデカいゴリラ映画の撮影にも使われた地域のさらに奥……そこには日本を追われし霊能力者集団『加藤一族』が住まう屋敷が建つ領域がある。
そこは、東洋の神話などでは桃源郷と語られる領域。
様々な善性の魑魅魍魎や、力あるが故に大多数からの迫害を受けた特殊な人間達が寄り添い、創り上げた理想郷。伝承通り、まるで時間が止まっているかのように桜が咲き、花弁が舞い続ける……一種の異界。
加藤の屋敷は、その中心部にあった。
まるで、古き良き日本家屋のような外装の屋敷だ。
そんな屋敷の庭に、赤いアオザイを着た一人の女性……否。
男性にも女性にも見える、中性的で端正な顔をした一人の男性がいた。彼は地面に広げたレジャーシートの上に座り、その手に倭禍山県の、ご先祖様の故郷の地酒を入れたお猪口を持っている。
彼の名はイーユェン。
またの名を加藤真人。
清と葉子をリモートで助けた、あの加藤一族の現当主だ。
彼は自宅の庭に生えている満開の桜を肴に、ボビーから送られたその地酒を飲み……かつて関わった游外島関連の事件に思いを馳せた。
「イーユェン様!」
するとその時。
この国における彼の名を呼ぶ声が、庭に響いた。
一人酒を邪魔された。
ハタから見ればそんな状況だが、彼は気にしない。そもそもこうして呼ばれる事は、呼んだ者の仕事ぶりからして、ある程度予測できていた。
「情報は手に入ったのか? ソユン」
庭へと入ってきた、十五歳前後だろう少年を見ながら、イーユェンは訊ねた。
ソユン。
イーユェンがかつて、大陸のスラムで見つけた霊能力者。
式神や、使い魔の類を使役する才能に長けており、物心ついた頃からそれをスリに利用していたけれど、イーユェンにその才能を見いだされた事をキッカケにして大陸の祓い屋こと、イーユェンの弟子となった少年である。
「はい! イーユェン様のおっしゃった通りでした! ミサキ・シズカをイジメていた者達はみんな、彼女が死んだ後に……爆撃から逃れてはいるものの、全員不審死を遂げています!」
「そうか……まったく。学校とオカルトは切っても切り離せない関係だが、まさか御前静香をイジメていた連中があんなのを喚ぶとはな」
ソユンが、使い魔を使った情報収集により得た新たな情報を聞き、イーユェンは酒がマズいかのような渋い顔をした。どうやら彼も、レアリーと同じく……最終局面で怨霊共を地の底に引きずり込んだ〝何か〟の正体を知っているらしい。
「イーユェン様。ご存知の通り自分も、使い魔の目を通し、あの島の出来事を見ていましたが……〝アレ〟はいったい、何なのですか? 自分にはまったく分かりません」
ソユンは、表情を引き締めながら師へと訊ねた。
イーユェンの双子の人造妖魔が日本に入国するのとほぼ同時、除霊の研修として使い魔を飛ばすよう、彼は師イーユェンに指示を出されていたのだが、どうやら彼も、使い魔を通じて〝何か〟の存在を感じたらしい。
すると師たるイーユェンはフフッと、彼が本当に女性であれば、ほとんどの男性の心を鷲掴みにするであろう笑みを弟子に向けると――。
「名を呼んではいけない存在」
――顔とはマッチしない、物々しい口調でそう答えた。
「………えっ? それは」
「いや、正確には……名づけちゃいけない存在、かな?」
「どっちにしろ、よく分かんないです」
その答えを聞いて困惑する弟子に、師は表現を訂正しつつ改めて言うが……それでも、弟子には意味不明であった。
当たり前か、とイーユェンは思った。
彼も先代から聞かされた時は困惑したからだ。
「ソユン、名前ってどういうモノだと思う?」
ならば、と彼は、先代もそうしたように別方面から説明していく事にした。
「名前、ですか? オカルト方面での?」
「ああ」
「……その人の運命などを縛るモノ、ですか?」
「正解だ。だから人は名前の画数などに拘ったりする。そして我ら霊能者は、使い魔に名前を与える事で……我らよりも上位種ではない限り、喚んだり創り出したりした使い魔を従属させる事ができる」
イーユェンはそこで、シートの上に置いた地酒の入った瓶から、新たにお猪口に地酒を注ぎつつ……話を続けた。
「そして今回の事件の最終局面で出てきた〝アレ〟についてだが……その〝運命を縛る〟効果を与えてはマズい存在だ」
「…………えっと、それはどういう……?」
「〝アレ〟はそもそも、我々や魑魅魍魎が認識できる世界のさらに外側に存在する存在だ。四次元以上の高次元か、この宇宙の外にある別の宇宙か……はたまた時空の狭間かは知らんがね」
ソユンの質問に、イーユェンはまたしても物々しい口調で答えた。
しかも、大学の次元物理学辺りで本格的に習いそうな概念を添えて。
「普段は自分の領域に引っ込んでいるが、こっちの世界に何か面白い事があれば、時々介入するような気まぐれな存在だ。しかし奴には奴の、我らには我らの世界の法則がある。それぞれがそれぞれだからこそ存在しうる、独自の法則がな。なので下手にこの世界に降臨すれば、かの『スペース・ウォーズ』の異星人のように途中で死ぬ。こちらの世界で存在するためのエネルギー源がない上に、世界の修正力を食らうからな。だから〝アレ〟は……よほどの勝算がなければ、こちらには基本的に干渉はしない。それでも、過去に数回……先日の游外島の除霊の最終局面のように、この世界に、全身の一部とはいえ、来訪したと思われる記録は存在するがな」
「……え、その流れだと……まさか……ッ」
そこでソユンは、ある事実に気づいた。
「ミサキ・シズカをイジメていた連中は……〝アレ〟を喚んでしまうほどの興味の対象で、しかもエネルギー源になったと?」
「ご明察だ。さすがは我の弟子だ」
イーユェンはニッコリと笑いながら言った。
「おそらく、御前静香をイジメていた連中は、彼女を呪い殺そうと友人達で呪いの儀式でもしたのだろう。そしてその呪力に惹かれた〝アレ〟を喚び込み……イジメていた連中は〝アレ〟と契約した。悪魔の類とでも思ったのかね。どっちにしろ、そのせいで彼らは不幸に見舞われた。〝アレ〟の影響かどうかは分からんが、御崎静香の死後、彼女を呪い続けるための呪具も同然の存在……〝アレ〟に憎悪というエネルギーを永遠に与え続ける存在になるという不幸がな。ちなみに、そいつらの持っていたステルス能力や、除霊術を弾く能力については……〝アレ〟と契約した際に発生した〝現象〟かもしれん」
「現象? 能力じゃないのですか?」
ソユンは首を傾げた。
「なにせ相手は高次元の存在だ。我々に赤外線などの特定の波長の光が見えないのと同じように……〝アレ〟は、たとえ霊能者でも観測できない次元の存在。こちらに来訪した影響でその存在感こそ覚えるだろうが……視覚や聴覚で観測できる存在はこの次元には、おそらく存在しないだろう。そして、除霊術を弾くのも……そもそもが別次元の存在だからな。通用すらしないだろう」
そこでイーユェンは、再び地酒を口に含み……ウットリしつつ話を続けた。
なかなか重たかったり難しかったりする話なのだが、よくそのような顔ができるものである。
「被害状況からして、最終局面で出てきた〝アレ〟にはついてなかったようだが、もしも〝アレ〟に名前をつければ大変な事になっていた。契約だけをした状態よりも、さらに強い、こっちの世界との縁ができて……さらに〝アレ〟の、この世界への出入りを自由にさせるところだった」
「な、なるほど。そういう事だったんですか」
ソユンは、なんとなくだが理解できた……が、まだまだ疑問はあった。
「ですが、なぜ最終局面で〝アレ〟は怨霊共を自分の領域? に引きずり込んだんです? エネルギーが欲しいなら永遠にあの島に留まらせても」
彼の疑問はごもっともだ。
ただ憎悪のエネルギーが欲しいのであれば、そこに御前静香の有無など関係ないだろうに。
「怨霊共が御前静香から、阿倍野清らへと怒りの矛先を変えたからさ」
弟子の質問に、イーユェンは……また酒を注ぎながら答えた。
「〝アレ〟はたぶん、イジメという概念に興味を持ったのだろう。だからこそ御前静香に憎悪という感情を向ける怨霊共のケツ持ちになった。だが途中で怒りの方向性がバラバラになった。それで〝アレ〟は怨霊共に興味を失い、せめて残さず食べようと思ったんじゃないか?」
もしかすると『人を呪わば穴二つ』ということわざは……ああいう存在が在ったからこそ、生まれたのかもな、と思いながら……イーユェンは地酒を口に含んだ。
「最後に二つだけ……質問いいですか?」
「構わん。むしろ知らないままでいると後で面倒な事態になりかねんからな。自由に質問しろ」
出会ってから十年近く経つが……未だに遠慮がちな弟子に対して苦笑しながら、イーユェンは言った。
「……なぜあの島は、男女のペアしか入れなかったのでしょうか?」
「イジメっ子共の考える事だから正確には分からんが、もしかするとドブスな状態に見えるようにした御前静香をリア充共に見せる事で、御前静香を精神的に甚振りたかったのかもな」
何度も言うが、イジメっ子共の気持ちは一ミリも分からんがな……とイーユェンは続けて補足した。
「では、最後の質問ですが……自分達は、本編に登場するんでしょうか?」
「それは原作者の暮伊豆さん次第だ」




