第20話:御前静香に鎮魂歌を
「作中に登場するボクは、別作品の人物です。いやぁ、まさかボクが登場するとはね。時空転移能力持ってるせいかな? サカキさんもよくやるよ」
それからは大変だった。
人的被害が奇跡的にほとんどなかったのは幸いであったが、最後に出現した存在の放つ威圧感によって……葉子がまた失禁したのだ。
他にも失禁した者がチラホラいたのが、彼女の唯一の救いだろうか。
それだけ、最後に現れた正体不明の存在は強大で、未知数であると……清達は、本能で察知していた。
だがこのままでは終われない。
不明な部分が多いままで事件が終わるのはさすがに消化不良だと、最終決戦に参戦した全ての者が……謎の答えはないかと游外島に上陸した。
体調が悪くなる者は……一人もいない。
いったいなぜ怨霊共は縁が強い男女しか入れない世界を作り出したのか。
最後の最後まで誰にも分からなかったのだが……清達は、一度その事を考えるのをやめた。
なぜならば、目の前に。
ついに真の姿を取り戻した、御前静香が現れたからだ。
どうやら戦いが終わるまで、怨霊共に見つからないどこかに隠れていたらしい。
『みなさん。私を……私を助けてくれて……本当にありがとうございますッ』
彼女は嬉しさのあまり、せっかくの美しい顔を泣き顔でクシャクシャにしつつ、清達に礼を言った。
その言葉を聞けただけで、清達は戦った意味はあったと思えた。
「よかったよ。君を助ける事ができて」
清は、微笑みながら静香に言った。
「もう、あんなゲチョグロで醜い怨霊なんかに捕まらないでねッ」
顔を涙でグシャグシャにしつつ、葉子は真剣な眼差しで静香に言った。
彼女の過去を、怨霊の中で見たのだ。同じくイジメを受けた経験のある葉子には思うところもあるのである。
「もしも来世で……まだタイラー・コーポレーションが存続していたら、高校卒業後に来るといい。おそらく君は合格するだろう」
ボビーは、寂しさと嬉しさがないまぜになった顔で静香に言った。どうやら彼女をスカウトするという話は本気なのかもしれない。
「み、御前さん……あの……」
そして静は……言葉に詰まり、目を伏せた。
実家の家族によれば、ある日突然行方不明になったらしい親戚が……ついに成仏する。それに寂しさと嬉しさを覚えない親戚など、いないのだから。
するとその時。
静は、優しい温もりを感じた。
ハッとした静は……直後に涙を流した。
これから成仏する親戚に、優しく抱き締められたと分かったからだ。
『……ありがとう』
静香は、静に言った。
『未来で……私と出逢ってくれて』
そして、御前静香は。
自分の血縁者である常盤静を抱き締めたまま。
――光の粒子となって、静かに消えて逝った。
みにくいアヒルの子と母に言われた彼女は。
白鳥となり、亡くなった後も……とても美しかった。
「……ッ!! み、さきさん……ッ」
それを見届けた静は、ただただ泣いた。
けど途中で、泣き続ける事は彼女への手向けにならないと悟ったのだろう。
彼女は涙を腕で拭うと、もうこの場にいない御前静香へと……歌を献じた。
それは、誰もが一度は聞いた事のある歌。
今回の案件においては、葉子と静と波江が聞いた子守歌だ。
静の歌に、葉子が続いた。
その次に波江が。その他の漁業組合の女性陣が。そして清達、男性陣も続き……最後にレアリーも加わった。
百人以上の男女の紡ぐ子守歌が。
あの世まで届けと言わんばかりに響き渡り……空の果てへ、溶けるように消えていった……。
※
「この場では言いづらいのだが」
ドンチャン騒がしい部屋の中で、ボビーは隣に座る清に言った。
現在彼らは、漁業組合のみんながセッティングしてくれた『御前静香成仏記念』と称した宴会に参加していた。
それも昼間から。
無論、飲酒解禁である。
子供もいるというのに。
というか飲んでいる者の中に……どう見ても漁師ではない者が。
ガタイの良いサラリーマンっぽいヤツが混ざっているのはなぜだ?
「私の部下が、ようやく国籍不明機の正体を突き止めた。あれは御前静香をイジメていた集団の中心人物が……秘密裏に某国から借りた物だった」
「…………………………は?」
まだ一滴も酒を飲んでいないにも拘わらず、清は突然のボビーの話を理解できなかった。いやむしろ、思考速度が鈍くならないシラフの内に話さなければならないと思ったのか……ボビーは清の反応などお構いなしで話を続ける。
「どうもその中心人物は……当時存在した、とある財閥グループの令嬢らしいが、御前静香の関係者による報復を、御前静香の知らない所で受けていたらしい。財閥グループの存亡に関わるレヴェルで、な。だが中心人物は頭が良かった。グループが完全に崩壊する前、自分の財産や、自分がグループから横領した資産の一部を、秘密裏にガチカン銀行に預けていたらしい」
「ガチカン銀行って……あの南欧の、総本山の?」
清は目をパチクリさせながら訊いた。
ガチカン銀行は、現代から百数年後の未来である作中にも存在する銀行である。
正式名称は『慈善宗教協会』というそれは、救世主教の総本山に存在する、かつては聖職者しか利用できなかった銀行だ。だが百年くらい前に法が改正された事で一般人も、衛兵に止められない限りは普通に利用する事ができる銀行だ。
しかもこの銀行。
他の国の銀行とは、ひと味違い――。
「ああ。どんな国からだろうと絶対に干渉されない、世界一安全な銀行だ。おかげで御前静香の関係者も手出しができなかったらしい」
そこでボビーは、刺身をワサビ入りのしょう油につけて食べてから……話を再開した。
「そしてここからは私の想像だが、中心人物はこんな事を考えたんじゃないだろうか。このまま高飛びしてもいいけど、自分が所属していたグループの悪事がいずれ明らかになれば、自分も指名手配をされる恐れがある、と。ところで話は変わるが阿倍野だったら、こういう状況の時どうする?」
「どうって、証拠を全て隠滅するしか……えっ? ちょっと待ってください?」
いきなり話を振られ、混乱する清だったが……葉子が数日前に言っていた台詞を思い出す事で全てを悟った。
「……ま、さか……その証拠……というか、自分が所属していたグループや、そのグループに関係するグループを……戦争を起こして、戦渦にわざと巻き込んで……そのドサクサに証拠を建物ごと消そうとしたとでも?」
「ああ。そして御前静香は、その中心人物の個人的な復讐により……部下の調査の結果と常盤の親戚の証言を合わせると、高校の同窓会に呼び出された後に、なんらかの罠にかけられ、そして戦争を起こすキッカケとして使った国籍不明機に積まれていた地表殲滅爆弾で、ついでに殺された可能性が出てきた。まぁ所詮は想像だ。集まったのも、戦争が始まるか否かの瀬戸際の時代だったためか、嘘と事実が入り混じった情報のみ。実際に何があったかは細かくは分からん」
ボビーは、そこで酒を一杯飲んだ。
「というか、地表殲滅爆弾を……被害状況からして、たった一人の女性を殺すためだけに使う時点でおかしい。こういう想像の歴史をこじつけでもしない限り、納得できないと思わんか?」
ボビーは頭が痛いのか、右手で頭を押さえながら言った。
清も正直、頭痛のするような話だと思った。
だが人間の狂気もある程度知っている彼は……ありえる話だとも、同時に思う。
「もしその話が本当なら、人間とは時に化け物以上に恐ろしい存在だな」
するとそんな二人に、ボビーの隣に座っている静のそのまた隣に座るレアリーが声をかけた。
「というか、あんな存在と契約まで結ぶとは……さすがに狂いすぎじゃないか?」
「は?」「む?」「え?」
そして、さらにレアリーが口を挟んだ直後。
清、ボビー、静の三人は、思わず呆気に取られた。
今こいつ、なんて言った?
「魔女さん、アレについて知っているんですか?」
アレ。
最終局面で怨霊共を地の底に引きずり込んだ……謎の存在。
その正体を、西の魔女たる彼女は知っていると言うのだろうか。
「いや清……お前、唐沢辺りから知らされていないのか?」
清の質問に、レアリーは、彼の師匠の名前付きの質問で返した。
「お前達の業界でも、その概念くらいは――」
しかしレアリーは、最後までその台詞を言えなかった。
「それでは!! この不肖・葛原葉子!! 一曲歌わせていたらきま~~す!!」
なぜか顔を真っ赤に染めた葉子が、いつの間にやらすぐ隣の、宴会場のカラオケ用ステージの上に立ち、声を張り上げたせいで。
「お、おいまさか……ウチの助手に酒飲ませたの誰だオイ」
清はドスを利かせた声を発したまま周囲を見回した。
彼女の保護者も同然の存在の一人でありながら、第三者が彼女に酒を飲ませる隙を作ってしまった自分の情けなさを呪いながら。
しかしそんな彼の事などお構いなしに、葉子は流行りの歌を熱唱する。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰
【ただ、君を知りたくて】 作詞・作曲:リア充撲滅推進委員会 歌:葛原葉子
ボクはただ 君を 知りたくて
ある日 君は ボクの前に現れた
とても忘れられない 出会いだったよね
それ以来 ボクの世界は壊れた
綺麗事ばかりの みにくい世界
だから壊れて 後悔はない
だけどその日から 壊してくれた君が
気になって しょうがないんだよ
美人だとか ドブスとか
そんなの 関係ナイナイナイ
君を少しでも 知りたくて
ほんの少し 近づきたくて
いつかボクが 君の
理不尽な その世界を
壊して しまえるまでに
強く なりたくて
だからボクは まず 君を知りたい
♰ ♰ ♰ ♰ ♰ ♰
ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ……ダンッ!!
採点:六十八点
「ぐぉがぁーん!! なじぇぇぇぇぇ――――――――ッッッッ!?!?」
「いや君、八回は音を外してたよね?」
「ふん! 同じ酔ってる状態でも私の方がうまいぞ! 貸せ小娘!」
「ぬぁにぃ!? あんたも小娘れしょうらぁ!!」
「そういえば、西の魔女さんってなかなかの美声でしたね」
「ああ。カラオケで聴くのは、子種ヶ島に行く前に飲んで以来だな」
いろいろ洒落にならない事態も起こったが。
基本的にはとても平和的な、清達であった。




