第19話:■■■■、超常決戦に参戦す
葉子「さぁ始まるザ――」
清「言わせないからな?」
訓練開始から、三日後。
ついに全ての準備を整え、清、葉子、ボビー、静、さらにはボビーが集めた除霊要員三十四名は、朝の游外島へと上陸した。
ちなみに全員、その手には何も持ってはいない。まさか話術だけで、御前静香に取り憑いている怨霊を祓おうとでも考えているのか。
それならば、なぜ全員、半袖シャツに半ズボンという動きやすい格好をしているのか。というか女性陣……特に静と葉子の半ズボンから伸びる、モデルの如く細くしなやかで、陶器のように透明感のある艶やかな脚がとても眩しい。スカートではない、アスリートの如き格好の彼女達も……また良い。
総勢三十八名は、上陸するや否や……御前静香がいた場所へと向かう。
案の定、彼女はいた。
もしかすると清が除霊術で彼女の殻を、一瞬だが破った事で可能性を見いだし、頻繁に出現してくれるようになったのかもしれない。
彼女の姿を目撃した途端、その場の空気が張り詰める。
下手をすれば自分達に呪いが降りかかりかねない恐ろしい作戦なのだ。しかも、あの清でさえも正直冷や汗レヴェルの。
だがここで引くワケにはいかない。
被害を受けているのは真っ当に生きてきた女性。そして加害者はそんな彼女を逆恨みしている連中。
そんな理不尽な因果は、今ここで断ち切らなければ。勧善懲悪という因果応報な結末を手繰り寄せなければ。真っ当に生きてきた御前静香は、永遠に報われない。
だから、彼らは――。
「総員!! 作戦開始!!」
――ボビーの指示と同時に、ついに作戦を開始した。
「お前らさぁ、いつまでも特定のクラスメイトをイジメてて愉しいの?」
「そこまで来ると、さすがに見ててドン引き!」
「ていうかそんな、いつまでも過去に囚われてるお前らの方がよっぽどキモいぜ」
「だいたいさぁ、そんな事をするのに意味なんてあんの?」
「他人を蹴落とすより、自分を高めた方が将来的に効率的だと思います」
「そんなんじゃ就職した時に苦労するぜ?」
「そうそう。過去より未来を見据えられるような大人になんなきゃ」
「そう考えると、お前らがずっとイジメ続けてきた御前静香ちゃんの方がよっぽど楽に就職できると思うぜ」
「もしも彼女が生きていたら、我がタイラー・コーポレーションの一員にしたいとさえ思う」
「彼女に比べてあなた方は、そもそも就職する気があるんですか? 社会ナメてるんですか?」
「確かにこの世界は弱肉強食な世界だとは思うけど、少なくとも我が社には、他人を蹴落とすような者は一人もいないぞ」
「ねーちゃんは言っていた。イジメってのは、本当に弱いヤツこそがする事だと」
「本当に強いなら、それに見合う言動を心がける事をお勧めする」
「いや、見合うといえば……その姿こそ、過去に囚われた醜いお前らにはちょうどいい見た目なのかもな」
「ちょ、それはさすがにwww」
「おいおい確かにマジワロスだが、敢えて言ってやるなよ。マジワロスだけど」
――それは、攻撃ならぬ口撃だった。
そしてそれは、なんと意外と効果的だった。
口撃を受け続けて一分も経たずに……御前静香の姿が歪んだ。
するとそれを見た瞬間、除霊要員達は突然、待ってましたと言わんばかりの機敏な動作で回れ右をして、猛ダッシュした。
直後。御前静香の〝閉じられた世界〟は崩壊を始めた。
ドブスだった見た目が、彼女本来の顔へと戻る。そして崩壊が進むのと並行し、ついに彼女を苦しめ続けていたモノの正体があらわになった。
それは、数多の怨霊の集合体。
救世主教の世界で言うところの――レギオン。
一体一体が強固に結びつき合っている、もはや〝群〟ではなく〝個〟と呼ぶべき存在。それがまるで、周囲の色に紛れるステルス機能をオフにしたかのように突然出現し、自分達へ誹謗中傷罵詈雑言を浴びせた総勢三十八名を付け狙う。どうやら御前静香に誹謗中傷罵詈雑言のオンパレードを浴びせるのは大好きでも、自分達が逆にそのターゲットになるのは耐えられなかったようだ。
だが清達はそんな事など気にせず、ただただ走る。
振り向く暇さえあれば全力で走る。心臓が限界を迎えようとも、とにかく走る。追いつかれればその場でジ・エンド。だから彼らは死ぬ気で走り……ついに目的地へと辿り着く。
そこは、三十八艘もの機動船が並べられた海岸。
除霊要員達は、なんとか怨霊共から逃げきると、すぐに一人一艘ずつに分かれ、機動船へダイブした。するとそれを見届けた機動船の乗組員は、ただちに全速力で島から離れた。その速度は、一分もかからない内に約五十四ノット。キロメートルに直すと時速百キロメートル。なんと、高速道路での自動車並みの速さである。
※
「さ、さすがは海上自衛隊の機動船」
船上でなんとか息を整えると、清は言った。
「タイラーさんの人脈、恐るべしだな」
次に彼は、游外島の方へと視線を向ける。
御前静香に取り憑いていた数多の怨霊は、自分達に罵詈雑言を浴びせた人数分、空中でまるで木の如く枝分かれし……その内の一本が清の乗る機動船を付け狙っているのが見えた。だが約五十四ノットにはなかなか追いつけていない。
しかし幽霊とは、この現世の摂理から外れた存在。
故に距離などは関係なく、下位の地縛霊でない限り、離れた場所への瞬間移動ができるハズだ。なのになぜ怨霊共は清達に追いつく事ができないのか。
それは未だに怨霊共が、完全なる〝個〟に成りきれていないからだ。
数多の存在を受け入れるという事は、それだけ多くの考え方を受け入れるという事。そしてそれができる存在は、この世界にはひと握りしか存在しない。この作品の中で言えばボビー辺りがそんな存在だろうか。
一方で怨霊共の中に、統率者となりうる器の怨霊は果たして存在するのか。おそらくいないだろう。なにせドブスであるが故に御前静香をイジメ続けてきた、器の小さい人間ばかりが、あの怨霊の集合体を構成しているのだから。故に完全な統率など、できるワケがない。
さらに言えばその怨霊共の中には、未だに御前静香に執着しているようなタイプもいるだろう。そしてそれ故に。中途半端に融合してしまったがために。御前静香と清達との間で、怨霊共による綱引きが発生してしまっている。
これこそが、空間など関係ない怨霊共が、約五十四ノットで海上を移動する機動船に追いつけない理由である。
その事実を、遅れて認識した清は……肩を落として安堵した。
これが清の作戦。葉子の精神世界から帰還した後に気づいた怨霊の正体――御前静香をイジメていた連中の心理を逆手に取った、下手をすれば自分達に呪いが降りかかりかねない大がかりな作戦だ。
そして作戦は、ここで終わらない。
次に清達は、息を完全に整えると……なんと船の上にあらかじめ積んでいた大量の破魔札などの除霊グッズを開封。自分達を付け狙う怨霊共へと一斉に浴びせた。
破魔札などに込められていた霊力が、怨霊共に当たるなり炸裂する。
まるで地獄の底から響いてくるような重低音の悲鳴が、彼らのいる空間座標から聞こえてくる。と同時に、怨霊共の形が空中で激しく変化する。相当、ダメージを受けたようだ。だが消滅する様子は見られない。やはりこの物量で消滅しないなどこの怨霊共はどこかおかしい。
だが清達は攻撃をやめない。
少なくともダメージはある。そしてもしかすると小枝並みに細く伸ばせば破魔札で消滅させる事も可能かもしれないのだから。
「笹男さん! 〝彼ら〟との合流地点まで、あとどれくらいですか!?」
未だに追いつけない怨霊共を見ながら、清は船を操縦する地元の漁師・津積笹男へと、移動する際の音に負けない大声で話しかけた。津積夫妻の長男さんである。
「あと五分もかかんねぇぜ。それにしても、海上自衛隊から機動船を借りれるってどんだけなんだい、あんたの友人は! 凄いな!」
彼は機動船を操縦する事に興奮を覚えながら、目的地へと船を向かわせた。
※
「作戦ポイントまでは?」
「四分もかからないわ! 後ろの怨霊は!?」
「大丈夫だ。追いつけてはいない」
そんな友人のボビーは、自分達を付け狙う怨霊共に破魔札を投げつけながら、船を操縦する津積数子――津積夫妻の長女へと話しかけた。
「それはそうと……常盤達は大丈夫だろうか。ここから結構距離がある地点にいるが」
※
ボビーの秘書たる常盤静は、ボビーと同じく破魔札で、自分達を付け狙う怨霊に応戦していた。その視線、そして所作に若干怒りを込めながら。
時代差的に、生前に会えた事は当たり前だがないが……それでも自分の親戚が、くだらない連中のくだらない逆恨みで游外島に独りぼっちにされ続けてきたのだ。その事に気づかなかった自分やその家族にも怒りを覚えているが、それ以上に親戚をそんな状態にし続けた怨霊共を彼女は許せなかった。
「おぉ。鬼気迫ってるねあの子」
静が乗る機動船を操縦する津積若雄……津積家の次男は思わず苦笑した。
「それはそうと、作戦ポイントまで……あと三分もかからないか。他の所は大丈夫かな?」
※
「ヒャッハー!! (舵を)切って切って切りまくってやるぜぇ!!」
葉子が乗っている機動船を操縦する、世紀末ファッションを着込んだ漁師IZOが、ハイテンションで絶叫する。一応彼は、津積夫妻の親戚の漁師の家の子なのだが、ボビーがそうであるように日本人っぽさが感じられない名だ。ちなみに、なぜ彼がこんな名にしたかといえば……自分の名前が嫌いだからである。
だがそのせいで、その名と台詞……どこぞの人斬りしか想像できない。
「せ、せんせぇぇぇぇぇーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!! 別の意味で助けてぇぇぇぇぇーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
葉子は思わず、破魔札を投げながら涙目になった。
――作戦の第二段階まで、残り二分。
※
清達が機動船で、海上を約五十四ノットで移動し続けている時。
次の作戦発動まで、残り二分になったところで……異変は起きた。
「ッ! なに!?」
「くそっ! ここに来て分裂か!!」
船上で、清とボビーがほぼ同時に驚愕する。
なんと、枝分かれした状態で自分達を付け狙っていた怨霊共が。中途半端に融合していた怨霊共が……その中途半端さのせいで、清達にとっては非常に不幸な事に空中で分裂……というか五つ程度がちぎれて飛んできたのだ。
身軽になった五体の怨霊が、空間的制約を無視し、一瞬で清が乗る機動船を始めとする五艘に迫る。
すかさず清達は破魔札で対抗するが、遅い。
怨霊共は、機動船に張った悪霊滅殺用の結界を強引に突破し、そしてついに清達を襲いそうになった……その時だった!!
≪溶鉄の雨≫
その怨霊共へと、空中より飛来した灼熱の雨が突き刺さる!!
しかしそれでも、怨霊共に消滅する様子はない。それ以上移動はできないものの苦しそうにジタバタ空中で動いている。いったいこの怨霊共は何なのか。
「…………は? まさか」
それはそうと、清は思わず頭上を見上げた。
すると、そこに浮かんでいたのは……。
「私の所で大量に、通常の除霊用に、という理由で除霊グッズを買ったからまさかと思ったが……想像以上の妖怪大戦争っぷりだな、清?」
呆れた様子の、我らが西の魔女レアリー・ホワイトウェルここに見参!!
「ま、魔女さん!? 来ないとか言ってませんでしたっけ?」
「馬鹿者!! そういうお前こそ游外島の件に首を突っ込んで!! やめておけとボビーに言っといたハズだぞ!!?」
「それは後から知りました」
「なら途中で手を引けよ!!?」
「いやしかし、他の祓い屋が突き止められなかった謎の答えまであと一歩なんですよ!? これからのためにもここで手を引いては――」
「清さん!!」
とその時だった。
機動船を操縦している津積笹男が声をかけてきた。
「いよいよ作戦ポイントです!!」
「よし!! やっとか!!」
清はその場でガッツポーズをした。
「作戦ポイント? いったい何の――」
一方で何も知らされていないレアリーは、彼らの会話を聞き首を傾げた……その瞬間だった。
逃げる清達の乗る機動船三十八艘の前方から。
なんとその三倍以上はあろうかという数の漁船が。
別の離島の陰に隠れていて、レアリーからも視認できなかった大軍勢が現れた。
「頑張ってきたヤツが報われねぇなんて」
「そんな話を聞かされちゃあ」
「黙っていられねぇってのが人情ってモンだ」
「だから俺達も手伝わせてもらうぜ……お邪魔虫な怨霊の除霊をよ!!」
「無論、無料でな!!」
津積夫妻や河越を始めとする漁業組合のみんなだ。
どうやら清達の話を聞いた河越が、みんなを集めてくれたようだ。
「行くぜテメェらぁ!!」
「遅れるヤツは、今度の寄り合いで酒は飲ませないよ!!」
『『『『『『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』』』』』』』』』』
除霊グッズを手にした津積夫妻の掛け声を合図にして、他の漁師達から凄まじい絶叫が放たれる。天地をも震わせかねない、恐ろしい声量だ。これが人情を大事にする、地元の底力なのか。清、葉子、ボビー、静だけでなく、あのレアリーもが、思わず耳を塞いだ。
そして、戦いは第二段階へと移行した。
もはやここは、男女比率的な制約のある領域の外側。
游外島の地縛霊・御前静香を苦しめる怨霊共の、その矮小な正体を知らなかったばかりに、今まで游外島近辺での漁を、半ば諦めていた大軍勢による反撃が可能となる領域だ。
清達を付け狙う怨霊共へ、彼らは破魔札などをあれよあれよと、間隙を許さない勢いで浴びせる。中には自分の拳や足に破魔札を貼りつけ、そのまま怨霊を殴ったり蹴ったり包丁に巻いて怨霊を斬らんとする変則的な者までいる。
「討つべし!! 討つべし!! 討つべし!!」
「俺のこの手が――」
「だっしゃあああああああああああああああッッッッ!!!!」
「俺のひっさ――」
「ギャラクテ――」
「とっととテメェらの罪を数えな!!」
「「ダブル漁師キィィィィィィ――――ック!!!!」」
「輪切りにしてあげるわ!!」
「セイヤァァー!!!!」
「また矮小なモノを斬ってしまったわ」
「クールに決めたぜ☆」
「はぁ~~どっこいせぇ~~い!!」
もはや乱戦状態。
だがおかげで怨霊共は清達の姿を捉えるのにひと苦労だ。
「おいおい、今度はビックリ人間コンテストかよ…………私も混ぜろぉ!!!!」
そんな乱戦を、レアリーがさらに引っかき回す。
おかげで怨霊共は涙目状態。だがそれでも彼らに消滅の兆しはない……と誰もが認識した時だった。
怨霊共の動きが、突然止まった。
想定外の事態を前に、一瞬動揺したものの、清は反射的に怨霊共を霊視した。
相変わらず、なぜか霊視は不可能。ならばと、清は次に、怨霊共が游外島に縛りつけてきた、御前静香の幽霊を霊視グラスで確認する。
島のどこにも御前静香の姿はなかった。
ついでに言えば、彼女に取り憑く怨霊の姿も。
どうやら静香は成仏したか、遠くへと逃げたようだ。
まさかとは思うが、それが影響しているのか……と清は予想した。
人を呪わば穴二つ、という諺の通り、呪術を執行すると、呪われた者だけでなく呪った者も相応の報いを受ける事になる。
そしてもしも、呪っていた対象が『呪い返し』などで呪いから逃れる事ができた場合……呪った者が呪っていた者の分も不幸になるからだ。
とその時だった。
突如、清達の目の前に……〝何か〟が、出現した。
それだけは、分かった。
しかし誰もが、その姿をちゃんと認識できなかった。
まるで御前静香に取り憑いていた怨霊共のように……霊視を以てしても、その姿を視認できなかったのだ。
阿倍野清も。
西の魔女レアリー・ホワイトウェルも。
そして、その〝何か〟は、御前静香に取り憑いていた怨霊共を捕らえていた……ように清とレアリーは感じた。怨霊共が動きを止めたのはその〝何か〟の仕業か。
すると、その瞬間。
その怨霊共は、音速を超える速度でその場から……なぜか游外島へと〝何か〟に引っ張られ。
島の中心部――御前静香が立っていた地点にいつの間にやら開いていた〝孔〟へと引きずり込まれた。
すると〝孔〟は、まるで最初から開いてなかったかのように……すぐに閉じた。
〝何か〟が、起こった。
そんな認識だけが、その場にいる者全員の中に残る。
そしてその〝何か〟を正確に把握できた者は……ほとんどいなかった。
鳴海酒さん、レアリーさん登場の許可をくださってありがとうございます!!




