第18話:祓い屋、作戦を思いつく
清は、今回の案件の中心で渦巻く呪いについて考え続けていた。
己の所有している呪いのダイヤ『希望のアダマス』よりも厄介なレヴェルの呪い――除霊術の類を弾くような能力も持ち合わせている、規格外の呪いについてを。
清の増幅された霊力により、呪いには一度、亀裂が入ったものの、決定的なダメージには至っていない。それどころか呪いは……そんな清への対策をすでに整えている可能性すらある。八方塞がりな状況である。
だがやるしかない。
幽霊の正体が、己が気になっている女性の一人である常盤静の親戚だと判明したのだ。いったいどういう経緯であの島に縛られているのか、などの謎の答えは未だ不明ではあるが、とにかく知り合いの女性の関係者であれば一刻も早く助け出してあげたいと清は思っていた。
「とりあえず、人数だけは揃えたいですね」
作戦会議室でもある、宿泊している部屋でボビーと向き合いながら清は言う。
「あと大量の破魔札と、悪霊滅殺用の結界杭。どこまで通用するか分かりませんが試せる物は全部試さないと」
「大規模な戦いになるな」
可能な限り集めた人員と除霊グッズが、游外島に集結するところを想像しながら……ボビーは思わず苦笑した。
「まるで、離島を占領した外人の兵士を追い出そうとする兵隊。二百年くらい前に起きたという戦争のようだ」
「洒落になりませんね」
清も苦笑した。
「というか、戦争なら戦争で……できれば犠牲は、御前静香さんの関係者の怨霊共だけで済ませたいです」
「それができれば苦労はしない。怨霊だけ引っぺがして、しかもキチンと結界内に封じ込めた上で除霊できる……そんなご都合主義な手段があれば、話は別かもしれないが」
「ですよねぇ」
次に清は、御前静香に取り憑いている怨霊共の事を考えた。
なぜ彼らは御前静香を游外島に縛りつけているのか。なぜ縁が強い男女しか島に入れないようにしたのか。そしてそもそも、なぜ彼らは自分達の霊視に引っかからないのか。謎はまだまだ多い。
次に、御前静香の血縁者である常盤静から知らされた情報を頭に思い浮かべる。
御前静香をよく知る、静の親戚の話によれば、彼女はとても醜い見た目だったという。それも清達の目に映る現在の彼女の幽霊と同じ見た目だ。そしてそのせいで彼女は、小中高とイジメに遭っていた。だけど高校在学中に整形手術をし、それが見事に成功。葉子と静が目撃した通りの美人となった。そしてそれ以来、イジメはなくなり、彼女は学校一のイケメンと結ばれてめでたしめでたし……そんな話だ。
まるで『シンデレラ』……というよりは『みにくいアヒルの子』のような話だと清は思った。
自分達とはまるで違う姿形だった存在が、実は美しい存在だったという結末の、海外の童話である。
御前静香をその美しい存在とするなら、彼女をイジメていた連中は、アヒル達だろうか。そして美しくなった彼女を見た時……いったい彼らは何を思っただろう。
童話ではアヒル達のその後が語られる事はなかったが……少なくとも、綺麗事ではあるが、罪の意識は感じていてほしいと清は思う。だが話はそう単純だろうか。
清も過去に、イジメを経験していた。
霊感を持つ故に、人とは違うモノを排除しようという、全生物が持っている本能に端を発するイジメを……ようは御前静香と同じだ。
だから少しは、御前静香の気持ちを理解できるし、イジメ……というか人間関係については大人になるまでに嫌というほど理解している。
そしてだからこそ彼は、改めて考える。
果たしてイジメていた連中は、その後どうしたのだろうかと。
イジメていた相手が自然消滅も同然の状態となり、イジメの標的を変えたのか。それとも時間の経過と共に罪を自覚し改心したのか。それとも――。
「……オイ。たかがイジメでそこまでするか?」
嫌な予感が、頭を掠める。
と同時に清は……この事態を変えうる危険な賭けを思いついた。
「タイラーさん。もしかすると、怨霊を御前静香さんから引っぺがせるかもしれません」
※
次の日。
清達四人は、ボビーの部下数十名を引き連れて、ある離島を訪れていた。
游外島ではない。
倭禍山県に無数に存在する離島の一つである『九虎島』だ。
そこはタイラー一族が大昔に参加した戦いの関係者の拠点があったとされる離島である。ちなみにその島は、ひと昔前には節約生活モノのバラエティー番組のロケ地になったりしたが、今は無人島となっている。
「ではこれより、游外島の幽霊を、游外島に縛りつけている怨霊との戦いに備えた訓練を始める!!」
その砂浜に、拡声器越しのボビーの声が響く。
ボビーの呼びかけによって集まってくれた勇士数十名、そして静は、その一声でまるで自衛隊員のようにビシッと整列した。同じ訓練を受ける清と葉子も、彼らに合わせて思わず整列してしまう。これが仕事時のタイラーさんのカリスマ性かと、改めて清は、自分の友人の凄さを思い知った。
「…………んん? 何してんだあんたら?」
すると、そんな緊張した空気をぶち壊す声がした。
思わず清と葉子……だけでなくボビーと静、そして勇士数十名までもがズッコケてしまう。
振り返ると、そこにいたのは地元の漁師の一人だった。
游外島の周囲を旋回するための協力者と船を探すために、地元の漁業組合に交渉した際に、名乗りを上げてくれなかった漁師である。
――名は確か……河越だったか。海なのに。
そう思いながら、清は率先して彼に説明した。
「実は、幽霊の正体が分かりましてね。自然に成仏をさせられるかもしれないですが、それを邪魔する幽霊が別にいまして。そいつをどうにかするための訓練をしているんですよ。ところで、河越さんはどうしてここに?」
「俺はただ、この島に休憩しに上陸しただけだ」
「休憩?」
清はボビーを見た。
――彼はこの島の持ち主なのか。
そう、目が訊ねている。
するとボビーは、清に近づき「この島は市の所有だからな。市の許可さえ出れば誰でも自由に上陸できる」と耳打ちした。
「それはそうと、幽霊を邪魔する幽霊? どういうこっちゃ?」
河越はそんな二人を見て、疑問符を浮かべながら訊いてくる。
清とボビーは一瞬、正直に言うべきか否か迷い、顔を見合わせた。
だがすぐに……河越ではなく津積夫妻に世話になったとはいえ、一応彼も地元の人間の一人なので、戦争じみた大規模な除霊作業に巻き込まないためにも、簡単に説明する事にした。
※
「な、なんて不憫なんだあの島の幽霊はよぉ」
聞き終わった途端、彼はなんとオンオン泣き出した。
清達はギョッとしたが、無関心でいるよりは好感が持てる反応だ。苦笑したものの、すぐに真顔に戻る。
「ああ。それで近々……大規模な除霊作業が始まると思う」
ボビーが全員を代表して忠告した。
「だからその日は……危険なので游外島には絶対、近づかないでほしい」
「いんや、ここまで聞いたからには黙って見ちゃいられねぇ」
しかし河越は、真正面からボビーの忠告を跳ねのけ――。




