第17話:御前静香、思い出す
城「この話はダイジェストではありますが、一部ドブイケのネタバレを含みます。ネタバレが嫌な方は、まずはドブイケ本編の方から――」
静香「城くん、途中から話変わってるから大丈夫だよ」
城「……ええええっ!?」
閉じられた私の世界に、亀裂が入った瞬間。
私は、忘れていた全てを思い出す事ができた。
御前静香。
それが私の名前。
そして同時に、私は気づく。
閉じられた私の世界を壊してくれた男性と一緒に行動していたあの女性……私の血縁者だ。
もしかして、結牙の子孫かな?
それとも、私と城くんの……。
それは、また会った時に調べよう。
そしてその時には、閉じられた私の世界を壊してくれたあの男性に、お礼を言わなきゃ。今度こそ、ちゃんとした私の言葉で。
……また、記憶が薄れてきてる。
周囲がうるさくて。
周囲が煩わしくて。
だけど、私はもう忘れない。
忘れてしまったのは、私が周りに対して……一瞬油断したせいだ。
まさかその一瞬の隙を突いて、私の記憶を侵蝕してくるとは思わなかった。けどもう油断しない。
――今度こそ絶対に、忘れるもんかッ!
※
私は生まれた時からブスだった。
それはなぜかと言えば、私がパパ似だから。
そのせいで小さい頃から、私は周りの子達どころかその親にさえ怖がられた。
それがとてもショックだった私は、ある日パパに、なぜ自分達はこんな顔をしているのか訊いた事があるが、その時の私には理解できない事情があるようだったので、その話は保留となった。
でもその代わり、ママとパパは私にたくさんの愛情を、思い出をくれた。だから両親に対して、私は怒りや悲しみを覚えない。
数年後に生まれた、幸いな事にママ似の弟の結牙の場合は最初、私に対して恐怖の顔色を見せたけど……それでもすぐに私に笑顔を見せてくれた。
それから私は、小中と順調に教育機関に通った。
でも私はこんな顔だから、幼稚園に通ってた時に出会った郷美ちゃん以外友達がいないどころか、先生以外の者から、徹底的に無視されるようになった。当たり前だと思う。私だって逆の立場だったら関わるのに抵抗を示すと思う。挨拶くらいはするかもしれないけど。
だから、これが私の自然。
だから、悲しいなんて思わない。
それにママは言っていた。
『たとえ顔がブスでも、心まではブスになってはいけない』
うん。そうだよね。
心までブスになったら、それこそ人間として終わりだよね。
だから私は、ママのその言葉を胸に……今まで生きてきた。
普通の女性が噛み締めている幸せとは、無縁な将来になるとは思う。
でもだからと言って、私は……悲観したりしなかった。
なにせ幸せの形は……決して、一つなんかじゃないから。
でも高校に上がってしばらくした頃。
私の生活は。独りだった私の学園生活は変わった。
「静香、君の事が好きになったみたいなんだ。どうか俺と付き合ってほしい」
別のクラスの男の子。
九狼城くんとの、出会いによって。
今までの経験からして、おそらく彼は罰ゲームか何かで私に告白したのだろう。
おそらく、中学の時から私をイジメのターゲットにしている北条雅子とその関係者の差し金だろう。まったく。暇人としか思えないけど……まぁ私だって、異性との学園生活に憧れた事はある。
このお遊びに付き合ってみるのも悪くないかもしれない。
たとえそれが、偽りであろうとも。
「いいよ、付き合う」
それから、私と城くんの、奇妙な関係が始まった。
彼は私が通っていた優極秀院高校では一番のイケメンらしい。そしてそのせいか彼が私と付き合っている事が学校中に知られるや否や、嫉妬どころか憎悪の視線に晒されるようになった。彼がイケメンかどうかなんて……私にはピンと来ないな。なにせ城くんは、ママや結牙とほぼ同レヴェル。だから周りの子達みたいにキャーキャー言うほどとは思えない……私の価値観って、ちょっとズレ始めてる?
そんなある日。
城くんの家に遊びに行った時。
城くんのお母さんは、城くんと一緒に……私に全てを話してくれた。
私への告白が罰ゲームだった事。
そして……城くんが私を、本気で好きになってしまった事を。
それから、私達の関係性は変わり始めた。
城くんが改めて告白してくれたからかな。私も、本気で城くんを好きになり始めてる。途中、城くんが襲撃されたり、驚いた事に……私が強姦されかけたりもしたけれど、それで私達の歩みが止まる事はなかった。
そしてある日。
私の人生に……なんと転機が訪れた。
相応の激痛と引き換えに……私の顔が、そしてパパの顔も、本来なっているハズの顔になったのだ。
そしてそれ以来、私の周りから……イジメはなくなった。
雅子は、悔しそうな顔をしていた……けど、あれで終わりになるとは思えない。また何かやってきそうだけど……その時はその時だ。
――そしてついに、全ては語られた。
パパとママの口から。私と結牙の前で。
なぜパパと私が、あんな顔になったのか……その全てが。
簡単に説明すると、こうだ。
かつて、人気女優であったママは、数百年に一人級の天才でありながら、努力をし続ける凄い人だ。でもある日、裏社会に君臨する女ボスの役に選ばれて……正直役柄にピンと来なかったらしい。なぜなら今まで演じてきたのが、清純派もしくはアクション派なヒロイン役ばかりで、ダーティーな役は初めてだったからだそう。そこでママは、現実の裏社会を知ろうとして……なんと血葉県のヒズィカワに存在する地下闘技場への切符を手に入れた。
噂によるとそこは、世界中の強い連中ばかりが集まる武の聖地で、主催者は忍者の末裔だとかなんとか…………胡散臭い。
そしてそこで、ママは運命の出会いを果たした。
当時の地下闘技場でチャンピオンの座に君臨していた……パパだ。
パパの闘いっぷりに、ママは目を惹かれたらしい。
気づけばパパの一挙手一投足を細かく観察していて……いつの間にやら、惚れていたそうだ。それからのママは、パパのパトロンを申し出た。
そしてそんな経緯でパトロンを得たパパは、ママの支援でさらなるトレーニングを積む事ができ……次第にママに惹かれていったそうである。
しかしそんな二人に、ある日……悲劇が襲いかかる。
なんとパパに負けた選手に賭けていた観戦客が、地下闘技場に刺客を送り込んだのだ。それも厄介な事に……私は聞いた事がない、奇妙奇天烈奇々怪々な技を使う刺客を。
※
【兇毒硫汗】
古代ヘルジア帝国発祥の暗殺技。
この奥義の要諦は、体内の化学物質を己の意のままに操る事であり、この奥義の体得者は、己の汗に生成した毒を混ぜて、相手に飛ばす事で、相手に気づかれる事なく、相手を暗殺する事ができたという。
平出版刊『デトックスは逆に人体に良くない? ~誰も知らない体内毒利用法~』より
※
ママによればその刺客は、最初ママにその毒をかけようとしたらしい。
しかしその直前、パパが刺客の狙いに気づき、代わりにその毒を受けて……顔がああなった。
事が起こった後、主催者達に協力してもらってその刺客を捕まえて、問い詰めたところ、どっちの顔だろうが潰せばよかったと、刺客は語った。とにかく、刺客を送り込んだ人は……パパか、パパを強くしたママを長く苦しめたかったみたいだ。
でもママとパパは諦めなかった。
いつか元の顔に戻れると信じて、その毒の研究を進めて……私と結牙が生まれて……ようやく、元の顔に戻せる方法が確立した。
確かに、最初に訊いた時に話されても……理解に苦しむ内容だった。
※
そして、時は経ち。
私と城くんは高校を卒業した。
そしてその後、私達は結婚した。
さらに時が経ち、娘の舞華が生まれて……。
※
ついに、運命は訪れた。
高校の同窓会の、招待状。
私と、城くんの分である。
まさか来るとは思わなかった。
私の顔が本来の顔に戻って以来、城くんと先生達以外誰も、私に関わろうとしていなかったのに……よく来たもんだ。まさか罠だろうか?
私はとても怪しいと思った。
だけど会場には……おそらく先生達も来るだろう。
そう考えると、無視はできない。
でも私はともかく、城くんは行けなかった。
なぜならば、城くんが就職したのは、パパが地下闘技場闘士引退後に立ち上げた警備会社で……そしてそこでの仕事で、なんと外国人に扮した日本人強盗と遭遇し名誉の負傷をして入院中だからだ。
パパの名前は大河で、城くんの旧姓には狼が入ってるから、パパは『いずれ、前門のタイガー後門のジョーって業界で言われてみせる』とか言ってたけど……相当ショック受けてるだろうなぁ。
そして娘の舞華だけど。
どうも嫌な予感がするから、ママに預けよう。
※
同窓会は、倭禍山県の離島で行われた。
同窓会は……なんだか変な感じだった。
あの雅子でさえも、私に不敵な笑みを見せるだけで何も言ってこないし、それに体が怠い。いったい何が……?
「静香さん、体調悪いなら休んでれば?」
かつてのクラスメイトの一人が、声をかけてくれた。
雅子の取り巻きの一人にして、私の机椅子に画鋲を設置した人物だ。
その報復として、私が彼女の使ってた机を手刀で真っ二つにしたのを……今でも鮮明に覚えている。
「……そうね。休ませてらうわ」
それから、私は休憩所で横になり――。
※
――気がつくと、幽霊になっていた。
おそらくだが、あの時私が飲んだ飲み物には、睡眠薬が混ざっていたのだろう。そして私が眠っている間に……どういうワケだか私は死んでて……会場は、跡形もなかった。ワケが分からない。何が起こったかを知っている人がいるなら、教えてほしい。このままじゃ気になって成仏できない。まぁそれ以前に周りのせいで成仏できないけど。さすがの私も、謎を残したまま成仏したくない。
と、私が再び苦悩している時だった。
閉じられた私の世界を破壊してくれた男性が、数十人規模の集団を引き連れて、この島へと戻ってきた。
静香「私達にも娘が生まれたら、舞華って名前にする?」
城「いいね!」




