第16話:祓い屋と女子校生、帰還、そして……
「……なんだって?」
助手の報告を聞き、清は眉をひそめた。
ドブスな幽霊が除霊術を弾く、そのメカニズムの片鱗が垣間見える程度の成果はあるかもしれないと予想していたのが、見事に妙な方向に裏切られたせいなのも、もちろんあるが……なぜそこで、常盤静というワードが出てくるのか疑問に思ったのだ。
「……まぁいいや。とりあえずそれは帰ってから考えよう。というワケで鋭ッ!」
「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!?!?!?!?!?!?」
清は、再び全力で霊力を炸裂させた。
葉子はそれを頭からモロに浴び……珍妙な悲鳴を上げた。
そして、主に葉子の脳の部分に取り憑いていた怨嗟の念は――。
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「……なんだって? 君の……親戚、だと?」
秘書の報告を聞き、ボビーは目を丸くした。
まだあのドブスな幽霊が、彼女のいう親戚の幽霊であるかどうかは不明ではあるが、それでも……そうである可能性を予感させる事態は、今までに二つ、存在したからだ。
まず初めに。
彼女は、聞くと眠くなる幽霊の子守歌に抵抗できていた。
それは彼女の身に、生前の幽霊とほぼ同質の血が流れていたからではないのか。
そして、幽霊の素顔の目撃。
それももしかすると……彼女達が親戚であったからこそ成った奇跡ではないだろうか。
「「『推理するのは構わんが……そろそろ大詰めのようだぞ』」」
しかしボビーの思考は、そこで途切れた。
双子の妖魔を操る加藤の声で、現状を思い出したからだ。
するとその直後。
葉子の頭から、なにやら赤黒い靄のようなモノが噴出した。
ボビーと静は、その超常現象を目撃した瞬間、一瞬体を硬直させた。
タイラー一族とその従者として、今まで何度も常識では考えられない現象を目撃してきたが、だからと言って見慣れるモノではない。
「『さて、ボビー・タイラー。この攻防の果てに、おそらく我の妖魔達は霊力妖力魔力その他諸々の不足で消滅すると思うが』」
「『だからと言って、我らへの報酬の件……忘れるでないぞ?』」
するとそんな彼らの緊張を解きほぐすためか、それとも本当に、忘れる事を心配しているのか。双子の妖魔を操る加藤は、清が葉子の精神世界の中へと入る前に、彼らと交わした約束の話を出した。
依頼を蹴った後味が悪かったとはいえ、加藤は加藤でこうして、間接的にこの案件に関わったのだ。それも清と葉子の危機を救う形で。ならばそれ相応の報酬を貰わなければ割に合わない。というか彼も清と同じくボランティアなどしないのだ。
「あ、ああ。あなたのご先祖様の故郷である倭禍山某所の地酒……だったな?」
「「『然り。時々、ご先祖様の故郷の味が恋しくなってな。それから、大陸絡みの案件に関わる際は……我をご贔屓に!!』」」
直後。
妖魔二体の力が炸裂した。
葉子の中から清によって追い出され、彼女の頭から噴き出した靄は、体外で展開されていた封魔結界で動きを封じられ苦しみもがく。早く外に出て自由になりたいと結界の弱所を探し……発見した。靄はすぐさま弱所へと向かい外に出る。
だが、
「『残念♪』」
「『それは罠だ♪』」
今度はその外側にさらに展開されていた、二重三重の破魔結界に捕らえられ、封魔結界に囚われていた時とはまた違う苦しみを味わう。と同時に加藤は、封魔結界の弱所をすぐに元に戻し、靄がそう簡単に、葉子達の中へと戻れないようにした。全ては、彼らの動きを完全に封じ込めた上で攻撃するため、双子の妖魔を操る加藤が張った罠なのだった。
「『今だ、ボビー・タイラー!! 常盤静!!』」
「『ありったけの破魔札をヤツにぶつけろ!!』」
加藤が、双子の妖魔の口を介して叫ぶ。
ボビー達はすぐに指示通りに動き……念で破魔札の効果を、一枚一枚丁寧に起動させつつ、靄へとそれらを放った。
靄がさらに苦しみもがく。
だがなかなか消滅する様子は見られない。幽霊の類であれば、もうとっくに消滅していなければおかしい物量であるにも拘わらずだ。まさか相手は、倒しても復活する反則気味な性質を持つ存在なのか。
「「『……くっ! もう限界か』」」
とその時だった。靄よりも先に、双子の妖魔が限界を迎えた。
その体が徐々に薄くなっていく。彼らを構築するエネルギーが希薄になってきたのだ。
「「『……ボビー・タイラー、我のご先祖様の故郷を頼んだ』」」
そして、ついに。
彼らの存在は、この世から消滅した。
「……まさか加藤さんの妖魔の全力を以てしても……消滅させられないとは」
「いったいこの靄……なんなの?」
戦力が減った事にショックを受けつつも、ボビーと静は、特に怒りや悲しみなどを覚えなかった。それら以上に、加藤と自分達の攻撃を以てしても存在している、謎の靄を不気味に思っていた。
とその時だった。
加藤の操っていた双子の妖魔が消滅した事で、結界が揺らぎ始めている事に気づいたのだろう。靄はボビー達の攻撃を受け、苦しみながらも、まるで特攻するかの如き勢いで結界へとぶち当たった。
「ッ!!」
「しまっ!!」
直後。
結界は突破された。
そして靄は……壁を通り抜け――。
※
「…………まさか、加藤さんの手にも負えないとは」
目覚めて早々、ボビーから事の顛末を聞いた清は驚愕した。自分の除霊術を弾くような規格外な相手だと思ってはいたが、まさか東西の魔女に匹敵する実力を持つと言われる加藤でもダメとは。
「ああ。それで〝ヤツ〟は……游外島のある方向へと逃げていった」
「…………本体に、戻ったんですかね?」
正体不明の相手を逃がしてしまい、悔しそうな顔をするボビーに、清は眉間に皺を寄せながら言った。
「?? 本体? どういう事だ阿倍野よ」
「こいつの精神世界に入っていて、分かった事があります」
未だに寝ている葉子と、彼女を看病する静を見ながら清は言った。
怨嗟の念を追い出すためとはいえ、葉子は清の全力の霊力を零距離で、魂の、人格を司る部位にモロに食らっていた。寝ているのはそのせいだ。そして彼女が今日中に目を覚ますかどうかは……正直怪しかった。
「こいつの中に入ったアレは、おそらく〝呪い〟の一種です。俺があの幽霊に除霊術を試していた、あの時……幽霊の正体を目撃したこいつに呪いの一部が、口封じとして取り憑いた。そして同じモノを見たハズの常盤さんは、偶然目撃したがために、意図的に見ていたウチの助手とは違い、アレに見ていた事を気づかれなかった……そんなところでしょうか?」
「呪いだと? 阿倍野が所有している『希望のアダマス』のようなモノか?」
「ええ。除霊術を弾くなんて、なんらかの存在による加護か呪いがかかっているんじゃ、とそんな予想が何度か頭を掠めてはいましたが、確証がありませんでした。ですがこいつの頭の中に入って、そうだと確信しました。まさか数十人規模の怨嗟によって紡がれた呪いだとは思いませんでしたが」
清は肩を竦めた。
『希望のアダマス』とは、清が所有している呪いのダイヤモンドである。
気に入った者以外の所有者に破滅をもたらし、最終的には気に入った主人の下へと馳せ参ずるというストーカーじみた存在だ。かの西の魔女でさえも、相当の対価と引き換えにしなければ除霊できない……という事実だけでどれほどの難敵か読者諸兄にはお解りいただけるだろう。
「まさか、あの幽霊が游外島から出られないのは」
「おそらくアレの仕業です。そしてアレはおそらく……幽霊に強い怨みを持つ集団でしょう。同じく呪いに困ってる存在として、幽霊には同情しますよ」
キャリアが数十倍ほど違うだろうが、それでも清は幽霊への同情を禁じえない。
「それはそうと、あの幽霊が……常盤さんのご親戚かもしれない可能性が出てきましたか」
ボビーからの報告にあった静の証言について考えながら、清は言った。
「残念だがそちらの方は、まだ確認が取れていない」
ボビーが追加で報告する。
「ついさっき常盤が実家に電話して、ウラを取っている最中だ。もし本当に親戚だとしたら……穏便に成仏させてあげたいところだな」
「成仏させてあげるにしても、人手がいりますよ。なにせ除霊術が通用しない相手があの幽霊に憑いているんですから」
「心配するな。人材に関してはこちらに任せて――」
とその時だった。
ボビーと静の携帯電話に、同時に電話がかかってきた。
報告の電話か。二人は清に「失礼」と言うと、すぐに通話ボタンを押した。
「私だ」
「はい。もしもし」
「…………なに?」
「…………えっ!? そうなの!?」
電話に出てから数秒後。
二人は同時に驚きの声を上げた。
そして二人は、またしても同時に通話を切り――。
「幽霊の発した言葉から……幽霊の名前が判明した。彼女の名は御前静香だ」
「ッ!? そんなっ! まさか本当に……私の親戚の!?」
――それぞれが……衝撃の事実を知ったのだった。




