第12話:祓い屋、ようやく目覚める
清は、正体不明の柔らかい感触を受けて意識を覚醒させ始めた。
と同時に体の節々が悲鳴を上げる。師匠に出会う前は、普通の農家に生まれた霊感が強い存在だったという理由だけで己を陰で『田舎者』や『農民』と馬鹿にしていた同業者を見返せるチャンスだと思い、後先考えず霊力を行使した代償である。
しかしその事に関して、清に悔いはなかった。
ぶっ倒れる直前、何かが〝成った〟予感がしたのだ。
そしてもしそれを、助手の葉子が正しく霊視していたならば、今回の依頼の成功に繋がるかもしれない。
――もし成功したら、あいつの時給をアップしてやっても……。
覚醒し始めたばかりで意識が朦朧とし、しかも依頼成功の一歩手前だという状況に浮かれているせいか、普段の清ならば、滅多に考えないような事まで考える。
しかし、そんな彼の気持ちは長く続かなかった。
体の節々が激痛を訴え、一気に意識が覚醒したからだ。
「ギニャアアアアアアッッッッ!!!!?」
思わず変な悲鳴を上げてしまった。
叫んだ後、羞恥心が清の心の中を支配する。
たとえ周りに誰もいなかったとしても。
というか、絶対に誰もいないでほしいと清は思うのだが。
「『ようやく目が覚めたか』」
しかし清のそんな望みは天に届かず、その場には誰かがいたようだ。
それも背後――なぜかうつ伏せとなっている自分の背中の部分にだ。その証拠に背中から柔らかい感触と共に圧迫感を感じる。だが清の姿勢からして誰がいるのか確認できない。少なくとも女性二人分の声がしたので、その二人が背中に馬乗りになっているのか。だがそれにしては、そんなに重く感じない。
「『大陸で学んだ「霊力中枢回復マッサージ」だが、やってみるものだな』」
とその時、今度は清の頭の方から……男女二人分の声がした。
うつ伏せであったために今まで気づかなかったが、どうやら正面にも誰かがいたらしい。激痛に耐えながら、清は正面を見た。するとそこにいたのは、青色のアオザイを着た十歳前後の少年だった。
「…………ど、どなたですか?」
ここに来ての新キャラに、清は目をパチクリさせながら訊ねた。
すると少年は、またしても少年の声と、大人の女性っぽい声の二重に聞こえる声で自己紹介をした。
「『我の名前はイーユェン。この国では……そうだな。加藤一族の者、と言った方が分かりやすいか?』」
「…………は?」
加藤一族。
それは最初の頃に説明した、賀茂家に師事したものの、いろいろと問題を起こし国外に追放された一族の事か。少なくとも、霊能力者業界において加藤といえば、清にはその一族しか連想できない。
「『と言っても、これは我が西洋の使い魔創生の技術も使って創り出した人造妖魔だ。お前の背中に乗っているヤツの対の、な』」
加藤と名乗る妖魔が追加で説明する。と同時に、清の背中に乗っていた存在――少年と同じ顔をしており、同じデザインであるものの、少年とは違い白いアオザイを着ている十歳前後の少女型の妖魔が、清から降りて対の少年の隣に並ぶ。
その胸部は、少女の見た目の年齢の割に、なかなか大きめだ。DかEはあるか。なるほど。柔らかい感触がしたワケである。
しかも先ほど『霊力中枢回復マッサージ』と言ったか。加藤と名乗る妖魔は。
まさか、その全身で霊力中枢を中心にマッサージをしてくれたと言うのか。その事実を知った清は思わず目を丸くし絶句した。
一応、霊視してみる。
確かに少年少女は人ではない。
人であったら確実に事案ではないか。
「『それよりも、この事件の真相へとついに王手をかけた霊媒師・阿倍野清よ』」
「『お前が寝ている間に、事態は動いた。今すぐに行動をせねば……お前の助手が危険だ』」
「……えっ?」
加藤と名乗る妖魔にそう言われ、清はハッとした。
「……どういう、事だ?」
「『……来い』」
「『移動しながら説明してやる』」
※
加藤と名乗る妖魔から聞いた話を要約すると、清がぶっ倒れた後、葉子は今回の除霊対象の幽霊とは異なる存在の思念波が原因で昏倒した。そんな彼女を、ボビーと静は防護服を着た上で、本土の拠点たる旅館まで、清と一緒に運び込み、そして現在彼女は加藤と名乗る妖魔が張った封魔結界の中で寝転がされている。ボビーと静は葉子の様子を結界の外から見ているという。
「『一度依頼を蹴ったものの、どうも後味が悪くてな』」
「『なぜ嫌な予感がするのかなどを、大陸にある現在の家に帰った後でリモートで調べていて……昨日ようやく気づいた』」
「「『あの島は〝縁〟が強い男女しか入れない場所だとな』」」
「縁が、強い男女?」
加藤と名乗る妖魔のさらなる説明を聞いた清は、廊下を進みながら疑問符を浮かべた。
「『ようは、出会うべくして出会った二人だ』」
「『上司と部下、親友、好敵手、家族に恋人……何でもいい。とにかくそんな男女しか入れないと、入れた者達の共通点を探していて分かった』」
「『なぜそんな二人だけしか入れないかは、さすがに不明だがね』」
「『しかしそうと分かれば、我にも干渉する手段はある』」
「『残念ながら我自身は、とうの昔に相方を亡くしたから入れないが』」
「『双子の妖魔を創り、それを送り込む事はできる』」
「「『ちなみにこの妖魔達は、我が大陸の方から命令を送って動かしている』」」
――なるほど。そういう事か。
清はなぜ、妖魔から大人の女性――加藤の声がするのかをようやく理解した。
音とは波であり、そして妖魔を遠隔で操作している、妖魔の創造主たる加藤の念波動が、加藤の声を、清の耳の部分の霊的感覚器官にまで届ける事で声が聞こえるのだ。実際には加藤の声など、力ある者にしか聞こえていないだろう。
ちなみに、縁が強い男女二人しか入れない事についてだが、清はまさか、そんな条件が島への上陸の条件だとは思ってもみなかった。確かに彼と葉子、ボビーと静は上司と部下の関係ではあるが。
そこまで細かい条件に気づけるとは、さすがは、国外追放されたとはいえ加藤の一族の者、であろうか。
「『さて、話は戻すが。お前の助手に憑いた存在は……我の結界で動きを制限するので精一杯だ』」
「『というか、我の霊視を以てしても、いかなる存在なのか視られん。正体不明の相手だ』」
「『しかし、我とお前の……内と外の両方からの攻撃であれば、もしかするとどうにかできるやもしれん』」
「内と、外? いったいどういう……?」
「『なんだ、お前……』」
「『あの術を、師、辺りから教わっていないのか?』」
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葉子は赤黒い奔流の中を乱暴に流されていた。
そこは、上も下も、前後も左右も存在しない世界。
あるのは赤黒い奔流を構成する、無数の怨嗟の念のみだ。
ズブズブズブズブと、自分の脳がその赤黒い奔流に侵蝕されてくのを彼女は認識していた。このままではさすがにマズいと思い、抵抗を試みる。己が敬愛し……というか異性として暴走気味に愛している阿倍野清から、幽霊の子守歌を聞いた次の日に教わった抵抗の術を行使する。
だがそれは無駄に終わった。
幽霊一体分ならともかく、今回の相手はあまりにも物量が違いすぎる。果たしてこれは、どれだけの人数分の怨嗟の念なのか。
「…………せ、んせ……ぇ……」
しかし葉子は、それでも諦めなかった。
なぜならば彼女の知る阿倍野清が……必ず、遅れてでも自分を助けてくれると、心から信じているから。
さて、あとひと踏ん張りだ(二重の意味で




