第10話:ドブスな幽霊、 ついに……?
私が幽霊になって、いったいどれだけの時間が流れたんだろう。
もう、私には時間の感覚がない。
幽霊という、この世の摂理から外れた存在になったから……という理由も、もちろんあるのかもしれないけれど。それだけ長い間……私が幽霊をしているから、という理由もあると思う。
幽霊になる前の記憶を、私はよく覚えていない。
ところどころ、虫に食われたかのように欠落しているから。
そんな私の記憶だけど、なんとかハッキリと覚えているモノが二つある。
自分の名前。
そして……抱き締められた温かい感触。
いったい私は、誰に抱き締められたんだろう。
両親?
それとも……。
うぅん。
よく思い出せない。
でも、それさえあれば。
私は、この地獄の中でも生きて…………もう死んでるか。
…
私がいる島が、また汚れてきた。
私が何度も掃除をしても、海流のせいかすぐにゴミは溜まっていく。
最近では珍しいくらい綺麗な景観なのに、なんか嫌だ。
いったいなぜ、そんな島が汚れなきゃいけないんだろう。
ゴミを簡単に捨てるような人間が多いのか。
それとも。
綺麗なモノを汚したいと思う……そんな人間が多いのか。
…
長い長い時間をかけて、ようやくゴミがなくなった。
と言っても、島で見つけた地下室? のような所に押し込んだだけだけど。
本当は、ちゃんとした場所にちゃんと捨てたい……けど、私は、ここから動く事ができない。
動こうにも、動けない。
この島で。
私は、たった独りだから。
でも、そろそろ島の外にも行ってみたい。
地下室? ももう限界に近いし……誰かに助けを求めたい。
生きている人間に。
独りぼっちな私に。
力を貸してくれる人間に。
どうすれば、私に気づいてくれるんだろう。
どうすればいいんだろう……とそこで、私は思いついた。
――歌を、歌おうと。
誰かに届くかどうかなんて、関係ない。
とにかく、こんな状態の私にもできる事を。
そして、私は――。
…
そんな経緯で、時々歌っていたある日。
私の前に、知らない男女の二人組がやってきた。
願ったり叶ったりな状況だ。
女性が、私を見て悲鳴を上げた。
幽霊だから、かな? 同じ女性としてちょっとショック。
一方で男性は、冷や汗をかいているけど……私を真正面から見つめた。
「えまうめれむわんひまそむ みまうぬれうぇにゃまひんてんんめれぃあ むまうまめぴあてにゅれぃみおぴみ いまうれあやんゆみりあんうれえ んまうにゃありあまとぅねそんれんうぇやありあ えまうままらめありむんれいゆあやむきんめうぇとぅん」
そして、私にはよく分からない言葉を発して……彼は驚いた顔をした。
いったい何が起こったのか。
周りが、とてもうるさくて。
いちいち私を邪魔してきて。
私には、正しい形で認識できなかった。
そして結局、その二人組は落ち込んだ顔で私の前から去っていって。
私はまた、独りになった。
…
そんな日々が、ここ最近何度か続いた。
ある時は、年上の女性と若い男性の二人組。
またある時は、その逆の組み合わせの二人組。
みんな。
最初に私と向き合った男女のように驚いた顔をして。
哀愁が漂っているような気さえする背中を私に向けて去っていった。
…
そんな日々が、いったいどれくらい続いたのか。
もう、数えきれないほど続いたような気がして……途中から、いろいろ諦めようかと思い始めて……そして……。
…
私の前に、今度は男性二人と女性二人の組み合わせのグループが現れた。
どういう経緯があったのか、島の地下室のゴミの存在がようやく認知されて……その後に現れた四人組だ。
もしかして、その人達が業者を呼んでくれたのだろうか?
だったら、私はちょっと嬉しい。
ようやく、私の努力が報われたかもしれないから。
だけど四人組も、私には理解できない会話をしていて。
そして四人の内の一人。
整った顔立ちの男性が、私を見ながら困った顔をした。
さらには、その男性の隣にいる女の子が……大泣きしている。
これは、見た事のある顔だ。
今まで私と向き合った男女もしていた顔だ。
もしかして、この人達でも……ダメなのかな?
この人達でも、私を……この場所から解放できないのかな?
私は悲しくなった。
この人達でも、ダメかもしれないなんて。
この島のゴミの存在に気づいてくれた人達なのに。
他の男女と違って、この島の事を細かく調べてくれるような人達なのに。
そして私は、悲しさのあまり。
『んまうなゆあそゆみらめちぇうぇ みまうおりうけんれぃんひん えまうあれぃままれぃうぇまんわけかんのえわな えまうれまそんひめわま』
思わず、私の名前を言った。
でも私の話す言葉は、周りのせいで意味が分からない……まるで今まで私と対面した、全ての人達が話していたような言葉になって。
私は、絶望しかけた。
すると、私に困った顔を向けていた男性は笑顔で「ひまうれぃめひあん ちぇまうらまにんおの」と言ってきた。
私には意味不明な言葉の羅列だった……けど、期待してもいいような雰囲気が、男性から発せられていたから。
私は、信じてみる事にした。
…
次の日。
四人組が、私の周りで何かをし始めた。
これは、知ってる。
私と会った男女の中にも、似たような事をしている人達がいた。
そして、失敗に終わったのか……その人達は哀愁漂う背中を見せながら去った。
この人達も、同じ事をするのか。
もしかして、私の事をロクに調べもせずに、また何かをしようとして……そしてまた失敗に終わって…………また去っていくのかな?
また、私は……独りに、なるのかな…………?
「えまうめれむわんひまそむ んまうめみなあんめみてあめりみにんめぬぴしいわけみれぃあめぴあゆおぴまおうぇわうぇんれぃいうんめやうぇめいまてれぃあおあ えまうんむひてあまんえとぅみれいゆんひうぇわんえんんやまうぇれぃめまえれか んまうめみあてみひあむまやにゃんりんいぴうぇめやんえめぴみみんゆんえむ むまうあんあええめのまらんゆめんうぇんみんんまおりとぅあおにゅとぅめんるにゃわみるんままいまやんにあまとぅえのぬやとぅあ」
「ままうああぴれぃあ!! むまうまにゅとぅあそわぬにあれまてあとぅんやあぴえ、んまうみおまあめめゆうぇやあめゆむれぃめそうぇひまいまゆねぴあまんんらまみぴむひめ……えまうまあえわけそあれぃうぇれんにゃあみ、ままうしうぇれあれぃえ!!」
整った顔立ちの男性と、その隣にいる女の子が……何かを唱える。
私の周りで、何かが渦巻く。
バチバチバチバチと、静電気のように何かが弾ける。
しかし、私には痛くも痒くもない。
その何かは、私には一切届かない。
でも……今回のそれは、何かが違った。
徐々に徐々に、その威力を増していって……。
そして。
ピシリ、と。
私の今の世界に、ヒビが入った。




