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転生からの・・・下剋上!!  作者: 緒方理
第三章

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89話 戦場の小さな命

馬を走らせている途中、林の向こう側から煙が見え、焦げ臭いにおいがしてきた。


俺は片手を上げて半兵衛に合図をし、馬を止めさせた。


「林が燃えているのか?」


「敵兵かもしれませんね…」


半兵衛が厳しい顔でそう言いながら馬を近づけてきた。


――そのとき、煙が上がっている方向から悲鳴が聞こえてきた。


「!!」


俺は思わず馬を林の方へ走らせた。


「藤吉郎殿!! 危険です!!」


半兵衛の声が響いたが、放ってはおけなかった。


……林を抜けた俺の目に飛び込んできたのは、燃え盛る村の中で乱妨取(らんぼうど)りをしている織田軍の兵だった。


――俺は一瞬目を疑った。


織田軍は信長が京都に入って以来、軍規で乱妨取りを禁じていたのだ。一度、命令を破って乱妨取りを行った者が居たが、信長自らがその者を斬り捨てて以来、徹底して守られていた。


「おいっ!!! 何をしている!!!」


俺が大声で怒鳴ると、複数の兵士がこちらを見て驚きの表情を浮かべたかと思うと一斉に逃げ出した。


「待て!!」


咄嗟に馬を走らせ、最後尾の兵士の逃げ道を防ぐ。 馬上の俺を見上げた足軽は思いの外、若かった。


「乱妨取りは軍規で禁じられているぞ!! なぜ破った!!」


俺は怒りが押さえきれず、声を荒げて詰問した。急に飛びかかって来られた時に対処できるように、刀の柄に手を添える。


若い足軽は俺に斬られるとでも思ったのか、真っ青な怯えた顔で答えた


「…本隊に置いていかれちまったし…。……帰り道も分からねーし。……こ、このままじゃ食いモンも無くなって、こんな知らない場所で死んじまうくらいなら他の奴から奪うしかねーから、皆で……」


若い足軽の震える言葉を聞いて、俺の怒りは一気に萎んだ。


負け戦とはこういうものだ……。俺の中でもう一人の俺が冷静に呟いた。


突き詰めれば、この乱妨取りは誰の責任かと言えば、状況を見誤って負け戦にしてしまった俺達のせいなのだ。この若い足軽に怒りをぶつけるのはお門違いだと気付いた。


皆、生き延びるのに必死なのだ。


「……今回は見逃す。二度とやるなよ」


殺されないと分かって若い足軽は緊張が解けたのか、ペタンとその場に座り込んだ。


「俺達が殿(しんがり)だ。後ろから敵の本隊が追ってきている。死にたくなければ、俺の軍に合流しろ」


俺は若い足軽にそう言って、馬を元来た方向へ返した。


林の入り口で半兵衛が一部始終を見ていたのか、複雑そうな顔で俺を待っていた。


「半兵衛……。やっぱり負け戦はやっちゃダメだなぁ」


俺はわざと軽い感じでそう言った。そうでないとやるせない気持ちに潰されそうな気がした。


「……そうですね。我々の見込みの甘さを自省せねばなりませんな」


半兵衛は神妙な顔で頷きながら言った。


「さあ、元の道に戻ろう。急がないと敵の本隊に追いつかれちまうからな」


俺は馬の首をポンポンと叩いて、出発しようとした。


「ふぇぇ……」


ふと、心をざわつかせるような、微かな泣き声が聞こえた気がした。


俺は馬を下りて、耳をすました。


「藤吉郎殿?」


半兵衛が怪訝な顔で俺を見る。


「静かに……」


俺は声がした方へ近づいた。


「ふぇぇ…ぇぇぇ」


「赤子だ!!」


声のする方に近付くと、生まれたばかりのような赤子が弱々しく手足を動かしていた。近くには母親と思われる女性が事切れていた。


俺は赤子を抱き上げた。 赤子は頼りなげな細い手足を一生懸命動かす。


「すまん……」


この赤子から母親を奪ってしまったのは自分にも責任がある、と思った瞬間、謝罪の言葉が口をついて出た。


俺が軍議で浅井の懸念をもっと取り上げていれば……。信長にもっとしつこく進言しておけば……。後悔の念が押し寄せる。


赤子を抱いたまま立ち竦む俺を見かねたのか、半兵衛が声を掛けてきた。


「藤吉郎殿……。どうなさるおつもりですか」


「連れて帰る」


「しかし……」


半兵衛は途中で言葉を切った。俺が本気だということが分かったのだろう。それ以上、何も言わなかった。


この村の村人たちは俺が到着した時にはほとんど逃げ出していた。このままここに赤子を置いておけば、火に巻かれて死んでしまうだろう。


――分かっている。

見えていなかっただけでこれまでだって、俺の判断の結果、悲劇に見舞われた人間は多く居ただろう。今、たまたま見つけたこの赤子だけを救うことは偽善に近いのかも知れない。


けれど、見つけてしまった以上、放っておくことなんてできなかった。この子を救うことで自分が救われたいだけなのかもしれないけれど……。


俺は小さな命を胸に抱きながら、実態よりも軽く考えがちだった自分の責任の重さと言うものを、改めて考え直していた――。



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