83話 夏休みの始まり
夏休み!! なんて魅惑的な響きだろう。
俺はとにかくすぐに岐阜に帰ることにした。
休暇期間は十日間。 京都から岐阜まで往復六日くらいかかるから、もたもたしては居られない。
俺は直属の家臣達を連れて、すぐに京を出発すことにしたが、瑶甫は尼子勝久の件が一段落したので、また東福寺へ戻ることになった。
そして半兵衛も竺雲恵心と話をしてみたいということで、瑶甫と一緒に京都に残るということだった。ま、良いけどね。
竺雲恵心には『尼子勝久についてはお役に立てなくて申し訳なかった』と半兵衛からメッセージを伝えてもらうことにして、俺は東福寺へは寄らずにすぐに京都を出たのだった。
「トーキチロー殿!」
京都を出発してすぐ、聞き慣れた声に呼ばれて馬を止めた。振り向くと、こなれた手綱さばきで近付いてきたのはルイス・フロイスだった。
「フロイス殿? どうしたのですか?」
「トーキチロー殿がギフへ行くと聞いたので、追いかけてきました! ぜひ私も同行させてください!」
「へ? どうしてですか??」
「私、ギフにも行ってみたいと思っていました! オダのトノ様がギフ城もすごいと自慢してました。是非見てみたいです。それに新しい場所で布教もしたいのです。トノ様の許可はもらってきました!」
ああ、なるほど。 そういえばフロイスは宣教師なんだったな。
「そうですか。わかりました。では一緒にお越しください。宜しければ岐阜のご案内もしますよ」
「ノンノン! トーキチロー殿は休暇と聞きました。 安息日の邪魔はしませんよ! 岐阜へ同行させて貰うだけで大丈夫です」
「しかし、案内がないと……」
「Sem problema!」
「Sem problemaとは『問題ない』という意味です」
また急に通訳の人が通訳をし始めた。……ってか、居たんだね。
「オダのトノ様にトモ様への紹介状を書いてもらいました。ギフにいる間はトモ様にお世話になります! トモ様はトーキチロー殿のお姉様と聞きました」
ほほう。智か。……じゃあ、心配ないか。
「ええ、私の姉です……。まあ、何か困ったことがありましたら、どうぞ遠慮なく仰ってくださいね」
こうしてルイス・フロイスも合流して、岐阜へ向かうことになった。
「ところで、トーキチロー殿。以前、重力の話をしたことを覚えていますか?」
「重力? ……!?」
あ、あったなぁ。この間、うっかり重力とか言っちゃったっけ。
「トーキチロー殿が仰った重力とはどういうものなのか、改めて聞きたいのです!」
「いやいや、改めてもなにも、この間フロイス殿が言ってた事と大体一緒ですって」
知識の出処を探られるのも面倒くさいので俺は適当にごまかす。「未来の知識です」なんて言ったら……。 ……。 ……。 ……どうなるんだろ?
「日本ではどのように考えられているのか、ワタシ非常に興味があります! これは天体の動きの考え方にも繋がりますから――」
フロイスがなにやら小難しい話を始めたのを聞きながら、俺は全然別の事を考え始めていた……。
……そう言えば、何となく「未来の記憶を持って生まれてきたこと」を隠してるけど、バレたらどうなるんだ?
……頭おかしいと思われるくらい?
……それとも知識を狙った輩に攫われるとか?
……信頼できる人になら、別に話しても問題なくないか……?
いやいや、でも一度話してしまうと、秘密ってヤツは必ず漏れるもんだしな……。
まあ、どうなるか分からないならやっぱり隠しておいた方が良いか……。
「――と言う訳で、コペルニクス様が発表された理論によって、我々のこれまでの常識が覆される可能性が……って、トーキチロー殿、聞いてますか?」
フロイスに急に名前を呼ばれてハッとする。
「……へ? あ……えーと、すみません。なんでしたっけ?」
おっと、うっかり長考してしまった。
「トーキチロー殿、ずいぶんとお疲れのようですね……。私としたことが、つい興奮してしまい……。失礼をいたしました」
フロイスがすまなそうな顔で謝ってきたので、「いえいえ、そんなことはございませんよ」と言いつつも、これ以上聞かれなくて済みそうで内心ほっとした。
その後の道中もフロイスは気を使ってくれたようで、再度重力の話を持ち出すことはなかった。
フロイスは替わりに、自分が日本に来てから見聞きした日本文化の知識をもとに、日本とヨーロッパの文化比較の話を俺に聞かせてくれた。
それは日欧の衣食住の違いから始まって、子供の扱いや宗教、さらには戦や医療など幅広いけれども身近な話題についての話だったので、非常に興味深く、面白い内容だった。
うーん、ぜひ小一郎や半兵衛や瑶甫にも聞かせてみたい話だなぁ。今の話聞きたい人、日本中にいっぱいいるんだろうなぁ……なんだか、ここで聞いただけで終わらすのはもったいないなぁ。
……ん、まてよ。
あ、良いこと思いついちゃったかも……。
「フロイス殿。今、話して下さった内容を書面にまとめて書物にしませんか? ここで私に話しているだけではなんとももったいない価値ある情報だと思うのですが」
俺は突然フロイスに書籍化の打診をしてみた。……出版費用は七郎左衛門になんとかしてもらおう。
「書物ですか?」
フロイスはキョトンとした顔で俺を見た。
「そうです。 書物にしてたくさんの人に読んで貰いましょう! 大変だと思いますが、ぜひお願いします! 出来るだけのお手伝いはさせていただきます!」
「はぁ、まあ皆さんのお役にたつのなら……」
フロイスはあっさりと引き受けてくれた。
よし! ねーちゃんに言って岐阜城にフロイス先生の執筆部屋を用意して貰うぞ!!




