82話 帰京
此隅山城はもぬけの殻だった。
国人衆達が寝返ったことを察知して、山名祐豊は既に逃げた後だった。
そしてその間に尼子勝久は出雲の新山城という城を奪って入城したらしく、結局、尼子勝久に会うことは出来なかった。
「すまないな、瑶甫」
俺が謝ると、瑶甫は首を振って言った。
「いえ。藤吉郎殿が謝ることではありません。こちらこそ、寺の事情に藤吉郎殿を巻き込んでしまってすみませんでした」
山名祐豊が逃げてしまった今、毛利家の援軍としての俺達の任務は一応終わった訳でこれ以上進軍する事は出来ない。
「あれ? でも待てよ……」
「……殿は『山名祐豊を討ってこい』と仰ってましたな」
半兵衛が俺の心を読んだように背後から呟いた。
「は、半兵衛……。怖いって」
「おっと。これは失礼いたしました」
しかし、そうだ。信長は確かに『山名祐豊を討ってこい』って言っていた。案外、細かいからな、うちの殿は。討つまではいかなくとも、せめて捕らえていかないと命令違反だって言いそうだ……。
「……ちなみに、山名祐豊は今井宗久殿を頼って堺に逃げたようですが、いかがいたしますか?」
半兵衛……もう答え出てんじゃん……。
「……今井宗久殿に連絡して、山名祐豊を捕らえろ」
「かしこまりました」
半兵衛はにっこり笑って慇懃に頭を下げた。 うーん。上手く半兵衛に操られている予感……。
・・・・・・・・・・
その後、今井宗久からはすぐに返事が来た。簡単に言うと『山名祐豊は今後は信長に恭順する。その証として千貫の上納金を支払うので、なんとか信長に話を通して欲しい』という内容であった。
「千貫か……。ポンと出すとは、山名祐豊は一体いくら貯め込んでんだ」
俺が溜息をついて呟くと、半兵衛がにこやかに答えた。
「銀山を所有するとは本来そういうものです。あなたのように、馬鹿正直に取れた銀をそのまま上に申告する方はあまりいないと思いますよ」
おお……なんかさらっとディスられたんだけど。最近、半兵衛の俺の扱いが軽い。
「……へーへー、馬鹿正直で悪うございました」
俺が拗ねたように言うと、
「まあ、それが藤吉郎殿の良い所ですから」
と半兵衛が笑いながらフォローになってないフォローを言った。
「藤吉郎殿と半兵衛殿は仲が良いですなぁ……」
やり取りを見ていた瑶甫が茶を飲みながらのんびりと呟く。
……改めてそう言われるとなんだかこっ恥ずかしいな……
俺は半兵衛と顔を見合わせて、苦笑した。
「……ま、とにかく。とりあえず山名の件は殿に話を通そう。どちらにしても二条城に戻らねばな」
こうして、俺達の但馬侵攻は『生野銀山の奪取』と『但馬国人衆の帰順』そして『山名祐豊の降伏』というほぼ満点(俺基準)の出来で終わらせることが出来た。
・・・・・・・・・・・
「うむ! よくやった藤吉郎!!」
二条城に戻って戦果を報告すると、信長は上機嫌にそう言った。毛利家からもお礼の品々が届いたらしく、その一部は俺の部隊にも褒美として与えられた。
信長は、山名祐豊についてもあっさりと降伏を認めるという寛大さを見せた。
「落ちぶれたとはいえ、山名家は清和源氏の流れを汲む名家だ。頭が古い奴らを黙らせる位の役には立つだろう」
おお、信長らしいな。悪者っぽいセリフが似合うなぁ。
「そうですね」
全くもってその通りなので、同意する。
権威的なものに弱い人は結構いるからな。名門家出身だというだけで、本人の実力がどうあれ従う者も多いのだ。
斯波義銀もそうだったが、殺して周囲の反感を買うよりも、生かして利用した方が単純にお得だからな。
信長は、不合理な旧来の価値観を馬鹿にしつつも、それを最大限に利用して最高の利益を手に入れる方法を合理的に選択したのだ。
「して、生野銀山はどうだ? 小一郎と源三を連れて行ったのだろう?」
信長に振られたので答える。いつも通り馬鹿正直にね。
「少なく見積もっても、治田や畑佐よりも産出量は多い見込みだそうです」
「ほう、そうか」
信長がニヤリと笑う。
「生野銀山の採掘が軌道に乗りはじめたら、今井宗久と七郎左衛門に生野の管理を任せようと思っておるが、どうだ?」
「は?」
突然聞かれて、俺は一瞬考え込む。
今井宗久と七郎左衛門に任せるということは、商人的な管理を期待すると言うことか。何かの商取引を銀山直轄でやらせるのか? うーん。西国の大名との取引か?
いや、銀山直轄の莫大な銀を使って、堺の今井宗久にやらせると言うことは……南蛮貿易か!
「生野の銀を使って外国と交易をする、ということでしたら適切な人材配置かと思います」
俺が答えると、信長は少し驚いた顔をした。お、あんまり見ない表情だな。
「その通りだ、藤吉郎! 生野の銀を使って、焔硝を大量に確保するのだ」
ああ、そっか火縄銃の火薬の原料を確保するってことか。何の取引をするかまでは思いつかなかったなぁ。
確かに考えてみれば、火縄銃自体は堺の鉄砲鍛冶に作らせればいくらでも量産出来るが、消耗品である火薬は原料である焔硝を輸入しないと作れないのだ。これを直接大量に入手できれば戦力は今よりもさらに格段にアップするだろう。信長らしい合理的な考えだ。
信長は目的の為ならば戦も躊躇しない。そこだけは俺と信長の相容れない所でもあるのだが……。
しかし信長の考え方の方が天下統一を早めることができそうだし、結果的に犠牲者も少ないのかもしれない、とも思う。ジレンマではあるが……。
戦勝報告なのになんだか複雑な気持ちになりながら、信長への報告を終えた。
報告を終えた後、俺が浮かない顔をしていたからかどうかは分からないが、信長が珍しく気遣いを見せてきた。
「藤吉郎! 此度の活躍は見事であったぞ。 褒美にしばらく暇をやろう! 久しぶりに岐阜にでも帰って休むが良い」
「ヒェ?」
まさか信長が……俺に休みをくれるとは思わなかったので、一瞬クビになったのかと思って変な声が出てしまった。
こんなに扱き使われていても、いざクビとなると焦ってしまう自分の社畜ぶりに若干の眩暈を感じながらも、念のため再度確認する。
「休ませて貰って宜しいのですか?」
この期に及んでこの確認もどうかと思うが……。と、自分に心の中で突っ込む。
「うむ。久しぶりに寧々に顔でも見せて来い」
「は、はい! ありがとうございます!!」
や……休み……休暇。夏季休暇! 夏休み!! バカンス!!!! ひゃっほー。
俺のテンションは一気に上がった――。




