68話 上洛戦開始
――懸念した通りになった。
どうやら六角氏はあのタイミングで既に三好衆の調略を受けていたようだった。どのような取引がなされたかは分からなかったが、三好側につくことでほぼ話が決まっていたようだ。
もう一歩遅ければ、南近江の矢島御所に居た足利義秋も捕らえられるか殺されるかのところだったらしい。
あの後すぐに、明智光秀が矢島御所の足利義秋に書状を送り、念のため避難をしてもらったことで事無きを得たそうだ。
その後、近江に滞在するのはやはり危険だということで、光秀の案内で足利義秋は岐阜城からほど近い美濃の立政寺という寺に移動した。
信長は立政寺で足利義秋と直接面会し、改めて足利義秋本人から上洛と将軍擁立の協力を依頼された。
こうして織田軍はいよいよ上洛戦に打って出ることになった。
軍備を整え岐阜城を出発し、援軍と合流しつつ、四日後には近江の愛知川北岸に到着した。
織田軍2万5千、援軍として三河の徳川軍2千、北近江の浅井軍3千が入り、総勢3万の軍勢での南近江侵攻であった。
愛知川北岸でひとまず陣を張ると、軍議が開かれた。
「まずは六角承禎・六角義治の親子を討ち、南近江を手に入れる!」
軍議の場で信長が大きな声で言い放った。
「間者の情報によると、六角親子は観音寺城に本陣を張りつつ、主力軍は和田山城に送りこんでいるようです。また箕作城にも比較的まとまった軍勢が集まっているとのこと」
丹羽長秀が信長に告げる。
「我々が和田山城から攻めると思っておるようだな」
鬼柴田が見解を述べる。
信長はしばし考えると、命令を下した。
「軍を3つに分ける。観音寺城へは丹羽五郎佐と森三左、和田山城へは稲葉、他は全て箕作城へ向かう。まずは箕作城を落としたのち、観音寺城を攻める!」
「は!」
一同は信長の命令を聞くと一斉に解散し、武将達はそれぞれ自分達の部隊に戻る。
「どのような作戦になりましたか?」
俺が自分の部隊の待機場所に戻るとさっそく竹中半兵衛が聞いてきた。
「軍を3つに分け、観音寺城、和田山城、箕作城へそれぞれ向かうとのことだ。俺達は箕作城を攻めることになった。六角の主力軍が和田山城に集まっているので、裏をかいてまずは箕作城を落とし、その後観音寺城を攻めるという作戦だ」
俺は先ほどの軍議の内容を伝える。
「なるほど。軍の構成はどうなりますか?」
半兵衛が頷きながら、更に聞いてくる。
「織田軍の約半数は箕作城攻略に動く形だ。俺達の他に殿の主力軍、柴田軍、滝川軍、他援軍も全て箕作城へ向かう。観音寺城へは丹羽殿と森殿、和田山城へは稲葉殿が向かう」
俺が伝えると、半兵衛が何やら考え始めた。お、演算が始まったか? なにか良い案が出てくるかな? と期待した瞬間、大きな陣太鼓の音がした。――出発の合図だ。
俺達はすぐに準備をして箕作城へ向かって出発した。
愛知川に沿って少し南下し、川を渡って西へ向かうと、ほどなく箕作山の麓に辿り着いた。そこに織田軍の本陣を置く。
箕作山の山上に築かれた箕作城は、急峻な坂や鬱蒼とした樹木に囲まれたなかなかの堅城のようだった。
「なかなか、落とすのに苦労しそうな城だな……」
山を見上げながら、俺は呟いた。半兵衛がそれを聞いて、返答する。
「真っ当に攻めては時間が掛かりそうですね。やはり多少計略を用いた方が良さそうかと」
「お、何か良い案でも思いついたか?」
俺が聞くと、半兵衛がにっこりと笑いながら頷いた。
「はい。昼夜問わずの攻撃で疲弊させるのが良いのでは、と思いました」
「昼夜問わず? 昼間のほかに、夜襲も掛けるということか?」
「そうです。こちらの方が圧倒的に兵力は大きいので、部隊を二つに分け、昼夜交代で攻めるのです。相手は休めないので精神的にも肉体的にも消耗が激しいでしょう。敵兵の気力を奪えば比較的短時間で勝負をつけることができるかと」
なるほど、確かにこの山城を普通に攻めたとしても、前線に出られない後ろの兵隊たちは何もする事がないもんな。だったら、こちらの兵は昼と夜に分けて片方づつ交代でしっかり休んでおきつつ、敵は休ませない作戦か。
「よし、さっそくその作戦を殿に進言してくる!」
俺は半兵衛に言うと、半兵衛は頭を下げて言った。
「よろしくお願いいたします」
俺はすぐに本陣に入り、信長のもとへ赴き半兵衛の作戦を伝える。鬼柴田のおっさんも近くに居たので、ついでに一緒に聞いて貰った。
「ほう。半兵衛の作戦か。面白いではないか」
信長はニヤリとしながら呟く。
「では、軍を二つに分けますか?」
鬼柴田のおっさんが信長にお伺いを立てる。信長は少し考えて、口を開いた。
「いや。箕作城攻めに全軍を使うつもりはない。しかし、そうだな。権六と藤吉郎、お前たちの軍でその作戦をやってみろ」
信長はさらっと、大変な命令をしてきた。ええー、俺達だけで? 兵力少なくない? ……柴田のおっさん、なんとか言ってやって!!
「分かりました」
俺の願いも虚しく柴田勝家はすぐにその命令に従った。……こうなったら、俺も断れない。
「分かりました」
俺もしぶしぶ引き受ける。
「励めよ! 二人とも」
信長が楽しそうに言った。智に惚れるくらいだからM認定してたけど、やっぱりドSだ。信長は……。
信長の前を退出してから、ドキドキしつつ鬼柴田のおっさんに声を掛ける。
「柴田殿、作戦に巻き込んでしまって申し訳ございません」
実は柴田勝家については、いまだにちょっと苦手なのだ……だって、このおっさん怖いんだもん。
「……別に構わん。むしろ手柄をあげる良い機会を貰ったわ」
鬼柴田は恐ろしげな顔で笑う。笑ってるのに、怖っ!
「そ、そう言っていただけると幸いです」
俺は動揺を抑えつつ、答えた。
「待つのは性に合わん。はじめは儂の軍から攻めるぞ。夜になったらお主の軍と交代だ。良いか?」
鬼柴田が反論など許さぬ物腰で、俺に迫った。
「も、もちろん、構いません」
……むしろ、交代しなくても良いですから。一気に攻め落としちゃってください……。と心の中で呟く。
「うむ! まあ、お主の出番はないやもしれぬな! 手柄は儂が貰うぞ!!」
鬼柴田がでかい声でガハハと笑いながら、去って行った――。




