61話 稲葉山城乗っ取り犯
小牧山城の詰め所で又左衞門と会話をしていた時であった。また突然、信長からの呼び出しが掛かった。
……今度は何だろう? 漠然とした不安を抱えながら、急いで上段之間へ向かう。
「木下藤吉郎、参りました!」
「うむ、入れ」
清洲の時と変わらない、いつものやり取りで上段之間に入る。部屋には信長だけではなく、丹羽長秀もいた。
一体なんだろう? ますます呼ばれた理由が分からない。
「藤吉郎、そこに座れ」
「はい」
信長に指示をされ、丹羽長秀の隣に腰を下ろす。
「先ほど、急使が届いてな……。斎藤龍興が家臣の竹中半兵衛に稲葉山城を乗っ取られたそうだ」
「え!?」
信長の言葉に耳を疑う。
「千載一遇の好機だ。竹中半兵衛を説得し、半兵衛本人と稲葉山城を手に入れる。五郎左に任せようと思ったのだが、お前の方が適任だというのでな。お前に任せることにした。藤吉郎、竹中半兵衛を説得してこい!」
「へ? は、はい。……どうして私が適任なのでしょうか?」
俺が質問をすると丹羽長秀が答えた。
「竹中半兵衛はまだ二十歳そこそこの若者だが、天才との呼び声も高い。しかし、変わり者らしくてな。権威を嫌うそうだ。今回の件も権威に胡坐をかく斎藤龍興を諫めるためだとの話もある」
はあ。権威を嫌う……ね。だから百姓上がりの俺を行かせるってことか?
「もちろん、藤吉郎殿の人徳があればこそ任せられる作戦だ」
解せない顔をしている俺を見て、丹羽長秀は付け足した。
まあ、そう言ってもらえるのはありがたいけど。説得なんてできるかな? その天才君とやらを。
「……分かりました。やってみます」
若干不安は残るが、俺は竹中半兵衛の説得を引き受けた。まあ、正面衝突で人死にが多く出るよりも良いし、頑張ってみよう。
丹羽長秀はその間に美濃三人衆と呼ばれる『安藤守就』『稲葉良通』『氏家直元』に調略を仕掛け、もし半兵衛が説得に応じない場合でも斎藤龍興の兵力を削ぐ準備を進めるということであった。
二重作戦ってことね。俺が失敗してもフォロー体制があると聞いて、少しほっとする。よし、じゃあ精一杯頑張ってみますか。
こうして俺は稲葉山城に織田家の使者として向かうことになった。
・・・・・・・・
次の日、さっそく一若と彦二郎を引き連れて馬を飛ばし、美濃の稲葉山城へ向かった。
それにしても、いきなり訪ねて行って会ってもらえるものなのだろうか? 一応、信長の花押入りの書状は持ってきたが……。
不測の事態に備えて外に彦二郎を残し、一若と二人で稲葉山城の門前にやってきた。当然、門番がいるので尾張の織田信長の使者であることを伝え、竹中半兵衛に取り次ぎをお願いする。
最初、胡散臭そうな顔をしていた門番も、信長の書状を見せると慌てて中へ確認しに行った。
「どうぞこちらへ」
戻ってきた門番は、急に丁寧な対応になって俺達を城内の待合室らしい小部屋へ案内してくれた。おお。信長の書状、効果てきめんじゃん!!
「こちらで少々お待ち下さい」
しかし、その後随分待たされることになった。軽く一刻は待ったように思う。緊急会議でもやっているのかな?
「遅いな……」
一若が耐えきれなくなったか、イライラし始める。
「うーん。竹中半兵衛が居ないとか? どう対応しようか相談中とか?」
俺は色々な可能性を考える。
……もしや、忘れられてるのでは? と思い始めた頃、ようやく案内人が入ってきた。ホッ。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
一若には待合室で待っていてもらう。
俺が案内されたのは、待合室のすぐ近くの和室だった。上段之間とかじゃないんだ。 あ、城の間取りを知られたくないからかな? ……ってことは、かなり警戒されてるってことか。先行き不安だ。
「竹中様、お連れいたしました」
「どうぞ」
和室の中には、線の細い優しげな若者が一人座っていた。彼が竹中半兵衛か……なんとなくキリッとしたタイプを想像していたのだが、ちょっと予想してた感じと違った。
「はじめまして。私は織田尾張守様の使いで参りました、木下藤吉郎と申します。本日はお時間を頂きありがとうございます」
俺が挨拶をすると、竹中半兵衛も改めて自己紹介をした。
「私は竹中半兵衛と申します。お待たせして申し訳ございませんでした」
涼やかな声だ。凡そ武士らしくない雰囲気を醸し出している。天才らしいし、こんな時代でなければ研究者とかになっていそうなタイプな気がする。
「織田様からの書状は拝見させていただきました。稲葉山城を引き渡してほしいとのことですが、大変申し訳ございませんが、今回は我が主君を諫める意味を込めての行動である為、城を織田様に引き渡すつもりはございません」
そのまま竹中半兵衛はいきなり断ってきた。おう! ナンテコッタイ。早い…早いよ…。もうちょっと場が温まってから本題に入ってよ!
しかし、そう言われたからといって、『はいそうですか』といって引き下がれない。
「……なるほど。今回の件はあくまでも主君の過ちを正す為の行動だったと言うことですか。斎藤殿は良い家臣をお持ちのようだ」
何かしらの会話の糸口を見つけたいと思い、話を少し逸らしてみる。一瞬、竹中半兵衛が微妙な顔をする。お? なにか思う所ありそうだぞ。
「そのように思っていただければ良いのですが。……どちらにしても、私は斎藤家を裏切る気はございません。お引き取り下さい」
むぅ……。取り付く島もなしか。じゃあ、正面から攻めるしかないな。
「改めてお話させていただきたいのですが、織田尾張守様は稲葉山城だけではなく、あなた自身をここで眠らせておくのは惜しいとお考えです」
「……私を、ですか?」
驚きのような表情が、かすかに半兵衛の顔をよぎった。
「はい。能力のあるものは出身や身分に関わらず、最大限に活用されるのが尾張守様の方針です。私も元は百姓をしておりましたが、尾張守様に取り立てていただきました。これから織田家は更に勢力を拡大するでしょう。あなたの能力を活用する場もたくさんあります」
少し半兵衛が興味を持った気がしたので、俺は一気に話した。
「……」
半兵衛は考え込んでいる。……お、いけるか?
「……せっかくですが。やはり私は斎藤家を裏切ることはできません。申し訳ございませんが、お帰り下さい」
あら、断られちゃった……。いや、でも手ごたえとしては悪くないんじゃないか?
「そうですか。では今日の所はいったん引き揚げますが、また三日後にお伺いいたしますね」
とりあえず、このまま帰る訳にもいかないのでそう伝える。
「……何度来て頂いても同じことです」
半兵衛は少し困惑の表情を浮かべながらも、涼やかな声で拒絶する。
「いえ。また来ます。それでは、失礼いたします」
俺はそう言って、頭を下げると静かに部屋を出た。半兵衛はそのまま何も言わなかった。また来ても良いということだろうと勝手に解釈する。
すぐに待合室の一若を呼び、稲葉山城を辞去する。
門前から少し離れたところで待ちくたびれたように立っている彦二郎と合流して、稲葉山城の城下町『井口』に入った。今日はここに泊まることにしよう。
井口で宿を取り、居酒屋で腹ごしらえをしながら、一若と彦二郎に今日の半兵衛との面会の概要を話す。
「そっか、なかなかお堅いヤツだな」
一若の言葉を受けて、彦二郎が言う。
「どうするんだ? 藤吉郎」
俺は少し考えて、二人に伝えた。
「明日明後日で、竹中半兵衛についての話をなんでもいいからかき集めたい。それぞれに銭を渡すので、町で買い物しながらとかでさりげなく情報を集めて貰えるか」
「おう」
「わかった」
二人は力強く頷いた――。




